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shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
イディオムって言葉を覚えた時の印象が『適正』。 つまり、慣用句と言われる奴ですね。例えば「take care」=注意するという慣用句が、何故「take」なのか?それが「make」ではダメなのか? いわゆる伝える為には、takeで進んできた言葉としての慣用があるわけだ。それが使う私たちにとって、
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
伝えるためには「適正」という事だ。もちろん伝える方法というのは、伝えたい意味を伝えたい場合、決して「take care 」以外では「warn」という単語を使用すれば良いという事もあるかもしれない。だが伝える為のツールとしてイディオムの「take care」は「take」でなければならない。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
そういう適正さというのは、別に単語だけでなくても、頭の使い方でもある。 以下の提示したまとめでもあるように、脳みそが省エネするために「慣れる」ということはある。 文化醸成の方法と温故知新〜シンプルな人のシンプルな思考〜 - Togetter togetter.com/li/1318337 @togetter_jpさんから
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
だが、前回まとめでは言えなかったが、その「慣れ」でさえ、目的を達した上で、「慣れ」ているわけで、決して「手を抜いた」と一概に言えるわけではない。技術向上のために、頭を使う余裕を生むために「考える作業」を省く。その余暇を「考える」ことに使うか、まさしく「休憩」に使うかは、
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
その時々だ。であるならば、思考のイディオム(適正さ)というのがあるわけだ。そしてそれは非常に精錬されている状態ともいえる⇒もちろん個人個人の頭の中の話なので、そこまで脳みそを動かしているなら精錬されていると言えるが、爪が甘い(←日本語のイディオム)人もいるわな。。。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
だが、しかし思考のイディオム(適正さ)の精錬された思考を変えるには、その精錬された思考を凌ぐ効用がなければならないと言えるのではなかろうか。考えを変えて、今までの目的より「良くならなければ」、変える意味がないのだから。誰かの思考のイディオムを変えたいってのは、そういう事だし、
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
さらに言えば、曲がりなりにも精錬してきた個人の実績があるのだから、それを変えようとする動きは、ある意味反逆とも捉えられる。それがその人に対する敬意なのかという疑問さえ浮かぶ。仕事をするにも相手の作業における思考の使い方やイディオムを把握しながら、相手にも気持ち良くお願いした仕事を
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
やってもらうには、その思考のイディオムを押さえておくのは重要な気がする。そんな気がする夜8時の残業デー。

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