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中村圭志 宗教学 @seattlelubbock
オープンカレッジで曼荼羅を取り上げましたが、さて、曼荼羅・マンダラとは何ぞや? ……①日本とチベットの仏教に伝わった各種の曼荼羅、②日本で伝統的にややユルく呼ばれてきた種々の曼荼羅、③ユングが仏教から概念的に拝借した心理的表象としてのマンダラ、の三つを分ける必要があります。 pic.twitter.com/R40jso2Pv7
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曼荼羅は本来仏教の概念です。密教の儀礼(修行や呪術)で用いる――本来は執行者の頭の中のビジョン――仏像・菩薩像などを対称的に配置した各種の平面・立体の図像です。修行者が宇宙的ブッダに瞑想の中で合体して、悟りの領域に入ると同時に種々の超能力を発揮する……と信仰される有難い図像。 pic.twitter.com/NxporHxcpf
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インドの仏教は、Ⅰシンプルな自力修行に始まって、Ⅱ諸仏の他力パワーをたのむ大乗となり、Ⅲ呪術的な密教となりました。そして尊像を対称的に配置する曼荼羅を生み出す。一般にどんな宗教の儀礼も対称形を好みます(それが人間の生理?)。仏教は修行オタクですからそうした図像も凝ったという次第。 pic.twitter.com/FDrgSPDuQf
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インドの曼荼羅の発展段階は、①もっぱら招福除災をめざす素朴な左右対称型、②修行的意味を増した左右対称型(大日経の胎蔵曼荼羅)、③四方対称型の発明(金剛頂経の金剛界曼荼羅の一群)、④その後の際限なき増殖、となる。日本は②と③をセットにしており、チベットでは③から④のものがズラリと。 pic.twitter.com/wuNIshArMm
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①最初期の仏教美術は釈迦を法輪や菩提樹で表現。中央の無を一対の菩薩や神々が拝む。この左右対称図形が発展して一般的な「三尊」型の仏像が発展(写真は法隆寺の釈迦三尊)。その三尊形式の図像は、法隆寺よりはるか前のインドで、呪術的図像として曼荼羅へと向かう流れをつくっていました。 pic.twitter.com/jUFUCdEMj8
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②やがてインドで大日経が書かれ、その修行法に基づいて、左右対称型の胎蔵曼荼羅が生まれます。実はお経の通りだと尊像の配置が左右対称にならない。未だ開発途上だったんですね。チベットの胎蔵曼荼羅はそう。日本の胎蔵曼荼羅はお経の記述を大きく逸脱して左右対称を徹底させています。 pic.twitter.com/Puuq6fhYgm
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③次に、四方対称かつフラクタルな、金剛頂経系の曼荼羅が流行します。四方対称の起源は仏塔あたりでしょう。四方の入り口に五基の構造物をもつ著名な仏塔が、全体と部分で5部構成が反復される金剛界のフラクタルな曼荼羅構造を生んだ可能性を、田中公明氏が探っています(『両界曼荼羅の誕生』)。 pic.twitter.com/8oXOwCkQLS
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④インド密教直系のチベットは、金剛界系から派生したかなり魔術的な曼荼羅を百以上も受け継いでいます。いずれにせよ西洋で言えば錬金術や占星術のようなもので、科学的にはメリットは見込めません。しかし心理的には?……ユングは人間心理が錬金術から特段進歩していないことを明かしましたが。 pic.twitter.com/YoRW0pgPYh
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ユングの影響を受けた西洋人は、日本の上下に伸びたやや幾何学性の落ちた曼荼羅よりも、チベットのレゴのような原色系の曼荼羅を好むようです。宗教の世界でも呪術の世界でも世俗の美術や建築でもマンダラ的図像は豊富です。人間心理にある種の安定をもたらす構造であることは間違いないでしょう。 pic.twitter.com/mCA4X8ceSZ
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河合隼雄氏により箱庭療法は日本でも定着しました。理論はともかく、クライアントが夢中になって置いていって、自ら癒されていけばいいじゃないか、とも言われます。たしかに図形そのものに何か魔術的な働きがあるわけじゃなさそうですが、左右対称や四方対称が心理のある種の投影に向いている。 pic.twitter.com/pLfPnPKzr2
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日本では、仏教の幾何学的な曼荼羅から外れた叙景曼荼羅が流行しました。富士参詣曼荼羅のような。日本人は幾何学性にどこか安っぽさを覚える傾向があるらしく、自然の光景にあわせて崩しになったものを好みます。ともあれ、全体として(左右)対称であればマンダラを証する資格があるわけです。 pic.twitter.com/3dLU1FsnJj
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チベットの曼荼羅は四方対称がカッチリしており、ユング派などのマンダラも四方対称図形を指しているようですが、他方、日本の曼荼羅は縦長になっているし、胎蔵曼荼羅を見ても叙景曼荼羅を見ても左右対称性のほうが目立ちます。起源から考えると、三尊像のような左右対称のほうが本来の姿です。 pic.twitter.com/K85N4HJam0
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人間の視覚的事実に即してみれば、四方対称図形といえども実質的に左右対称です。たとえば塔が四方対称と言っても、それは平面図を見るときのことであり、実際の空間で塔に接する者は左右対称にしか見えていません。四方対称の砂曼荼羅を前にして坐ると、眼に映ずるのは遠近法つきの左右対称図形です。 pic.twitter.com/qiwE3K5LBX
