李舜臣とは、何者か〜無双の勇将ではなく「負けない地味さ」が持ち味? 伊東潤先生の考察を軸に

【李 舜臣は、李氏朝鮮の将軍。字は汝諧(ヨヘ、여해)。文禄・慶長の役において朝鮮水軍を率いて日本軍と戦い活躍した。韓国では救国の英雄とされる】(ウィキペディアより)…ただ、彼の武勇の特徴や意味は、神格化や伝説化もあり、分かりづらい部分もあるようです。小説家・伊東潤氏が「負けないヒットアンドラン戦法」「地味な狡賢さこそが持ち味だった」と語るところから始まった、忠武公談義。
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偏見で語る世界の英雄bot @eiyu_bot
李舜臣(1545~1598) 朝鮮王朝の将軍。豊臣秀吉の朝鮮出兵に対し、朝鮮水軍を率いて戦った。 自ら改良した亀甲船と、潮流を読んだ巧みな戦術をもちい、日本軍を翻弄。各所で日本水軍を撃破し、その補給路を絶った。 讒言をうけ一度は退くがのちに復帰。露梁海戦にて島津軍に銃撃され戦死。
伊東潤 @jun_ito_info
文禄・慶長の役の海戦を調べているんだけど、李舜臣は閑山島・安骨浦海戦で小戦果を挙げただけで、その後は戦果を挙げたということを喧伝するためのヒット・アンド・ラン戦法に終始し、最後は作戦ミスで敗死しただけなんだよね。こうした史実を、研究家が書けるになったのが最近というのが悲しい。 pic.twitter.com/8QXLL1bcPr
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伊東潤 @jun_ito_info
島津家の『征韓録』では、最後の露梁海戦で戦死した士分26名の名を挙げた上で「其外戦死の人々多し」としている。26人の5倍としてもトータル150から200人の戦死となる。ところがあちらさんは「日本船数千隻を沈め、日本兵数万人を殺した」だからね。この撤退戦は世界史上においても画期的成功では。
伊東潤 @jun_ito_info
島津氏は豊臣政権に対し「うちはこんだけ死んだんですよ。だから文禄・慶長の役に貢献しました」という立場だからね。豊臣政権の奉行衆に損害の過少報告をしても何の得もない。しかも26人の名まで挙げている。もっと死んでいたら、家臣の家族から「何で名前を挙げてくれないの」というクレームがつく。
OTTO ZHANG @OdaTaketa
@jun_ito_info 関ヶ原で戦死した士分は著しく韓陣より多いです。
伊東潤 @jun_ito_info
@OdaTaketa そうですよね。文禄・慶長の役では病死が多いようで、戦死はあまりいないんですね。
伊東潤 @jun_ito_info
@yaseijidai 今、書いている。「秀吉に弟を人質に取られ、図らずも刺客とされた根来寺の玄照。偽降倭となってターゲットの李舜臣に接近するが、その人物の大きさに打たれ…」 この設定だけで面白くないはずがない。 『#秀吉の刺客
伊東潤 @jun_ito_info
李舜臣が凄いのは日本水軍に無二の一戦を挑まず、輸送船襲撃などの小戦で勝利を積み重ね、不敗伝説を作っていったこと。鳴梁海戦では圧倒的劣勢にもかかわらず来島通総を討ち取り、1.4万石しかない来島を百万石大名のように宣伝した。露梁海戦で負けたのは作戦の主導権を明水軍に握られていたからだ。 pic.twitter.com/zQkmRUasiI
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青木亮 @aokitoru88
@jun_ito_info 八路軍のゲリラ戦法ですね。
HI @tateita_HI
@jun_ito_info 現存艦隊主義の体現者ですね
小可 @xiaoke_As
壁|ω・`) 李舜臣は「勝報を送り続けた将軍」なんだよなぁ…戦中ということもあってそのへんは不問に処されているけど。もし戦後に生き残っていても、査問等で何らかの処罰はあったんじゃね?と前から考えてる。 twitter.com/jun_ito_info/s…
伊東潤 @jun_ito_info
@tateita_HI 真田昌幸ばりのずる賢さです。無理せず慎重に事を運び、自らの不敗神話を作っていく。得意技は兵站破壊、すなわちボディブローの名人です。明水軍と共同作戦などしなければ、死ぬまで不敗だったでしょう。
伊東潤 @jun_ito_info
@aokitoru88 日本には源平時代からの武士の蛮勇的メンタリティがあるので、戦争向きの国民ではありません。こうした八路軍的ずる賢さを持っていたのは、真田昌幸や勝海舟など少数しかいません。
Sz73 @Sz73B
持久戦の達人というのは、特に評価されにくい種類で、李舜臣も本来の姿はそれだったのかもな。元来、敵を追い払うのが目的なら必ずしも決戦での大勝は必須でもなく、嫌がらせのように小競り合いや補給線破壊を繰り返して疲弊を待つ手が有効だ。うまくやればトイトブルクのような惨状にも持ち込める。
伊東潤 @jun_ito_info
