(仮題)ADHDの歴史を書き留める必要があるのではという話(情報提供歓迎&随時更新中)

昔は「発達障害」と言えばアスペルガー症候群をはじめとする自閉症スペクトラム障害でした。 今は「発達障害」と言えばまずADHDを想起する人も多いのではと思います。 DSM-ⅢからDVM-Ⅳを経て、今やDSM-Ⅴの時代となり、発達障害の概念も再編されました。 歴史の初期には女性当事者はほとんどが未診断でしたが、今は女性の診断済み当事者も沢山います。 そして今、初期の歴史は埋もれつつあります。日本のADHDの歴史上最大の凶事であるリタリン・バッシングを背景とするリタリン規制(成人ADHDへのリタリン適応カット)が当時のADHD当事者からどれ程多くを奪い去ったか、ほとんどの若い世代の人たちは知らないんですよね。自分たちを支える処方薬が、お上のご意向次第でいともあっさりと取り上げられてしまった過去は、二度と繰り返してはならないものです。 続きを読む
神経発達障害 当事者研究 当事者の歴史 ADHD 発達障害 記録
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【1人が把握する歴史は、大きな歴史の一部でしかありません。 コメント欄やリプライでの情報提供を歓迎します。】

※「#ADHDの歴史」タグが生まれました。現在、あやみさんが投稿してくださってます。


【おさらい】発達障害のカテゴリ(DSM-V準拠)

画像は[LITALICOジュニア]の記事「発達障害とは?種類・症状・子供の進路・早期療育の重要性」(直下にリンク配置あり)からお借りしました。

【図を見る上での留意点】
よく、勘違いしている人がいますが、知的障害も神経発達障害にカテゴライズされています。
すべての発達障害特性は軽度から重度までグラデーションをなすパラメータであることに留意して下さい。
たとえば言語能力の高さでも、計測不能な低機能な人々から飛び抜けて高い人々まで様々で、そういったグラデーションが全ての特性にあります。

リンク LITALICOジュニア-幼児教室/学習塾/児童発達支援/放課後等デイサービス 1 user 30 発達障害とは?種類・症状・子供の進路・早期療育の重要性|[LITALICOジュニア] 発達障害とは、生まれつきの脳機能の障害によるもので、ADHDや学習障害、アスペルガー症候群、自閉症などその種類・症状はさまざまです。一見しても分かりづらいことから「自分勝手」「わがまま」など、他人からはなかなか理解されない傾向があります。発達障害は脳の障害であるため完治は困難ですが、早期からの教育・療育をすることで症状をある程度緩和させることができます。このペ..
スンダヴ 発達障害・ADHDライター&カウンセラー @1PVFisXfm6gY8qd
発達障害歴史研究部からの報告 ツイッターで「自らが発達障害と診断された」と宣言した人が2008年7月6日にすでにいて驚きました。しかもまだツイッターやってます。
悠雨 @yu_disorders03
@1PVFisXfm6gY8qd 初めて診断されたのは2002年、当時小学1年生でした。 検査を受けて、ADHDとLDのグレーゾーン診断でしたね。 心理検査では、実年齢6歳に対して言語性は17歳程度の発達、動作性は2歳程度の発達と当時の支援センターの方に言われたと聞きました。 その後2017年にグレーからPDDの確定診断になりました。
悠雨 @yu_disorders03
@1PVFisXfm6gY8qd あ、最初の診断2003年でしたすみません
Yutaro @yutaro_today
@1PVFisXfm6gY8qd 2007年に当時30代でADHDの診断受けました。あの頃はネット上でも女性の仲間を見つけるのは難しかったです。2010年を過ぎてからたくさん見かけるようになりました。看板に掲げるのをやめた人はマイブームや興味の方向が変わっただけで、私が知っている人はだいたい通院や服薬はずっとしてます。 pic.twitter.com/RgV1efHLti
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スンダヴ 発達障害・ADHDライター&カウンセラー @1PVFisXfm6gY8qd
@yutaro_today お写真わざわざありがとうございます!女性の当事者は少なかったんですね・・・ただ、出版されてた関連書籍は女性がテーマだったようですね。
Yutaro @yutaro_today
@1PVFisXfm6gY8qd ADHDは「男児が多い」ってイメージだったので、新鮮だったのを覚えています。

園生恵子♪ThirtySecondsToMars @sonoukeikoADD
@1PVFisXfm6gY8qd (10年以上前とはすごい。快適にお過ごしなんでしょうか……?)
