「岡田啓介 総理、生存!」二・二六事件~襲撃された岡田総理の生存にまつわる話~

二・二六事件がトレンド入りしたので作りました。 著述は主に戦後出された自伝(※非売品、福田耕・代表編集)によります
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はくえー@シュパイアー太守 @tomoshibi6o6o
さーてこれを機会に二・二六事件の岡田啓介総理を見てみよう twitter.com/tomoshibi6o6o/…
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歴クラだから極秘裡ルートでこういうものが集まってくるのだ! (なんで持ってるの?)
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岡田啓介総理伝記より 「二・二六事件の前兆」 冒頭文 《何が日本を破滅的戦争に導いたか。このことについてはいろいろ論ぜられる。古く遡れば、第一次欧州大戦時代にその原因を求め得る……世間一般の軍人軽視、軍事予算の削減の中に不愉快な年月を送った軍人の反発…》
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昭和11年1月21日、衆院解散。 2月24日に総選挙が挙行され、夜には岡田派が過半を超えた。 そのとき、神奈川から立候補していた政友会の鈴木喜三郎が落選したことに岡田啓介は「これはいかん、こういうことをしてはよくない」と不愉快な顔をした。
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2月25日、高橋是清・大蔵大臣は町田忠治、内田信也(両党の選挙委員長)を招いで労い、ニコニコ顔で乾杯を交わした。 内田信也は後に「この高橋蔵相の笑顔が今世の見納めだった」と語る。
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斎藤実、鈴木貫太郎は25日夜、アメリカ駐日大使の招きを受けて大使邸にて映画を楽しみ、惜しみつつ別れた。 その5時間後、斎藤実は死に、鈴木貫太郎は瀕死の重傷を負う。
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10年後の昭和21年2月26日、岡田啓介は10年前を振り返って語った。 (概要) 「事前に陸軍の不穏はわかっていた。自分でも知己の陸軍将校たちに探りを入れたが、返事は『まぁ五・一五事件にすこし念を入れたくらいで、二十余名の青年将校が襲撃に来ることがあっても軍隊を動かすことはないでしょう』」→
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「いちおう斎藤内大臣、高橋大蔵大臣の護衛を増強し、官邸を改修して警備を厳としていた。非常ベルが鳴れば、トラックに乗った特別警察が参上する次第になっていた」
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当日に戻ろう。 岡田啓介は首相として初めて経験した総選挙を済ませてホッとした時であり、2月25日の夜は安穏と眠りに就いた。
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「2月26日午前5時少し前、官邸の非常ベルが一斉に鳴った。義弟である松尾伝蔵・秘書官が玄関に走り、電燈を全部消した。 そのうちに、銃声を聞いた。 しばらくして、松尾秘書官と土井巡査(岡田の同郷だった)が寝室に駆けつけた。 土井巡査は既に蹶起隊に銃弾を全て使い果たしていたという」
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松尾伝蔵は、義兄である岡田啓介が総理に就任すると「傍らで働きたい」と申し出て、それまでの公職を全て辞した。 内閣付きの秘書官として、無給で仕事をすることにした。 岡田啓介は義弟をこう語る。
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「松尾はわたしの妹の婿で、なんというか、非常に親切な男だった。 その親切には少しひとり決めのところがあって、私が静かにしていたいときでも、なにかと立ちまわって世話をやくというふうな性質だった。」 pic.twitter.com/liCPxY6YlQ
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「自分(岡田啓介)はまだ床に臥していたが、2人が『来ました、来ました』というので、『何が来たか』と問うと『軍隊が大勢きました』という。 自分は『もう致し方ないじゃないか』といったら、2人は『左様なことを言ってる時ではありません!』と言って自分の手を引っ張って起こした。」
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「寝室の枕元にある廊下への非常口を開けた。そこには既に清水巡査が立っていた。 《雪明りに、庭を透かして見ると黙々として散兵線を布いているので、ここから出るのを危険だと感じた。松尾はただちに飛び出した。が、散兵の射撃を受けて非常口に帰って来た》」 このとき、清水巡査が殉職。