@xiaoke_As 仰せの通り、かつての李氏朝鮮国は嫉妬と讒言(ざんげん)でできている国家ですから、出る杭は打たれます。
Sz73 @Sz73B
そういえば李舜臣は軍事に関して極め付けの無能揃いの李朝高官からの無理解に苦しんだという話があるが、持久戦に徹したなら、なおのことそうだったろう。
bookroad @bookroad1
@jun_ito_info 実際の勝利以上に「不敗伝説」こそが効果がある、と考えたり、輸送船襲撃を重んじたのなら、それも軍事史上すごいことかもしれない。そっちの方面からの検証とか無いかな twitter.com/jun_ito_info/s…
立花飛驒守 @lihuatongying
@jun_ito_info @tateita_HI 露梁の戦いの時、彼はみずから死を求めると思います、この時「英霊」として死ななげれば、戦後に党爭の犠牲として国王に殺されたの可能性が大い
OTTO ZHANG @OdaTaketa
@lihuatongying @jun_ito_info @tateita_HI 贔屓の柳成龍が失脚以後、李舜臣の結局も必ず良くなかったのです。
戦車道 歩美 with かんてつ64mm @kantetu64mm
朝鮮半島にはもっと偉大な英雄がいっぱい居たはずなんだけど文化と文明が長い中国や白人支配の元で途切れちゃったから統治時代に島津と交戦した記憶がある李舜臣を半島の人々に自信と誇り持たせるために英雄として教育したのが始まりで日本が作った英雄像なんですよね…たしか… >RT
有芝まはる殿下。 / 𝕴.𝕳. 𝕸𝖆𝖍𝖆𝖑 𝕬𝖑𝖞𝖘𝖍𝖊𝖇𝖆 @Mahal
つか元ツイの人が書いてたけど、真田昌幸っぽさとは言えるかも
bn2 @bn2islander
@Mahal 輸送路の破壊はダメージ大でしょう
有芝まはる殿下。 / 𝕴.𝕳. 𝕸𝖆𝖍𝖆𝖑 𝕬𝖑𝖞𝖘𝖍𝖊𝖇𝖆 @Mahal
@bn2islander しかし、この当時の武士の倫理観だと、普通に現地調達という収奪に迷いなく切り替えていた可能性
カエサル(安部譲二を許銘傑) @caesar_SPQR
紀元前ならともかく16世紀に「兵站」の概念がないわけはなく、また李舜臣は実際に日本側の補給線を断てたわけではない。李氏朝鮮の軍備が弱小だった上に、李舜臣は党争に巻き込まれて不遇であったために「弱者の戦略」を取る必要があったことを前提とした上でならば誉めてもいい、というくらいか。
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コメント

ろんどん @lawtomol 2月16日
孫子の「善く戦う者は、勝ち易きに勝つ者なり」を体現した方だと思っております
おく のぶ @samorou 2月16日
戦国時代を生き残ってきた連中が相手で、自分の兵力は少なく後方の味方も足を引っ張るという悪夢のような状況。援軍はと言えば、戦場になる国土の事など歯牙にもかけない鬼畜ばかり。これで小さい勝利を重ねながら戦い抜くのだから、不屈の名将と言っていい。
barubaru @barubaru14 2月16日
実際小大名とは言え来島の首は取っている。他の大名は一切戦死してないので、。明・朝鮮連合の中で最大の戦果を挙げているのは間違いない。まあそれだけの戦果を挙げた鍛え上げられた水軍を、懲罰で一兵卒に降格されている間に壊滅させられたんだけどな。
ポポイ @p0poi 2月16日
李舜臣は,戦死した最後の戦いで,日本撤退は決まってたのに,何故深追いしたか。宮廷の貴族らに,用済みと謀殺される前に,名誉の戦死を遂げたかったのでは,と妄想してます。
愚者@BOOTH通販開始 @fool_0 2月17日
まあ仮に生き残ったとしても、九分九厘謀殺されていたよなあと。李舜臣を生存させる術があるとしたら亡命か、或いはクーデター起こして政権取るかのどちらかしかなかった気がします。
キム・カッファンすき @Kim_Kaphwan11 2月17日
p0poi fool_0 国家にとっては『死んだ英雄だけが良い英雄だ』なのかもしれませんね。 『狡兎死して走狗烹らる』の故事が思い出されます。 https://kotobank.jp/word/%E7%8B%A1%E5%85%8E%E6%AD%BB%E3%81%97%E3%81%A6%E8%B5%B0%E7%8B%97%E7%83%B9%E3%82%89%E3%82%8B-496781
キム・カッファンすき @Kim_Kaphwan11 2月17日
lawtomol仰る通り、 「勝てる時」「勝てる場所」「勝てる相手」を選んで勝利を重ねたことは名将の名に恥じないと思います。
bowmore25 @bowmore25years 2月23日
歴史クラスタからはともかく、半可通からはsageられまくってる武将。韓国は盛りすぎだし、大昔の通説も事実誤認が多いけど、13隻で来島通総を討ち取っただけでも十分名将。 しかし、金通精といい鬼室福信といい、朝鮮の名将は体制とうまくいかない奴が目立つような。
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