スンダヴ 発達障害・ADHDライター&カウンセラー @1PVFisXfm6gY8qd
@sonoukeikoADD 元気です。氏によると、その当時発達障害界隈に影響を与えたのは2004年発売の「どうして私、片づけられないの-―毎日が気持ちいい-「ADHDハッピーマニュアル」だったそうです。
園生恵子♪ThirtySecondsToMars @sonoukeikoADD
@1PVFisXfm6gY8qd ありがとうございます。素晴らしいことですね! (実は、私が自分の発達障害を疑って初めて手にした本もそれ(の中古)でした。私が読んだ時には、文章中にも上がっていた医師はすでにクリニックを閉めた後でしたが……。)
スンダヴ 発達障害・ADHDライター&カウンセラー @1PVFisXfm6gY8qd
@sonoukeikoADD 2004年当時からADHDに関する書籍があったのはすごいと思います!ただ、書かれた人はクリニックを閉めたのですね・・・
園生恵子♪ThirtySecondsToMars @sonoukeikoADD
@1PVFisXfm6gY8qd そうなんです。「新宿成人ADDセンター・さくらいクリニック」ですね。こちら、拾ってきたブログ記事ですが、ご参考まで。 ameblo.jp/katukatu1103/e… でも、たぶん、2015年にこの本 goo.gl/iVBBwy の監修をされているので、何かしら活動はされているようではあるんですよね(憶測)。

カリノ トウコ @linoleums
@1PVFisXfm6gY8qd 初めまして。2005年に発達障害だと診断されました。自分がそうではないかと気付いてからクリニックに行くまで数年かかったし、当時の発達障害界隈の中では遅い方だと思ってました。 karino.exblog.jp/i4/
スンダヴ 発達障害・ADHDライター&カウンセラー @1PVFisXfm6gY8qd
@linoleums 貴重な情報ありがとうございます!2010年以前の大人の発達障害当事者の情報ほとんどありません。すごく貴重です。「遅い方」とはその時すでにちらほら診断された方がいたのでしょうか?また、その当時当事者とどのように交流してましたか?
カリノ トウコ @linoleums
@1PVFisXfm6gY8qd 確か1998年に「アスペルガーの館」という掲示板でアスペルガーやADHD(傾向)の方たちと知り合って、私は「発達CHAT」という個人掲示板に出入りするようになり、そのCHATやそのメンバーらの個人サイトやそこから派生した掲示板などで交流するようになりました。その後2004年頃にブログが流行り始めて
カリノ トウコ @linoleums
@1PVFisXfm6gY8qd 多くの当事者がブログを始めて、当時はそれぞれのブログにBBS(掲示板)が併設されていたことが多かったので、そこでの交流などもありました。
スンダヴ 発達障害・ADHDライター&カウンセラー @1PVFisXfm6gY8qd
@linoleums その当時からADHDという概念があったんですね!どのように知識を仕入れていたのでしょうか?また、その当時も仕事などで困ってる人は多かったですか?
カリノ トウコ @linoleums
@1PVFisXfm6gY8qd 私が従量制でないネット環境でインターネット出来るようになった1998年には、発達障害、ADHD、アスペルガー、LD等の概念はあり、専門医に診断されている方もありました。知識はネットの個人サイトや発達障害専門の医師のサイト、書籍などでした。
カリノ トウコ @linoleums
@1PVFisXfm6gY8qd 今見てきたら「アスペルガーの館」は1997年からあったようで、掲示板は 1999年4月30日スタートでした。管理人さんおふたりは今もtwitterにおられます。
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コメント

Cook⚡児童防犯まとめピン留中 @CookDrake 2月14日
コメント欄での情報提供や過去語り、大歓迎です。
きゃたまそー @tamatama1127 2月15日
書き留めの必要性は大いに。私は2015年の診断でしたが、リタリン・バッシングなど知る由もなく、Twitterを通じて知りました。その年から「発達障害界隈」に居るようになりましたが、そんな私から見ても最近は若い当事者が増えたように感じます。 ADHDに限らず発達障害を取り巻く環境は今後も大きく変わっていく可能性があるので、ここらで一度それぞれの世代の当事者の体験をまとめていく必要がありますね。
きゃたまそー @tamatama1127 2月15日
tamatama1127 自分のコメントにつづけて。 リタリン・バッシングとその影響、それに対する当事者達の対応を一つの「(障害者)運動」と捉えてもいいかもしれません。
jun @mukunea 2月15日
俺はコンサータの薬剤情報を調べる中で、ウィキペディアでリタリン騒動を知ったなー。 当時はかなりびっくりしたものだ。
Cook⚡児童防犯まとめピン留中 @CookDrake 2月15日
まとめを更新しました。概要と画像解説文を書き足しました。
kadochika @kadochika 2月15日
わたしが障害について知ったのは2013年くらいです。身の回りにそうした知識を持っている人は一人もおらず、ネット検索で初めてたどり着きました。テレビはほとんど見ていなかったので特集があったとしても見なかったでしょうね。なにがしかの保健広報などで障害に思い当たって受診に来るっていう人がどのくらいいるのか気になります
masano_yutaka @masano_yutaka 2月15日
私は2013年診断だったのですが、その後の定義変更に基づいて「どちらとも言えない」から「要治療」に変わったので、この辺りをちゃんとバージョンアップしてくれる医療機関と自治体に繋がってるのって大事。
草薙少佐 @youichi1971 2月15日
丁寧にまとめてあって、これだけでも十分体系だっています!
