ア・デッカーガン・イズ・マイ・パスポート #5

金属疲労したロッカー、「恒常性」と書かれたショドー、神棚にはフクスケ。タタミ数枚の小部屋で、ムギコはザブトンに正座し、うなだれていた。やがて眼を開いた目の前のタタミには、彼女自身のデッカーガンがある。「おじいちゃん」ムギコは呟いた。「私はデッカーらしく振舞えてるかな」 1
2019-03-27 21:25:17
膝に置いた手に力が入り、目に力が入り、瞬きの回数が増えた。彼女は震える溜息をついた。(もう一度だけ確認させてくれないか)父親がひきつった笑顔を浮かべ、ムギコに歩み寄った。母は悲哀の表情だった。当然だ。ムギコは彼らを拒絶したのだから。(アデレードは暖かく、文明も整っている) 2
2019-03-27 21:28:59
(今のネオサイタマは本当にアブナイ。父さんも……エートつまり……お前のお爺さんも、そう言ってるだろう。何しろ、暗黒メガコーポがお互いに……)(ありがとう。パパ)ムギコは笑顔で答え、握手した。その決然とした笑顔を前に、父も頷くしかなかった。(でも、答えは決まってる) 3
2019-03-27 21:31:21
(モウン)小脇にかかえたミニバイオ水牛のモウタロウが悲しげに鳴いた。母親が目頭を押さえた。ムギコはオジギし、スーツケースを転がして、出て行った。(……子供の頃。私は子供たちに、夢や勇気を与える存在になりたいと思った)ムギコはデッカーガンを手に取り、分解し始めた。 4
2019-03-27 21:33:50
銃の分解。滑らかな手つき。幾度となく繰り返した動きだ。バラバラにしたパーツを並べ、埃を払い、呼吸を整え、再び組み立ててゆく。子供たちに夢と勇気を与える存在。デッカーもそういうものだと思っていた。戦う力のない市民を守り、信頼を得て、地域の力になる……。 5
2019-03-27 21:37:18
……トコシマ区に足を踏み入れたタキとムギコがまず目にしたのは、早速揉め事だった。肩に「めちゃ危ないよ」とタトゥーした男が、十歳ぐらいの子供二人を平手で叩き、円素子を奪い取ろうとしている光景だった。「オイ見ろあれ」タキが指さした。「幸先イイぜ。なんかうまくやって、情報を得てくれ」6
2019-03-27 21:40:45
「ハァ……」ムギコは苛立ちの溜息と共に彼らのもとへ歩いていく。「返せよ!」「ヤメロよォ!」半泣きで抗議する子供たちに、男はさらに平手を食らわせた。「これは授業料だと思えよガキ共!サイバネティクスの取り扱いは大人の世界なんだよ。カカカカ!」「なら私も授業をくれてやる」「え?」 7
2019-03-27 21:43:09
振り返った男の足の甲を踏み抜き、怯んだところに頭突きを食らわせる。「グワーッ!?テメッコラー!」ナイフを取り出し、ムギコに襲いかかる。子供達が悲鳴をあげる!だがムギコは突き出される腕を横から掴み、ねじりながら、地面に投げ倒した!「グワーッ!」気絶!「ムン」 8
2019-03-27 21:45:15
「あ……アリガト!」「おねえちゃんアリガト!」「ほら。自分の財産ならしっかりね」ムギコが子供達に円素子を渡してやる。「アリガト!」「やったな!これでルートボックス買えるよ!」彼らは裏路地の出店の男に円素子を差し出し、紐を引く権利を得る。「僕は赤!」「緑だい!」ムギコは怪訝。 9
2019-03-27 21:49:17
紐は店の奥にぶら下がった長方形の箱に繋がっており、どれが引けるかはわからないようだ。「ハイ、ドーゾ」中身のわからぬ箱を受け取った子供たちは勇んで道路脇に駆け、箱を開けた。中から出て来たのはそれぞれに違ったサイバネパーツだった。「やった!腕パーツだ!」「チェッ、鋏ハンドだよ」 10
2019-03-27 21:50:54
「アハハハ!鋏ハンドで何すんだよ!ボンサイ?」「わっかんね!お前の聴覚増強器と交換してよ。ダブってるだろ?」「どうしようかなー」ムギコはタキを見た。タキは顔を掻いた。「見りゃわかンだろ。違法サイバネパーツ取引だ。ウケるぜ。あんなちっこいのにな。見たとこ生身だが、時間の問題かな」11
2019-03-27 21:53:25
「君達」ムギコが駆け寄り、再び声をかけた。「あ、さっきのお姉ちゃん!」「パーツほしいの?」「そ、そのパーツを、キミ達どうするのかな?」子供達は顔を見合わせた。それから笑って、「決まってるじゃん!トレード繰り返して、オムラの払い下げアームをいつかゲットするの!」「俺はミハルの!」12
