冬の朝

冬の日の朝、黒潮はいつものように目を覚ます
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同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

いつもの発作が来た。 燃えている、燃えている、何もかもが燃えている。手が、服が、髪が、眼が、私の全てが燃えている。 なのに一切の痛みはなく、音は聞こえず、視界は闇に閉ざされていた。 ただ寒い。寒くて、苦しい。 こんなに燃えているのに。私は燃えているのに。

2019-02-03 21:46:28
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

寒い。寒い。寒い。寒い。 寒くて、指一本動かない。苦しくて、息を吸いたいのに、どれ程頑張っても一息も吸うことが出来ない。 何だこれは。何だこれは。どうしてこんなことになったんだ。 誰か助けて。誰か助けて。寒い、苦しい、どうして。 でもその声は、誰にも聞き届けられなかったのだ。

2019-02-03 21:47:15
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

目を覚ました黒潮は、視界に合成された艤装のパラメーターを見てほっとした。各部に異状はない。 目だけを動かして周囲を確認。うん、ここは隊舎、私の部屋。 ベッドサイドに吊るしたタオルをとって、じっとりと濡れた汗をぬぐう。 起き上がって、深呼吸をひとつ。 大丈夫、私はちゃんと生きている。

2019-02-03 21:49:24
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

呼吸は正常、視界も問題なし。耳をすませば、暖房の蒸気管がキン、ガキンと膨張する音と、炊烹場のゴトゴトいう作業の音。 じっと手を見る。肉も皮もついている、瑞々しさすら感じる手指。炭になってはいない。

2019-02-03 21:50:19
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

そのまま何度か両手を握った後、ベッドから降りて軽くストレッチ。身体がちゃんと動くのを確認しながら、ぐっ、ぐっ、と伸ばしていく。 いま装備している日常生活用の艤装は、なかなか具合がいい。外見に目立たず、身体の動きも邪魔しない。こうして着けたままベッドで寝ても、特に違和感もない。

2019-02-03 21:50:28
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

元は艦娘の緊急出撃の為に開発されたものらしい。非番中の艦娘を、シームレスに海面に展開とかなんとか。

2019-02-03 22:01:53
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

これが一般化されたおかげで、今まで”戦場への展開が間に合わないからそのまま休んでいていい”とされていた非番組まで駆り出されるようになって、当時の艦娘からは相当恨まれたそうだが……それが今の自分を助けているのだから、未来と言うのはわからない。

2019-02-03 22:02:03
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

続いて軽い筋トレ。腕立て、腹筋、懸垂……日常用とは言え、艤装は艤装だ。着けたままではトレーニングとしての意味は無い。どれほど工夫を凝らして筋肉を傷めつけたところで、艤装の権能は身体を元あったままに戻すからだ。 だからこれも、体操と同じで、身体の動作確認の意味合いが強い。

2019-03-10 19:32:14
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

ひととおり動かし終わったら、最後に妖精達に命じて艤装の作動試験を行う。 試験とは言っても、武器も何も着けていないから、ほとんどの試験項目は省略だ。残った項目も定時点検の対象ばかりなので、ことさらに点検をする必要は無い。

2019-03-10 19:59:04
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

そう、試験そのものに意味はない。作戦状態の艦娘と同じように振る舞うことが、黒潮にとって重要なのだ。

2019-03-10 19:59:34
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

戦中は作戦と日常の境界を無くしてしまうことで多くの不満を溜め込んだ日常用艤装だが、その特性は黒潮にとっては福音だった。 状況なんて関係なく、これさえあればいつでも駆逐艦娘黒潮でいられるのだ。

2019-03-10 20:04:06
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

医官はあれこれともう大丈夫であると説く。肉体は完全に元通りになったと。もう艤装を外しても平気だと。一時的に艦娘でなくなっても、何か恐ろしいことは起こらないと。 理屈ではわかっている。

2019-03-10 20:13:56
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

だが艤装を外そうとすると、どうしてもあの夜のことを思い出す。 艤装を完全に失い、艦娘としての権能も失った深雪は死んだ。辛うじてでも艤装が残って、艦娘としての権能をわずかでも残した黒潮は生き残った。 二人とも炭になるまで焼かれたのに……生死を分けたのは、ただそれだけ。

2019-03-10 20:27:58
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

艤装が装着され活きていることが、艦娘であることが重要なのだ。それを止めたその瞬間から、それを続けられなくなったその時から、以降の生存は保証されなくなる。 それが黒潮にとっての現実で、真実だった。

2019-03-10 20:29:45
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

「黒潮、作動試験終わり。異状なし」 妖精達の報告に目を通し終わったあと、黒潮も声に出して報告する。相手は居ない。だが報告までが、一連の手順なのだ。

2019-03-10 20:44:16
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

さあ、あとは制服に着替えて、駆逐艦娘黒潮の、朝の支度は完了だ。 シャツにスカートにと服を着て、部屋を出る前に温度計をちらりと見た。暖房に蒸気が通ってからだいぶ経つのに、部屋の温度はまだまだ寒いままだった。

2019-03-10 21:00:23
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

部屋から出ると、ちょうど他の艦娘も出てきたところだった。 「おはよう、黒潮ちゃん」 「おはよう。今日も寒いなぁ」 「うん、本当に。今朝も毛布から出られなかったよ」

2019-03-10 21:04:01