六月(むつき) @mutsuki_june 2月15日
私ではなく、私の子どもの話になるのですが 10年前、長男が1才半の時に、発達障害の兆候(目をあわせない、多動、こだわりetc.)がある、と幾ら周囲に訴えても、「この年ならこれくらい普通だから」と袖にされ、持病が悪化して2年ほど実家に送還されました。 で、加齢で落ち着いてたんですが、小学校入学と共に発達障害以外の何者でもない児童になりました。 続きます
六月(むつき) @mutsuki_june 2月15日
続き で、4年前、次男1才3ヶ月の時には、発達や情緒の相談会が保健所主導で年に何回か開催されるようになっていました。 そこで、医師から、多動と言葉の遅れを指摘され、長男の時代には身体/知的のみだった療育園が情緒の子どもも受け入れていました。 年の差6才ですから、6年で、発達障害が「我が身のこと」として捉える親御さんや、フォローする方々が俄然増えたと思います。(観測範囲で、ですが) 当事者ではないですし、歴史として適切でなければ、申し訳ありませんm(__)m
六月(むつき) @mutsuki_june 2月15日
あと、リタリンバッシングについてですが、その当時既に自分が精神障害者だったので、どちらかいうと、所謂「メンヘラ」の方々がざわついた印象が強いです。 リタリンが必要でない方々も、この先、自分が使用している薬品が制限、廃止になったらどうしようか?と、不安からの声が色々なところから聞こえてきたの、よーーーーーっく覚えてます。
Cook⚡児童防犯まとめピン留中 @CookDrake 2月15日
mutsuki_june mutsuki_june いえいえ、こういう「リアルに体験した変化」を書きとどめておくことも大事だと思います。masano_yutakaさんの書いてくださった体験masano_yutaka みたいな、「◯◯年ころにはこうだったけど、その後××年にはこんな対応に変わってた」という話も(地域によるばらつきは考慮する必要はありますが)歴史の一部だと思います。
reiko @reiko34032240 2月15日
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%81%AE%E3%81%B3%E5%A4%AA%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%B3%E7%97%87%E5%80%99%E7%BE%A4 この本が第一次ブームかな。 当時、都内だと確定診断をできる病院は一つしかなかった。
reiko @reiko34032240 2月15日
私がこの本を読んだのは1992生まれの息子の他動に悩んでいた90年代半ばです。
草薙少佐 @youichi1971 2月15日
「のび太、ジャイアン症候群」は思い出した。 「発達障害」を診られる病院、クリニック一覧が県のHPで紹介されていて、のせられている病院やクリニックは「てんやわんや」だと聞いています。国立の医療機関でメインだったDr.が異動をされて、さらに拍車がかかった模様。つまり、「未だに」きちんと診られると言っているところも少ないかも…。
Cook⚡児童防犯まとめピン留中 @CookDrake 2月15日
まとめを更新しました。巻頭に情報提供歓迎のむねを書き足しました(概要にも書いてありますが、折り畳まれて見えないため)。
Kyrie @Kyrie_u_eiryK 2月15日
まとめ中に話題が出てくる先生に診断してもらいました。ところが閉院、さらに紹介状の依頼をするも音信不通になってしまい、一時期は主治医を失った状態でした。 転院先を探したものの、イーライリリー公式サイトで紹介されている中には、発達障害の専門医以外も含まれており、なかなか通える場所が見つかりませんでした。
Kyrie @Kyrie_u_eiryK 2月15日
Kyrie_u_eiryK 漫画で有名な某メンタルクリニックに行った時には、コンサータやリタリンのことを「覚せい剤だ。そんなものを飲むのは非常に問題だ」など違法薬物のように言われて傷つきました。ADHDのことも漫画にしてるクリニックのくせに。たまたまその時の担当者が外れだったんでしょうが…。 その後信頼できる主治医を得て、コンサータを飲みながら、安定して働くことができるようになりました。家事も仕事もなんとかなってます。 リタリンやコンサータを飲まない頃は眠気もひどかったです。居眠りでクビとか…。
