金田一耕助の軍歴

興味深いテーマだったのでまとめてみました。 金田一耕助の派兵期間からその階級を推定する方や、ニューギニア戦線に投入された部隊から金田一の本籍地を割り出す新説まで、名探偵さながらの推理に着目ください。
金田一耕助 横溝正史 獄門島
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のらねこ! @ragemax
ニューギニア戦線での日本兵捕虜 pic.twitter.com/po0lF3rgzX
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木魚庵 @mokugyo_note
金田一耕助の出征時期は、昭和14~15(1939~1940)年。最初の2年は大陸(中国)におり、その後だんだんと南方に送られ、終戦はニューギニアのウエワクで迎える。ニューギニア戦線では川地謙三、鬼頭千万太らと知り合い、復員後は彼らの遺志を伝えるため市谷や瀬戸内海獄門島を訪れる。
Gefreiter @DerGefreiter
金田一耕助って27の時、多分第二乙種の補充兵で動員されてんのな。 昭和15年入営つうことは1月10日か。で終戦まで激戦地まわって死地潜ってるから、戦地四年半の猛者。最終的に軍曹にはなってないとおかしいな。 重営倉くらってりゃ別だが。第14師団?
開田あや @ayanekotunami
@DerGefreiter 規定通り出世していないってことは、金田一さん、なにか上に睨まれるような何かがあったのでは…。それも、語られざる事件なのかもしれないですね。
Gefreiter @DerGefreiter
@ayanekotunami 事故に見せかけていやな上等兵を始末した。現地人の村を略奪した。アメリカのスパイだった。 こんな金田一はいやだ。 実は青沼静馬と入れ替わっていた。
波多野琴子 @k_htn0125
「上に睨まれるような何か」設定最高にエモくないですか めっちゃ好き
@inuituki
金田一耕助が戦時中軍生活に馴染めず営倉入りしていたとかありそうな?
名残坂下って振り向く夏の顔 @MIZUTORIAB
↓ RT 南方の戦線で部隊内の秘められた事件の推理に活躍する金田一軍曹。語り手は学徒動員で引っ張られて小隊長やらされている青年。「こんな戦地でいうのも変だが、およそ風采の上がらないこの老兵といっていい彼が、英語が流暢に喋れるのにも驚いたけれど、もっと驚いたのはその頭脳であった。」
Gefreiter @DerGefreiter
実は戦地ではじんじんビンタとって、鬼金とか言われてたりして……。 twitter.com/MIZUTORIAB/sta…
Gefreiter @DerGefreiter
金田一探偵、死体見てギャ!と驚いたりせんよな…… 銃の扱いはなれてるし、手榴弾は投げられるし、銃剣術も得意なはず。 日本最強の探偵だったりして。
名残坂下って振り向く夏の顔 @MIZUTORIAB
@DerGefreiter スキーが得意だったり、意外なところがありますからね。市川崑は金田一を「天使」に描きたくて、『獄門島』でも戦場経験を無視していますが、『まんぷく』の人がやった獄門島金田一はさらにその裏返し。
名残坂下って振り向く夏の顔 @MIZUTORIAB
↓ RT レンジャー部隊に当たる特殊戦闘単位「虎」所属でジャングルで敵の咽喉をナイフで掻っ切ったりしてきた金田一。 #こんな金田一は厭だ
Gefreiter @DerGefreiter
戦前の中学卒業者って、今の大学院卒より少なかったのね。 まして大卒とかなると、めちゃくちゃ少数派だったろうな。 戦前は「中卒!」つうのは誉め言葉。 徴兵されても、早めに昇進して、幹部候補生試験受けて、上等兵になったりした。逆に大卒はなんか信用されなくて、内務班でいびられたみたい。
Gefreiter @DerGefreiter
パブアニューギニア・ウェワクの野戦築城陣地を護る金田一上等兵は、四年兵だが兵のままと言うモサクレ・ガンスイだった。部下を叱責しないことで人気は高い。ある朝偵察に出て、陣地外の遊軍が総て消えていることに気づき、呟く。 基地外じゃが味方ない……
木魚庵 @mokugyo_note
原作では、磯川警部が応召中は軍曹でした(『悪霊島』)。 金田一耕助は、上海時代を描いた芦辺拓先生のパスティシュでは二等兵、井沢元彦先生の作品では南方に転戦する際、伍長に昇級していました。軍曹まではあと一歩ですね。>RT
木魚庵 @mokugyo_note
同じ昭和16年に二等兵から伍長というのも、相当なスピード出世だね。新入社員がいきなり部門長になった感じ?
木魚庵 @mokugyo_note
ヘロQ版「獄門島」では、やはり昭和16年にすでにニューギニアに赴任していた金田一耕助が、伝令をつとめていたので、何かやらかして降格処分を受けた可能性もw
康綺堂 @yasukidou
『本陣殺人事件』以前にいくつか事件を解決して新聞でも報道されていたらしい金田一耕助の「名探偵」としての部分と戦地での実際のところ……やはり何か難事件が起きてそれを解決したのか、うむむ。
康綺堂 @yasukidou
そういえば2017年の千金学会で網本さんと「なぜ横溝正史は金田一耕助に復員兵としての経歴を与えたのか(『獄門島』の事件に自然と関係が持てるようにとは別の理由で)という話をしたんだったっけ。
康綺堂 @yasukidou
たしか……そうだ、『獄門島』の「連載当時の」読者と同じ目線に立てるようにみたいな話をしたんだった。ぬう、ちゃんとまとめよう……
Gefreiter @DerGefreiter
ネットによると金田一さん、大正2年(1913年) 生まれか。つうことは昭和8年度徴兵検査だけど、渡米中なんで帰国後の10年に検査?まあせいぜい乙種合格で帰宅。14年末教育招集、翌4月には多分いったん満期帰郷かな。まだ即時充員招集つうことはない。多分秋の漢水作戦で臨時招集、出征?
松本健男 @Ritchie1945
本籍地で入営するのが原則なので、ニューギニアで終戦を迎えた金田一は、35師団(千葉、東京、山梨)36師団(青森、秋田)にいたのでは。千万太は17師団(岡山、兵庫)飛行師団の警備兵の充員の仕方を調べられてないので、金田一や川地はこっちもありか。千万太は病気で本隊から外れたのかも。
松本健男 @Ritchie1945
佐清と静馬は、恐らく52師団の69連隊と150連隊だが、この師団はトラック行きでビルマではない。鬼頭一は54師団でビルマで戦死したものと思われる
松本健男 @Ritchie1945
この郷土連隊制のお陰で、金田一耕助の本籍は秋田の可能性が出てきたわけだが(222連隊はビアクで玉砕しているのでこちらではなかろう)、ニューギニアからは1946年3月に復員が終わっているのがネックになる。恐らく千万太の看病のためだが、それで復員を遅れさせられたか調査が必要だ
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コメント

Mongyang @taisyo_2015 2019年1月30日
映画ではニセ傷病軍人が出てきて、ありゃりゃだった。最初は1948年だけど、角川タイアップは70年代だからラグがあるのよね。長らく忘れられた作家だった
木魚庵 @mokugyo_note 2019年1月31日
まとめ後のツイートを反映しました。
怪奇下水男(rzeka) @rzeka_52 2019年1月31日
金田一姓ならルーツはそりゃ東北だろうと(現実の金田一姓に照らして)思っていたけど、作中で明言されたことはないのかな。
Abe Thoru @kyou_sen 2019年2月5日
なかなか興味深い。軍歴の割に階級低いのは金田一本人が病気で入院してた可能性も考えたけどどうだろう
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