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「《機関銃らしきもの数箇、あかり取り窓の硝子を見事に貫通した》 このとき、巡査詰所で奮戦していた村上巡査部長が弾尽きて合流した。 みんなで廊下から炊事所に入り、その隅の浴室湯沸し用ボイラーの後方に集合した。 自分は土井巡査に『拳銃を貸せ』と言ったが、『もう弾丸がありません…』」
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「『警視庁の特別隊がもう来るころです』という土井巡査に自分は『軍隊は銃を持っているからかなわんよ…』と返した。後で聞くと、実際に手はず通り特別隊がトラック数台きたものの、追い返された…」
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「暫くして玄関に銃声が聞こえた。将兵が窓を割って乱入してきたのだ。しかし電燈は全て消えていたが、そのうち玄関の方から再び付き始めた。 《将校の率いる一隊15,6名ほど、廊下を炊事場近くにやって来る。自分たち四人は、暗黒の廊下の方へ退いた。松尾は先頭に、巡査が左右にいた》」
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「《(続いて)大浴場前の洗面室に入り、自分(岡田総理)を大浴場に突き入れ、浴場の戸を閉じ、『出てはいけませんよ』という。この大浴場は自分ひとりが使うには大きすぎるから、和洋酒の瓶の置くところになっていた。 自分は急に突き入れられ、ガチャガチャと酒瓶を倒し、よろめきながら中央に…》」
はくえー@シュパイアー太守 @tomoshibi6o6o
「《…立つことができた。》 このとき、洗面所前から争いの音が聞こえた。一隊は自分を探していたようだが、得るところがないので寝室で射撃をして、非常口から庭に出て官邸本館へ行ったようだった」
はくえー@シュパイアー太守 @tomoshibi6o6o
「《自分は浴場から出ようとして、闇暗のために倒れている酒の瓶につまづいた。すると、その音を聞いた土井巡査が『出てはいけません!』と怒鳴った》 このとき、下士官の一隊が中庭の壁に寄りかかっている老人を発見し、射撃を命じた。兵は新兵だったこと、また老人が岡田総理だと思って躊躇った。」
はくえー@シュパイアー太守 @tomoshibi6o6o
「下士官は大いに怒り、『貴様らはすぐ満州へ渡り、戦闘しなければならん。撃たれないようでは役に立たない』と叱責して機関銃が撃たれた。 老人は『陛下万歳』を唱えて倒れ、一隊は『これだ、これだ(岡田総理だ)』といって官邸寝室に運んだ」
BEのぶ(米澤光司) @yonezawakouji
226で岡田首相の代わりに殺された義弟の松尾伝蔵は髪型まで似せて身代わりになろうとしたが、そもそも体型が全く違う上に、岡田も娘婿の迫水久常も、「全然似てません」と自伝の全否定してたのが妙に興味深かった。決起側も本人たちが否定したほど「似てない」のに人違いをしたのが運の尽き。#昭和史 twitter.com/NihonKindaishi…
ほいれんで・くー @heulende_kuh41
岡田啓介曰く、「どう見たって松尾と私は似ていない。でも松尾は私の身代わりになるのだと言っていた」 松尾は岡田首相を隠した後、わざと叛乱部隊の目の前に姿を現し、全身に銃弾を浴びた。「どう見ても似ていない」彼だったが、頭部に被弾して顔が砕けたため、それはバレなかった。(という記憶)
はくえー@シュパイアー太守 @tomoshibi6o6o
岡田啓介総理(←)と、義弟で秘書官だった松尾伝蔵(→) pic.twitter.com/kkmByoHm9Q
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コメント

石部統久 @mototchen 2019年2月27日
関連 ‪太平洋戦争直前の親日・知日米国大使Joseph C. Grewと吉田茂、白洲次郎らとの交流について‬ ‪https://matome.naver.jp/odai/2140092817842590001
inu @inu1122 2019年2月28日
面白かったです。
遠藤 @enco2001 2019年2月28日
三菱の情報機関の登場と幽霊扱いに笑っていいのやら驚いていいのやら
Sひろし @1970er 2019年3月1日
笑ってはいけない首相官邸2.26(不謹慎)
kacchi8345 @kacchi8345 2019年3月3日
『それまでの公職を全て辞した。内閣付きの秘書官として、無給で仕事をすることにした』非常に親切ってレベルじゃねーぞ!
hellcatcart@リンガ泊地 @hellcatcart 2019年3月4日
選挙の直後にやらかしたら昭和天皇じゃなくてもぶち切れますわ
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