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つまり四方対称のマンダラというのは、神の視点から眺めた理念的なものである。他方、超越的な高みから眺めるのを嫌う日本人は、あくまで自己の身体性に即した事実上の左右対称性に留まろうとしている。触覚的なんですね。四方対称はドローンの視点左右対称は手探りのトポロジーpic.twitter.com/xiT394qtFj
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日本の曼荼羅が縦長になっているのは、ギリシャ十字に対するラテン十字を思わせて面白いですね。ラテン十字のほうが天に向かう上昇性を強調していて、図形的には左右対称にとどまっています。とはいえ、拷問具としての十字架の起源を考えると、身体に即した左右対称のほうが実はオリジナルです。 pic.twitter.com/zNK1SMA5Pc
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「鏡では右と左が逆になる」と言いますが、鏡の性質に上下左右はないので「鏡では上と下が逆になる」と言ってもいいはずです。しかし左右対称である人間は鏡を見るとき鏡像を水平方向に回転した自分の姿と比べて「左右が逆だわい」と思う。左右対称性は身体性に即しており、どこまでもつきまといます。 pic.twitter.com/7K2uWZlbNT
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「鏡では右と左が逆になる」では、もうひとつ、引力の問題があります。これがあるから、人間は鏡をのぞき込んだとき、自己像を垂直にひっくり返してそれと鏡像を見比べて「頭と足が逆だわい」と思ったりしないわけです。視覚の世界は公平なようでいて、常に無意識に天地に絶対的差別を与えていますpic.twitter.com/PvuXlrE4QQ
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曼荼羅を用いる儀礼を支えているのは《形而上学》と《呪術》であり、修行者が大宇宙に一体化して悟りを体現する一方で、奇跡の発現も目指します。錬金術が呪術でも修行でもあったことに注目したユングが、曼荼羅に目をとめたのは当然でしょう。錬金術も曼荼羅密教も儀礼の論理の極限だからです。 pic.twitter.com/F1C53FtZKG
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一般的に見ると、宗教の世界にはマンダラ的図像・配置が多い。たとえば正教会の教会堂正面にはイコンがズラリと並べられています。仏教は主観的修行を形而上的に意味づけているので曼荼羅の左右に慈悲VS智慧のような概念的対称性がありますが、物語を基軸とするキリスト教では、概念的対称性は薄い。 pic.twitter.com/sBDmGvGD14
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面白いのはユダヤ教のカバラで用いるセフィロート図です。神が自らの構成要素を十段階で発出する。図像の左右には慈悲/審判のような概念的対称性があり、胎蔵曼荼羅に近い。汎神論的な曼荼羅では中央に大日が置かれますが、啓示宗教のカバラでは上方の異次元に神があり、神/人間の対照が強い。 pic.twitter.com/iaH0QIDO3m
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世俗では、上院・下院の議事堂が左右マンダラ的に構築されるのが面白いです。「政教分離」が叫ばれなければならないほどに、実は政治と宗教はロジックとして近い。どちらも生死にかかわり、どちらも権利や権力にかかわる。図は米国とブラジルの連邦議事堂。ブラジルでは屋上の造形が陰陽を成しています pic.twitter.com/hMefjgsHTb
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教会(信者の集合体)は「キリストの体」と言いますが、文字通り教会堂はキリストの体の相似形である十字架を模したものでもあります。だから信者全体で一種のマンダラをつくっているとも言えます。図はゴシック教会堂の平面、東京のカトリック関口教会、そしてサンピエトロの内部。 pic.twitter.com/flytmFlX1O
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中世の神秘家ビンゲンのヒルデガルドはキリストを幻視しましたが、写本の図像の中にキリストらしき原人が描かれているものがあります。ローマの建築家ウィトルウィウスが発案した人体カノン(=ローマ=宇宙)と、神人キリスト(=教会=宇宙)との連続性をうかがわせます。いずれも発想は密教的です。 pic.twitter.com/v2cHiStL3r
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四方対称の典型は、仏塔や金剛界曼荼羅ですが、キリスト教でも四福音書記者のように4を基本モチーフとする図像はこれに近くなります。現代では各種のタワーが四方マンダラを体現している。図像の二つ目はタイのワット・アルンラーチャワラーラーム。三つ目はエッフェル塔を下から見上げたところ。 pic.twitter.com/T2cJktSO1t
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既に述べたように典型的なマンダラである四方対称性は、人間の知覚や知性の二元論的構造のせいで左右対称性に還元されるのが普通です。たとえばハリポタの四学寮は地水火風に基づいていますが、実際にはグリフィンドール(=火、正義)とスリザリン(=水、野心)の闘争として物語が構成されています。 pic.twitter.com/yNuyUYBeQC
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コメント

ヒカル @hikarutakenouch 2月22日
ツイートの使いがあったので更新した。
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