Cook⚡児童防犯まとめピン留中 @CookDrake 2月15日
Kyrie_u_eiryK 漫画のあそこは、私の知人も「どんなとこだかまず行ってみよう」とでかけていって、初診で「こりゃだめだ」と見切りをつけたそうですから、まあその、どなたに担当頂いてもあまり変わらなかったかもと思います(^^;
りんこ・エレオスキー @linco_motte 2月16日
当時の界隈に影響を与えたのは『片付けられない女たち』(2000年)ですよ。ハッピーマニュアルはあの当時たくさん出た本のうちのひとつという認識。あの頃、当事者が集まるサイトの掲示板で活発に情報交換されていました。 ちなみに私は2003年に診断済です。
りんこ・エレオスキー @linco_motte 2月16日
さくらいクリニックが廃業されていたのは初めて知りました。 診断してもらえるクリニックは当時希少で、患者が殺到するということから掲示板などでも名前を出すのはNGというルールが敷かれていましたが、さくらいクリニックは本が出ていることもあり有名でした。2000年代前半の当時、診断は3年待ちと言われてましたね。私も一度電話したことありますが、何が理由か忘れましたが行かずじまいでした。
NT @nobio_to 2月16日
巷ではアスペルガーが先んじて認知された感はあり、続いてadhdや発達障害といった言葉が聞かれるようになったという理解でよいのかな? 一般人では世代によって支持する考え方が違う傾向にあるように思える。 "精神科ヤバイ"、"あれって要は自閉症"、"ただの努力不足な奴ら"という理解の人は少なくない。
りんこ・エレオスキー @linco_motte 2月16日
あの頃の心療内科は発達障害の話をするとニヤニヤして「流行ってるよね」とかいう先生が多かったです。大人の発達障害は存在しないものという認識だった。 潮目が変わったのは『わかっているのにできない脳』のエイメン博士のPET検査が日本でも行われるようになってからだと思います。都内のどこそこの大学病院で検査できる、みたいな話を聞くようになり。ちょうどリタリン・ショックの後くらいだったので「今更検査してもなぁ、薬もらえないし」という気持ちになったのを覚えています。
りんこ・エレオスキー @linco_motte 2月16日
ちなみにリタリン・ショックの発端となった東京クリニックは2005年頃に受診していたことがあり、その意味でもショックでした…。
NT @nobio_to 2月16日
linco_motte 今でもお医者様はこの話題については距離を置きたがる傾向が多いとは感じますね。 質問すると"(それまで問題視されなかったのに)○○で新たに発見した病気"というように、否定は避けつつ遠ざけることが多いかな。明確に"ない"と言われなくなっただけ大きな進歩だと思います。
NT @nobio_to 2月16日
就労・待遇が変化した時代背景も合わさって問題が表面化したので、"発見した"というのは、あながち間違ってないか。 発達障害の当事者としての問題は、行動の傾向そのものではなく、信頼や成長機会の喪失にあるわけですし。
ベリー@アラ還(男) @qouJ2HaAbCb9s4C 2月16日
SOAAの会員だったものです。『のび太ジャイアン症候群』『片付けられない女たち』 が引き金で、発達障害にたどり着きました。TV界も自閉症のドラマなどを取り上げる流れが当時あり、光という自閉症の少年が出てくるドラマや、『天気予報の恋人』が放送されていました。先に挙げた書籍がきっかけで自分の悩んでいた事にぶち当たり、たまたま知ったSOAAの掲示板に書き込みました。それが2000年ぐらいかな。それ以前は『アスペルガーの館』にいた気がします。
Cook⚡児童防犯まとめピン留中 @CookDrake 2月16日
qouJ2HaAbCb9s4C 情報提供ありがとうございます。初期の当事者には「アスペルガーの館」の存在は大きかったろうと思います。ぐぐってみたのですが、SOAA(発達障害を持つ大人の会 SOAA)はDDAC(NPO法人DDAC 発達障害を持つ大人の会)の前身という把握であっていますか?