2019-03-27 21:57:34
「そこまでガチなやつをゲットできたら、ガッツリ手術だよな!でも、もうちょっと体大きくならないとなあ」「牛乳飲まないとね」子供達は笑い合う。「夢あるねェ」出店のやつれた男が、いやらしい笑みを浮かべた。「安い業者紹介できるからね」「ふざけるな、アンタ。黙ってろ」ムギコは怒鳴った。 13
2019-03-27 21:59:35
「オホン!オホン!」タキが咳をしながら割って入り、憤慨した店主をなだめ、ムギコに囁きかけた。(ほっとけ!この諸悪の根源をよ、とっちめりゃイイんだからよ!クールに情報収集。な?)「キミ達、あのね」ムギコは子供に語りかけた。「サイバネっていうのは、人間を助けてくれる大切な科学なの」14
2019-03-27 22:03:01
子供達はきょとんとした。ムギコは深呼吸し、続けた。「どんな人にどんなサイバネティクスが必要か、適したものが決められているし、ちゃんと企業間がお互いに取り決めた基準があって、それは安全や衛生のしっかりした……」「ゲーッ」「お説教かよ!」態度豹変!「シェリフなの?」「オイ見ろよ!」15
2019-03-27 22:06:22
子供の一方が指さした。「このマーク!キモンだ!」「キモン?」「パパが言ってた!ヤバイ奴らだって!トコシマのシェリフの奴らと違って、めちゃくちゃ暴力奮うんだぜ!」「マジ?このお姉ちゃんが?」「トコシマに攻めてくるかもしれないって」「スパイだ!」「キモンだと?」市民が聞き咎める! 16
2019-03-27 22:08:13
「キモン……」「何しに……」「キモン……」「シェリフ呼んで来いよ」「もう呼びに行った」「キモン……」周辺の大人たちが剣呑な眼差しで囁き合う。窓から見る老人。「あれキモンかい」「なんてことだね」ムギコは立ち尽くす。ごちゃついた街並みとネオン看板が彼女を囲んでいる。音が遠い。 17
2019-03-27 22:11:23
タキがムギコの手をグイと引き、「映画撮影なんだよ!こ、今度よろしくな!アポなしで悪かったわ!」手を振りながら走り出す……「……」ムギコは食いしばった歯の感触で我に返った。彼女は再び、この部屋のショドーやフクスケを見て、心のゼンを取り戻そうとした。 18
2019-03-27 22:13:28
組み立て終えたデッカーガンを、彼女は手に持った。その銃身はずしりと重い。「私」「オウ、なんだ!」ドアが開き、タキが顔を出した。「出てこねえからどうしたかと思ったぜ。ア?正座してンの?何やってんだ?ほれ」缶飲料を差し出す。ムギコはぼんやりと口にする。「ビールじゃないか!」19
2019-03-27 22:18:29
「ア?なに?」タキは自分の缶をグイグイと飲んだ。「何か問題でも?」「職務中に……」「キモンならビール飲むんじゃねえのか?ムギコ=サン」タキはやや挑発するように言った。「昔は49課って言ったんだろ。おっかねえ名前つけやがって。タフなんだろ?飲むんだろ」「……」二人はカンパイした。 20
2019-03-27 22:20:49
ムギコは少し飲み、息を吐いた。見透かされている。彼女はそう思った。キモンの一員としてタフに振る舞おうとしている事を、この男に看破されている。「お前はキモンをどう思う」「ア?オレに訊いてる?」タキはイッキしたビール缶をゴミ箱にトスした。「そりゃ、ヒデエアブネエ組織だよ」 21
2019-03-27 22:23:23
タキはムギコの斜め横にアグラした。「オレの友達、キモンのシマで盗品売買、ヘタやらかして顔の形めちゃくちゃ変わったぜ。血も涙もねえ冷血集団だろ」「……そうだな……」ハッとなり、抗議する。「その友達とやらが窃盗行為をしているのがまずあるんじゃないか!」「うるせえな!」 22
2019-03-27 22:27:38
「我々はこれでも必死でやってるんだ!臓器売買の人さらい、インディーズ・ヤクザ、暴走ヤンク集団、ビーストケミカルズ、テクノカルティスト……市民の家を焼かれたり、拉致されたり、そういう被害が多発する無法地帯を、キモンは……」「教科書読んでる感じだぜ」「本当にそうなんだ!」 23
2019-03-27 22:30:53