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穴熊五十二日(お試し版)

明治十年(西暦1877年)2月、日本最後の内戦となる西南戦争が勃発(ぼっぱつ)。熊本城を守備する兵士の一人、赤橋一等卒は二人の部下と共に薩摩勢の偵察に出ていた。そしてすぐ、彼らの恐るべき精強さにさらされることになる……。  本作を熊本城を愛する全ての人々に捧げます。  ※完全版はお試し版連載が終了後、カクヨムで公表します。 続きを読む
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マスケッター @TXz17EbOcEB81GI
穴熊五十二日(お試し版) 1、強襲  熊本城から少し南に進むと川尻に着く。二月の県内はどこでもそうだが、ここ川尻も冷たく乾いた風が濃く薄く吹き抜けている。じっとしていると、じわじわと寒さが染み入って来るのが止められない。
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民家の屋根に腹這いになっている赤橋達三人には、数キロメートル先の広場で作業に勤しむ薩摩兵が暖かそうに見えた。西郷隆盛が明治政府に不満を持つ士族達に突き上げられ、鹿児島で挙兵した後北上したと言う。目標は熊本城。今、彼等は本陣を築き上げているに違いない。数万人は収容出来る規模だ。
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赤橋は、他の二人もそうだが二十歳をやっと過ぎたくらいの男だ。皆、徴兵令に基づき兵士となり生まれ故郷の熊本でお城の守備隊に配属されている。赤橋は、一年早く入隊したので階級は一等卒である。つまり、この場では二名の二等卒を率いる立場にあった。
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赤橋達がまだ十二歳になったかならぬかの頃、幕府は薩摩兵に滅ぼされた。  長州や土佐の活躍もあったが、同じ九州だからか薩摩にこそ一番大きな迫力を感じた。城の守備隊は、四千名近い兵士の大半が……その中には赤橋達も含まれるが……一回も実戦を経験していない。
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偵察と言うこともあり、銃を背負っているのは赤橋だけで他の二人は丸腰である。  ただ、薩摩兵の格好からすれば僅かな希望があった。赤橋達は揃って支給品の軍服を身に付けているのに対し、薩摩兵の格好はまちまちで羽織袴も珍しく無い。つまり統一された装備や編制を整える機会がなかった。
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赤橋は左手を軽く振った。二人がゆっくり屋根から降りるかすかな音が聞こえる。赤橋は最後に降りた。梯子を伝って地面に足をつけると、震えがまだ止まらないのを嫌でも思い知った。目の前の二人も同様だ。それでも、軽くうなずき、先頭に立って歩き始めた。 「誰だ!」
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道端で、いきなり四、五人ほどの薩摩兵に出くわした。歩き出してほんの十分かそこらか。向こうは全員、銃も刀も持っていた。  三人はすぐに散った。あらかじめこの可能性を見越していた赤橋は、充分な打ち合わせを済ませておいた。いきなり走り出した三人に、薩摩兵も三手に別れるように見えた。
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すぐに、赤橋は敵が自分一人に的を絞ったのを悟った。一心に走り続け、ついに最初の目標にたどり着いた。川だ。ためらいなく飛び込んだ。心臓が止まりそうなほど冷たい水が情け容赦なく全身を打った。構わず底まで潜る。街中の川なので運河として使われており、冬でもある程度の水量がある。
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川面から、次々に飛び込む音と衝撃が伝わった。と、川底で目指す品が見つかった。大きめの竹筒が重しをつけて沈められている。目印に赤い布が縛りつけてあった。痺れかけた手足を鞭打って竹筒まで進み、重しごと手にして目印を外した。竹筒は中がくりぬいてあり、即席の空気袋になっている。
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いかに強健な薩摩兵といえども、鹿児島から歩き詰めで疲労が溜まっている。息継ぎでずっと有利な立場になった赤橋としては、むしろ自分の体温を心配せねばならなかった。そのまま下流へ泳ぐ内、薩摩兵の気配は消えた。水面に顔を出すと人影は全く見えず、家もまばら。そこで初めて陸地に上がった。
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そこから、一時間ほどかかったか。走り続け、水か汗か分からない様子で全身を浸しながら、ようやく、赤橋はそこについた。城下町の北外れに、小料理屋『くすのき』がある。いくさが始まるので暖簾はしまってあり、戸も締め切ってあった。辺りを見渡せば、焼け焦げた家屋が目立った。
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西郷北上の報を受けてすぐ、熊本城の天守閣で失火騒ぎが起こり、城下町にまで飛び火して少なくない被害が出ていた。『くすのき』は、幸いにも無傷で済んでいる。  戸口を叩き、『本日、熱燗不要』と述べると、暫くしてつっかい棒を外す音が聞こえた。それから戸が開き、女将……木山と対面した。
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もうすぐ四十になる彼女は、暗い場所でなら三十路で通せなくもない。背丈は人並みで痩せているものの、腰のくびれが着物越しにそれと分かり、やや手厳しそうな目鼻もきっぷの良さを強調する小道具となっていた。代々甲賀忍者の一族で、肥後藩主の命令でこの小料理屋を守ってきたとの話だった。
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本人は忍者ではないが、父親は第二次長州征伐で戦死したと言う。前後して母親も病死。明治維新を境に、木山は人を通して藩主からなにがしかの慰労金を受け取り、後は自由勝手にすべしと言われた。赤橋と知り合ったのはつい最近の話である。 「赤橋さん、良くぞご無事で」  店に入るなり一人が言った。
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背は低めながら、がっしりした体格をしており、顎がすっきりしていて細い眉が印象に残る。 「井沢、お前の仕掛けが役に立った」  井沢はかすかに嬉しそうな表情をした。井沢は下級武士の子で、赤橋は職人の子だが、二人の間であれば関係なかった。 「あれだけの規模なら、まず三万人は集まりますね」
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もう一人の部下が言った。 「江木は計算が早いな」  事実を淡々と指摘しつつ称賛を示すのは、赤橋一流の人身掌握である。もっとも、本人は無意識に行っている。  江木は井沢より更に小柄で、眼鏡をかけている。かすかにそばかすが浮いており、頬骨が高く額が狭い。
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女装したら娘で通りそうな若者である。実家は行商人をしていた。 「あの……赤橋さん、せめて、お顔をぬぐってはいかがでしょう」  部屋の隅で、可愛らしい女の子の声がした。 「掛川さん、お気持ちだけ受けておきます」  赤橋はごく儀礼的に言った。掛川は、女将の元で働いている。
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良く気がつき、誰に対しても優しい。お下げ髪に少し下ぶくれの顔立ちをしているのに対し、身体は豊満で、看板娘として評判だった。 「じゃあ、すぐに戻るの?」  女将が尋ねた。 「はい、木山さん」  すぐにでも足を踏み出しかねない赤橋であった。
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「なら、たえちゃんから手拭いを借りて顔と銃を拭きなさいよ。上の人、うるさいでしょ?」 たえ、と言うのは掛川の事である。木山の話ももっともだった。水浸しになった銃……特に、赤橋が背負っているような、銃身の長い物は、暴発したり裂けたりする恐れがある。 「はい、では遠慮なくお借りします」
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木山と掛川に頭を下げて、手拭いを受け取ると、まず片面で銃を拭き、ついで、もう片面で顔を拭った。 「ありがとうございます」  手拭いをきちんと畳んで、礼を言って掛川に返した。二人の部下にうなずき、厨房に向かった。赤橋も同行した。木山と掛川は黙って見守っている。

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