🌸🍀紫嶋桜花🌿🍒 @as_wwwit 2月16日
ネットコミュニティーの話をしますと、まず「片付けられない女たち」のブーム(2000-2002年頃)の時に女性のADHD/発達障害のサイトがいくつか誕生しました。診断基準、体験談を載せ、掲示板やリンク集を設置していたようなサイトです(私もそれらで自分をADHDではないかと疑いました)。それまで「成人に発達障害はないと思われていた」のと同じくらい、「女性にADHDはないと思われていた」のです。
ベリー@アラ還(男) @qouJ2HaAbCb9s4C 2月16日
CookDrake SOAAの名称変更に関しては残念ですが記憶にありません。そういう所はわりといい加減なものですから。
Cook⚡児童防犯まとめピン留中 @CookDrake 2月16日
qouJ2HaAbCb9s4C お気になさらずに!それならそれで構いませんので!
🌸🍀紫嶋桜花🌿🍒 @as_wwwit 2月16日
as_wwwit エイメン先生の本のあたりまで、成人(女性)発達障害者コミュニティーのメインは「ADHD」でした。今で言うライフハック本の出版もそちらに偏っていたと思います。出版者がセミナーを開くこともありましたが、そこで印象的だったのは「(作者は診断を受けて気が晴れたが)診断を受けるのには何年も掛かり、デメリットが大きいので診断にこだわらないよう意識改革してください」という今では考えられないような話でした(2004年頃)。
🌸🍀紫嶋桜花🌿🍒 @as_wwwit 2月16日
as_wwwit (あ、出版社だ。そしてこのセミナーの告知もSOAAで見たような……)。
Cook⚡児童防犯まとめピン留中 @CookDrake 2月16日
as_wwwit geocitiesとかですかね。あそこは消滅することが確定なので魚拓大作戦しないとかも…。これはと思うHPはがんがんArchiveに放り込んでいくべきかもですね。
🌸🍀紫嶋桜花🌿🍒 @as_wwwit 2月16日
as_wwwitそして2004年の「教えて私の「脳みそ」のかたち」やそれに続く「自閉っ子」シリーズと時を同じくして、ADHDのサイトや出始めたブログで活動をしていた方々の数割が「自分はADHD"でなく"自閉だったのではないか」と考え始めるようになりました。他の方も指摘しておられるとおり、自閉とADHDは併発するのかしないのか、という論争があり、しないの方がやや専門家の数としては優勢でした。私自身、当時有名な小児科医の方に「自閉児は小さい頃ADHD様の症状を呈すことがある」と言われています。
Cook⚡児童防犯まとめピン留中 @CookDrake 2月16日
「女性ADHD site:www.geocities.co.jp」で検索すると古参HPがHITしますね。ジオは今年3月末日で歴史を終えるので、マジでサルベージしておかないと初期の歴史が消えまくりますね…(汗)
🌸🍀紫嶋桜花🌿🍒 @as_wwwit 2月16日
CookDrake あああああ確かに。当時のブックマークを大放出していただく必要があるかも……。
Cook⚡児童防犯まとめピン留中 @CookDrake 2月16日
Archive用のWEBサイト置いときます。 ◆国産魚拓。他の魚拓にログがないか検索してくれる>https://megalodon.jp/ ◆スライド魚拓。カレンダー式履歴が見やすい。>http://web.archive.org/ ◆一番強力。ほかが駄目でもここなら取れたりする>http://archive.li/
Cook⚡児童防犯まとめピン留中 @CookDrake 2月16日
as_wwwit それ、出来る範囲で構わないので是非。なんならコメ欄埋め立てる勢いでどうぞ!
