ア・デッカーガン・イズ・マイ・パスポート #4
「チェックワンツー。マイクワンツー。ボンボリライト」スポットライトめいて、円錐状の光が照らされた。後ろ手に椅子拘束され、俯いて座るンズ・デイが闇の中に出現した。発砲機能を有するチョンマゲは分解され、床に捨てられて、彼の髪型をオチムシャヘアーに変えていた。 1
2019-03-26 21:56:43「本当に向こうから見えねえんだろうな」マジックミラーで隔てられた別室、タキがタバタに尋ねた。彼はUNIXデッキのキーボードをタイプし、データベースに触っている。タバタは頷く。取調室にはシンゴとムギコ。机の上には蓋を閉じたカツ・ドンがある。 2
2019-03-26 21:59:13カツ・ドンとは、ポークカツレツ・ライスボウルを示す言葉であり、ストライプ模様のドンブリ器で供される。自白か死か。その決断的捜査をアティチュードによって通告する、恐るべきデッカーアイテムであった。 3
2019-03-26 22:01:44この地下取調室は、シンゴ社の他に複数の賞金稼ぎで共同管理運営される独立ブースであり、ンズ・デイの尋問を行う場所をここに決めるまでにも、シンゴとムギコの間で、ある程度の剣呑なやり取りを経ていた。キモン管轄外の街区の市民がそうであるように、当然シンゴとタバタもキモンを嫌っている。 4
2019-03-26 22:05:04(スゴイタカイビルは遠い。そこまで運ぶ必要がねえ。そもそもお嬢ちゃん、アンタ自身は他のキモン連中をどれだけ押さえてる。当ててやろうか。ゼロだ)(……)(長官の話はわかった。だったら尚更、意地を張るんじゃねえ)シンゴは飴をチェーンで舐め、無言のムギコを睨み据えたというわけだ。 5
2019-03-26 22:09:55「始めましょう」タバタが別室の天井から伸びるコードマイクを掴んで言った。シンゴが頷く。ムギコも動いた。二人のデッカーは同時にカツ・ドンの蓋に手を伸ばした。シンゴが早い。彼は蓋を開けた。ふわりと湯気が立ち上り、タレで味付けされたカツレツと卵の芳醇な匂いが室内を満たす。本格派の味。6
2019-03-26 22:12:42「旨そうだろ。カツ・ドン」シンゴがンズ・デイを見て言った。凶悪犯罪者は俯いたままで、顔は黒い影になっている。「たまらねえよなあ。コイツがお前の運命のチケットなんだぜ」タマゴは白と黄色のマーブル模様であり、コメは黄金色だった。ムギコは目で問うたが、シンゴは頓着しなかった。 7
2019-03-26 22:16:25「俺は今、腹が減ってる……タバコもやめて、健康で仕方ねえ」シンゴは箸をとった。ンズ・デイの眼光が微かに動いた。シンゴはザクザクとカツレツに箸を入れ、一切れまるまるを掴み取り、咀嚼した。ザクザクとクリスピーな触感の後、肉の旨味が溢れた。「たまらねえぜ」「……それは俺の物の筈」 8
2019-03-26 22:19:02「そうとも。お前が自白すれば、コイツはお前のものになるはずだった。だが知った事じゃねえ。お前はどうせ自白する気がねえんだ。そンなら俺が食ったってかまわねえ。ホレ、まずは一切れだ」ガシャン!ンズ・デイの後ろ手の拘束が椅子にぶつかり音を立てた。タキのUNIXモニタに心拍数が表示される。9
2019-03-26 22:21:36「もう一切れだ」シンゴは二切れ目を取った。これは命のローソクだ。シンゴの目の前にはデッカーガンが置かれている。カツ・ドンをシンゴが食べきってしまえば、もはやンズ・デイに自白の機会はない。死が待つのみなのだ。タキが心拍数モニタを確認し、タバタに頷いた。 10
2019-03-26 22:24:43「俺は食うのが早いぜ。残念だったな」セカンドハンズの店主から高速でンズ・デイの情報を引き出したのも、シンゴのカツ・ドンの熟練された手法ゆえにだった。そして今度はンズ・デイから更に先を辿ろうとしている。「質問にはどう答えても構わんぞ。わかるからな」ムギコは無言で腕を組み、見守る。11
2019-03-26 22:29:52「お前は横流し兵器のブローカーだ」「どうだかな。話すものか」「だろうな」ミラーの向こうではンズ・デイの心拍数を見破ったタキがタバタに頷いた。(イエスだ)シンゴは視界同期でそれを見る。「成る程。兵器を横流ししている母体を聞かせてもらおうか」「……」 12
