『アイヒマン・ショー』映画/感想

『アイヒマン・ショー』映画/感想 2016/5/25
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高水 @takamizu_0

1)重かった…。あの…気の弱い?死体がダメな人は、観ちゃだめかも。夢でうなされるかも。目で観るものと、心を切り離さないと無理かな。が、いい映画でした。観てよかった。簡単に可哀想とか、正義は?とか、語れる映画じゃない。アイヒマンが何者かってのは、映画みても答えはない。

2016-05-26 09:21:21
高水 @takamizu_0

2)ファシズムは誰にでもあるのか?を、はじめ映画の中で感じた「問い」を自分に向け続けることになりそうです。何だろう。自分の中に「やってみたいこと」ができたようなところがあるので、映画で、ゆさぶられたり、自分問いをしたりする目にあうのかな。今日は、ヘイル、シーザーと合わせて余計にw

2016-05-26 09:21:48
高水 @takamizu_0

3)映画を見た帰りに、考えていたのは「人は本当のことであっても、疑う人がいると黙ってしまう」ということです。この映画は「生き残った人」が、自分や自分のまわりに起こった出来事を話しはじめたときのことが描かれています。彼らはなぜ黙っていたのか。

2016-05-26 09:22:34
高水 @takamizu_0

4)それまで、彼らは真実を話し「まさか、そんなことはないだろう」「そんなヒドイことができるわけがない」と否定され続けてきたわけです。被害者である彼ら自身が語る言葉を否定する。悪意なく、人は人の中にそうした悪意があることを否定したい。

2016-05-26 09:23:02
高水 @takamizu_0

5)「そんな大仰な!」「いやいや自分はやってない」と思うかもしれませんが、身近なところにもあります。性犯罪(痴漢・痴漢冤罪も含む)、モラルハラスメント、詐病、いじめと言われる犯罪、たんに上司が部下のことを否定することから…大人が子供を決めつけることも。

2016-05-26 09:23:31
高水 @takamizu_0

6)これらの多くの当事者が、語ることをやめています。「痴漢なんているの?」「気のせいじゃないの」「あなたも悪いとこがあるんじゃないの?」「子供らしくない」など…。あらゆるシーンで、相手を否定する言葉。それにより「なかったこと」にされていく。

2016-05-26 09:23:52
高水 @takamizu_0

7)だからと言って、むやみに信じることが、どういったことか。そうした人も映画では当然でてきます。繰り返してはならない。疑ってはならない。信じてはならない。しかし、観て学ぶことができる。そうしたことを感じた映画でした。

2016-05-26 09:24:19
高水 @takamizu_0

8)役者や構成も、面白かったです。繰り返される台詞、過去に放映された裁判の映像が差し込まれ、リアリティを感じる。よくあんなアイヒマンに似た役者もってきたなーとか。そして、冒頭や裁判中の様子など、まったく同じセリフを繰り返す演出がすごく効果的。

2016-05-26 09:24:32
高水 @takamizu_0

9)いわゆる同じモチーフが何度もでてくるのではなく、まったく同じ人物のまったく同じセリフという演出もあれば、TV映像ができることとしてアイヒマン本人、法廷内、プレスセンター、一般家庭と場所を変えて同じシーンが撮られる/見せられることの影響が描かれていました。

2016-05-26 09:25:00
高水 @takamizu_0

10)報道につく方々には、自分たちの力がどんなものなのか、ぜひこの映画を見てほしいですね。

2016-05-26 09:25:11
高水 @takamizu_0

11)あと重いテーマを扱っていますが、歌や食事、家族など「生きる」ということが、前向きに描かれていると感じました。とくにこの映画の甘いものを食べるシーンが大好きです。あれは感謝だったり、愛だったりを感じるシーンでした。

2016-05-26 09:25:21