Cook⚡児童防犯まとめピン留中 @CookDrake 2月16日
タイトルにも「情報歓迎」を入れました。最初から入れておけば良かったw
🌸🍀紫嶋桜花🌿🍒 @as_wwwit 2月16日
また同時期、2chなどで「メンヘラ」コミュニティーがある程度の市民権を得、成人発達障害の集まる匿名掲示板も賑わっていたような記憶があります(参加はしてないので不案内です)。逆に、少年犯罪などでアスペルガーの名が知られるようになり、「アスペ」が侮蔑語として広まったのもこのくらいの時期の話ではと。(「自閉っ子」の最初の巻に言及があります。)
🌸🍀紫嶋桜花🌿🍒 @as_wwwit 2月16日
CookDrake それが、当時のIE使ってたマシンが壊れたままサルベージできてなくて😂可能な限り思い出してみますー。
🌸🍀紫嶋桜花🌿🍒 @as_wwwit 2月16日
2000年代後半になってくると(リタリンショックの頃ですね)、それまで仲間を求める若い女性や、我が子の診断をきっかけに気付いたという親御さんに加え、男性当事者や、医師ご自身が運営するブログが現れます。いずれのサイトも、またミクシィも、自分のことを分かりたい、分かってほしいという欲求を抱えた人々(私もその一員です)の書き込みで連日賑わっていました。
🌸🍀紫嶋桜花🌿🍒 @as_wwwit 2月16日
as_wwwit ADHD/AS(当時はこう略すのが一般的でした)が併発しないという考え方が多かったこともあり、両者の間で軋轢が起き、サイトオーナーが片方の書き込みを制限せざるを得なくなる、といったケースもみられています(まさに、他方の診断名を攻撃するような書き込みをする人も)。Twitter前夜の話です。
Cook⚡児童防犯まとめピン留中 @CookDrake 2月16日
as_wwwit うわああwあるあるだあw分かる範囲でいいので、よろしくおねがいします!
🌸🍀紫嶋桜花🌿🍒 @as_wwwit 2月16日
as_wwwit 2008年に日本のコミュニティにTwitterがデビューし、まず盛り上がったのが発達障害のお子さんを育てている真っ最中の親御さんたちによる情報交換でした。次に、メンヘラ裏アカに発達障害を掲げるアカウントが増えてきます。その後の流れや空気感はブログにあげましたので、ご参照ください。http://wwwit.hatenablog.com/entry/2016/03/16/044000
Cook⚡児童防犯まとめピン留中 @CookDrake 2月16日
as_wwwit ツイッターの日本語サービス開始が、「2008年4月23日にユーザインターフェースが日本語化された日本語版が利用可能に」とWikipediaにあるので、ここから後が日本のツイッターの歴史の始まりなわけですね。時期的にはリタリンショック(2007年9月18日勃発)の約半年後ですね。
Cook⚡児童防犯まとめピン留中 @CookDrake 2月16日
as_wwwit これは貴重な記録!ありがとうございます。
🌸🍀紫嶋桜花🌿🍒 @as_wwwit 2月16日
外からのイメージに触れておくと、まず「我々は怠けているわけじゃなかったんだ! 発達障害だったんだ!! 我々は悪くない!!」という主張が盛り上がり世間に知られると、世間の方からは「最近の、発達障害とやらを主張するふてえやつら」と受け止められた(鬱なんかも同じですね)ということは記録しておきたい……。
🌸🍀紫嶋桜花🌿🍒 @as_wwwit 2月16日
いくつか検索してみましたが、ペンギンくらぶ( http://www2u.biglobe.ne.jp/~pengin-c/ )さんのリンク集に当時のサイト(リンク切れのものも)が網羅されてました! 「変光星」の森口さんの「自閉症納言」がまだ生きてる……きゃあ、ジオシティーズだ!!
粘着ももたん@INFP @UraneeTokyo 2月16日
qouJ2HaAbCb9s4C わたしも「片付けられない女たち」でしたね。 アスペルガーの館は長文読むの大変で、なんか入り込めませんでした。
Cook⚡児童防犯まとめピン留中 @CookDrake 2月16日
as_wwwit なんと!!!そんな貴重なサイトが…!Archiveせねばですね…
Cook⚡児童防犯まとめピン留中 @CookDrake 2月16日
白状する。「アスペルガーの館」はなんとなく名前が怖くて近寄らなかったんだ…。いま猛烈に後悔しているッ!!
reiko @reiko34032240 2月16日
90年代半ばで、アスペルガー、自閉症は当時からすでにメジャーだったのでは。少なくとも私は知っていました。 でも、この2つは幼児の親からのすると、健常児とのボーダーからはちょっと遠すぎてカジュアルではない。 ADHDはカジュアルなんですよ。 のび太ジャイアン本では紹介された症例は米国のものだったので、90年代に輸入された概念なのでは? 2000年代初頭には杉山登志郎先生が新書でアスペルガー、自閉症、ADHDの違いを明確にされていたような?