2019-03-26 22:32:39「シュンシナム」「……」「オムラ・エンパイア」「……」「カタナ・リバプール」「……」「ヤナマンチか?」「……」「ヨロシサンか」「……」ムギコはシンゴを見た。シンゴは首を横に振った。タバタの隣ではタキが首をかしげて呟いている。(結構コツが要るな。もっとプレッシャーかけてくれよ) 13
2019-03-26 22:36:20「く。く。く」ンズ・デイは笑った。「どうだ。どこのカイシャかわかったか?今お前が挙げた中に入ってたら、わかったのか?参った参った……」「ソウカイ・シンジケート」ムギコが低く言った。ンズ・デイは笑みを深めた。タキが別室で眉根を寄せ、(わからん、もう一回やってくれ!)と指示した。 14
2019-03-26 22:39:30「お前達は地下闘技オークションを通して市民をサイバネ兵器で汚染している」シンゴを押しのけるようにして、ムギコがンズ・デイを威圧した。「どこの差し金だ!」「ハァーハハー」ンズ・デイはふてぶてしく笑った。「どっちがバッド・コップでどっちがグッド・コップだ?両方バッドか?」 15
2019-03-26 22:43:05シンゴは舌打ちし、ムギコに何か言いかけた。ムギコはいきなりシンゴのカツ・ドンを掴み、ンズ・デイの顔に叩きつけた。KRASH!「グワーッ!」「オイ!」シンゴが泡を食って咎めるが、ムギコは机に足を乗せ、自身のデッカーガンをンズ・デイの顔面に押し付けた!「キモンのやり方を見せてやろうか」16
2019-03-26 22:45:57(オイ!お前そこまでの奴じゃねえだろ!)別室でもタキが慌てた。(もう少し……オレの時も冷静さが……多少比較的……!どうした、お前!)モニタに映るサーモグラフをタキが見ると、ムギコが怒りで発熱しているのがわかった。BLAM!ムギコが引き金を引く!シンゴがンズ・デイの椅子を蹴り倒す! 17
2019-03-26 22:49:31「グワーッ!」横倒しになったンズ・デイが呻いた。シンゴが唸った。「俺がグッド・コップか?バカ野郎!」「殺すつもりはない、初めから!」ムギコはフーフーと息を吐き、デッカーガンを再び向ける。「コイツが何をしているか!」(どうしたんです)タバタがタキを見た。(確かにキレてる、あれ) 18
2019-03-26 22:55:34「そりゃお前ェ……」ンズ・デイは顔についたコメの粒を舐めた。「決まってるだろうが。このケオスの世に楽しく穏やかに暮らしてる呑気なトコシマに、サイバネティクスの刺激を与えて、マネーもいただく、そういう慈善事業を……」「イヤーッ!」「グワーッ!」サッカーボールキック!ナムサン! 19
2019-03-26 22:58:02「イヤーッ!」「ンアーッ!」イポン背負いだ!ムギコを床に叩きつけ、気絶させたシンゴは、あらためてンズ・デイの襟首を掴み、椅子ごと乱暴に起き上がらせた。「その……なんだ、今どきのデッカーは何でもやる。俺は優しい方だ。わかってんだろうな」(無茶苦茶だよ)タバタが天を仰いだ。 20
2019-03-26 23:00:02(どうすンだよ)タキは手持ち無沙汰に、サーモグラフ嘘発見器の諸設定を調節したり戻したりした。(このままじゃ何も引き出せねえままだ。言っとくがあの女はオレの仲間でも何でもねえからオレの責任はゼロだ。使えねえ奴だよな。さあシンゴの旦那に元通り頑張らせろ、早く!) 21
2019-03-26 23:03:29タバタは天井マイクを掴み、シンゴに指示しようとした。「アバーッ!?」悲鳴を上げたのは、タキ!手をホームポジションにしたまま後ろへ倒れ込むのを、タバタが慌てて押さえる!「どうした!」「ア、ア……」電気ショック反応!モニタを見ると、流れ落ちる01のノイズ!「これは!」 22
2019-03-26 23:06:48「ハッハッハッハッハー……」ンズ・デイが笑った。「オツカレサマ……悪いが時間切れだ……01001!01001!0!1!」ンズ・デイの身体が痙攣!ぎこちなく激しく動く!そして別室のモニタには01アスキーアートの人の顔が形成された!大胆にも「アタシはト・キコ」のキャプションも表示! 23
2019-03-26 23:09:27