ただのgano-01 @gano_01 2月16日
私は2001年末(中学1年時)に大学病院でADHDと診断されました。 高校くらいまでリタリンを服用してたのでリタリンショックはかなりきつかったです。。 でもその時期にとある漫画で主人公の先輩がナルコレプシーを偽ってリタリン処方をうけてるという話があり「そういうやつなの??」って勘違いした記憶。。 今思うと「そういうのあるから覚せい剤扱いされるんでしょうが!!」って思いました。
ばじる@4/2は世界自閉症啓発デー @Basil1127 2月16日
確定診断を受けたのは2000年の夏か秋(忘れた)、まとめでも名前の出ていた新宿のさくらいクリニックに通っていました。元々専門職なのでADHDに関する論文を見て「あっこれ子供時代の自分だ」とか思ってましたが生活する上での困り感は大人になって増す一方だったのに当時は大人の情報がなかったのですよね。きっかけはニキさんが訳した「片づけられない女たち」の書評を新聞で読んだこと。小谷真理さんだったかなあ。
ばじる@4/2は世界自閉症啓発デー @Basil1127 2月16日
Basil1127 たぶんこの本の巻末に受診できる医療機関のリストが載っていて、さくらいクリニックに電話したらその時点で数ヶ月待ち。初診の日がとても待ち遠しかったのを覚えています。 当日は超ボリューミィな問診票と面談での問診。もちろん挙動も観察されていたでしょう。診断は「典型的な混合型ADHD」。ああこれで色々はっきりした、と胸のつかえがおりた思いでした。
ばじる@4/2は世界自閉症啓発デー @Basil1127 2月16日
ところで、どこ発か忘れましたがWingBrainというグループを主宰してた方たちがいましたよね。本を2冊くらい出してて、なんだったかのきっかけで書籍を送っていただいたのですが正直「ADHDは心に翼の生えた素晴らしい人々」という調子が私にはしっくり来ず、感想を個人サイトで書いたら「タダで贈ってもらっておいてけなすとはけしからん」みたいに逆ギレされてそのまま縁が切れました。あれからどうなったのかな? SOAAも懐かしいですねえ。主催の講演会、何回か聴きに行きました。
ベリー@アラ還(男) @qouJ2HaAbCb9s4C 2月16日
週刊文春の精神科医の連載でADHDバッシングがあったのを御存知の方はおられますでしょうか? 抗議の手紙が沢山来たとか。他には『ここが変だよ日本人』でアメリカ人の方がADHDについて話していました。
ベリー@アラ還(男) @qouJ2HaAbCb9s4C 2月16日
村松恒平さんの著作にADHDの娘がいる親から小説家にしたいとの相談を見たことがあります。その頃文章学校の生徒で著作を読みまくっていたので。また鈴木みそ先生の『おとなのしくみ』でADHDに言及していました。どちらも時期は不明。
🌸🍀紫嶋桜花🌿🍒 @as_wwwit 2月17日
Basil1127 上述のペンギンくらぶさんのリンク集に名前がありますね。そうそう、そんな感じの切り口でした。
🌸🍀紫嶋桜花🌿🍒 @as_wwwit 2月17日
私はその下の「感情研究室」さんにしばらくお邪魔していました。私と同い年、同じような家族構成、(おそらく)同じようなIQの女性と後の旦那様が運営しておられたのですが、こちらもADHDから始まり、考察を深めるうちにASの可能性に至る……といった流れでした。仕事や親としての悩み事が多かった当時、成人女性自身がパートナーや家族との関係を考えるというのは珍しいサイトでした。その後どうしていらっしゃるだろうか、お元気かなあ。
🌸🍀紫嶋桜花🌿🍒 @as_wwwit 2月17日
(そしてこれはたまたまなのですが、私がパネラーになったイベントのメインは森口さんの講演だったのですよね。あの頃はネットの外でも、みんな情報と仲間に飢えていました……)
🌸🍀紫嶋桜花🌿🍒 @as_wwwit 2月17日
ちなみに、アスペルガーについては犯罪報道くらいでしか耳にしてませんでしたが、「自閉症」のほうは80年代前半にはもうメジャーだったようです。自分がその頃呼んでも反応しない、視線が合わないなどで当時疑われたようなのですが、言葉が達者だという理由で否定されたとか。
ベリー@アラ還(男) @qouJ2HaAbCb9s4C 2月17日
WingBrainの本が紹介されているサイトを見つけました。 http://www.arsvi.com/b2000/0410r.htm
ベリー@アラ還(男) @qouJ2HaAbCb9s4C 2月17日
全く別の話になりますが、2004年に出た闇金ウシジマくんの118ページにリタリンを思わせる錠剤が出てきます。リタリンバッシングに関しては、その頃出た週刊誌に、「ドイツ語の勉強をするためにリタリンを飲んだらすごく捗った」という体験記を引き合いに出してリタリンの禁止を促す記事を読んだことがあります。週刊誌名は忘れてしまいました。
粘着ももたん@INFP @UraneeTokyo 2月17日
SOAAの出版プロジェクト=WingBrainです。 多分プロジェクト発足当初はメンバーもたくさんいたのですが、途中で抜けた人が多かったかも。 何しろ行動力のある人たちなので、合意が取れないまま突っ走ると、あれ?なんか意図してない方向に進んでいる…となりがちなのだと思います。
4月からピカピカのD1(予定)の限界大学院生オープン戦ぼやきおじさんオメガ @puremind1994 2月17日
診断下りたのは2011年冬。当時17歳半、コンサータ的にギリギリセーフでの診断でした。ちょうどこのあたりの時期から「18歳以前からコンサータを服用していた人は、18歳以降も継続できる」という特例措置が始まっていて、そのおかげで途切れることなく服用できて今に至ります。あれから7年以上経ち、今年で25歳…。 特例措置の時期に滑り込みで診断受けたのはなかなかレアかもしれないです。→
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→ちなみにリタ事件のことは診断前(16歳くらい)にネットで知りました。その時のショックと怒りはうまく言語化出来ないです……。コンサータ服用の年齢制限も知っていたので、16あたりの頃は診断受ける気はあまりなかったです。その後に、「オーバーエイジの特例措置がそのうち始まる…」みたいな話を聞いて、17歳の夏に大急ぎで初診予約を取りました(診断受ける決意をしたのは、自分の特性に限界を感じていたという理由もありますが)→
4月からピカピカのD1(予定)の限界大学院生オープン戦ぼやきおじさんオメガ @puremind1994 2月17日
puremind1994 →診断前からネットで色々と情報を漁っていました。某掲示板の当事者スレや未診断スレをはじめとして、2011年からはtwitterを本格的に使い始めました(自分からADHDの話を盛んにするのは診断後ですが)。
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puremind1994 →あの頃のインターネットADHD界隈の空気は今でも忘れられません。未診断の成人さんからの「どうせコンサータ服用出来ないし、医者にかかったところで……」という書き込みを何度、目にしたか。twitterで知り合った診断済の成人当事者仲間は、リタ事件で治療薬を絶たれた中で生き延びてきた人達でした。コンサータの効果を身を持って感じていた身としては、やるせない思いを感じる日々でした。だからこそ、2013年、成人承認の知らせを見たときはPCの前で思わず涙が出てきました。→
4月からピカピカのD1(予定)の限界大学院生オープン戦ぼやきおじさんオメガ @puremind1994 2月17日
puremind1994 →友人などにカミングアウトする際は、ほぼ必ずリタ事件の話もしていました。今もそうです。事件前後のMPH服用者に対する偏見を聞いていたので、少しでも啓発になればという思いで。 僕の代は「良くも悪くも」リタ事件を知らない人が殆どです。「良い面」は啓発のしやすさ。当時のバッシングを知らないので、先入観がほぼ無い。服薬の話をしてもそこまでビビられない。服薬前後の僕の挙動を生で見ているから尚更かもですが。
4月からピカピカのD1(予定)の限界大学院生オープン戦ぼやきおじさんオメガ @puremind1994 2月17日
puremind1994 「悪い面」は、診断を受ける同世代の仲間が事件を知らないこと。2013年の成人承認以降、とりわけここ2,3年くらいで、僕と同世代と思われる診断済さんがtwitterでコンサータの話をしているのをよく見かけるようになりました。中には、とても軽率な発言もあり、規制の過程を知る側からすると冷や汗物です。どうやって歴史を伝えていくか…という難しさは、ここ数年ずっと感じています。これからビバンセも出てきますしなおのこと。
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