もう一つの平泉ー比爪の秘密に迫るー

エイプリルフールの謎の力により、平泉藤原家の分家である樋爪氏の三人がbotを乗っ取り! かつて本拠があった岩手県紫波町の歴史と魅力を語ります。
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奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

清衡「早いもので明日からもう四月か……] 義経「今年もまた去年みたいにエイプリルフールネタやるの?」 基衡「せっかくの日だからなぁ」 清衡「あのような騒ぎ、再びやられてたまるか。明日は常のように過ごすぞ」 twitter.com/ou_fujiwara4/s…

2019-03-31 23:50:43
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

義経「でも、アイコンとヘッダー変えたらずいぶん華やかになったね! ずっとこのままにする?」 基衡「ハイビスカスも仏桑花だし、浄土の花の蓮の代わりになるんじゃね?」 基衡「エ」 清衡「いや、それは何のアカウントか分からなくなるであろう……戻すぞ」 pic.twitter.com/xP3qUNS7pz

2018-04-02 00:00:53
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

泰衡「……?」 義経「どったの? 泰衡殿」 泰衡「なんだか、変な気配をTLに感じたような気がしたけど……気のせいかな? 夜も遅いし、もう寝るか」

2019-03-31 23:51:48
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

?「……寝たか?」 ?「……今のうちですね」 ?「では今宵はまず、ヘッダーとアイコンを変えましょうか」

2019-03-31 23:55:49
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

俊衡「皆の者、初めてお目にかかる。清衡公の四男清綱が子にして比爪館が主・樋爪太郎俊衡である。本日は4月1日ということで、この奥州藤原氏botは我々樋爪家が乗っ取らせていただいた。我が兄弟姉妹もともに来ておるぞ」

2019-04-01 07:00:44
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

季衡「はじめまして。枕詞のように『次郎から四郎まではどこ行った?』と言われるのがちょっともの悲しい樋爪五郎季衡です。よろしくね」 乙和「藤原清綱の娘で佐藤継信と忠継の母の乙和です。信夫荘司佐藤基治の元に嫁いでおりましたが、本日は比爪に里帰りしています」

2019-04-01 07:05:41
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

俊衡「さて久しぶりに兄弟姉妹揃ったこの良き日に……」 季衡「『だから次郎から(略)どこ行った?』とかのツッコミは無しで! ちなみに趣味は水泳です!」 乙和「……いえあの、何が起きて私達が誰かもう少し説明しないと、『誰だ?こいつら』と大量にフォローをはずされますわよ?」

2019-04-01 07:10:40
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

俊衡「……我が樋爪家が何かわからない、だと? 誰だその不届き者は!?」 季衡「いや、やっぱり悲しい現実を直視をすると知名度低いんじゃないですかね? ちなみに釣りも趣味です。本格派です」 乙和「私の方が佐藤兄弟の母として知名度ある勢いですものね」

2019-04-01 07:15:41
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

俊衡「……おまえもあいかわらずさりげなくキツイな。そんなので嫁ぎ先でうまくやっているのか?」 乙和「ご心配なく。お兄様方とよりは睦まじくしておりますわ」 季衡「あと、奥州藤原氏botがなんでこうなってるのかの説明も必要だね。ちなみに特技は消火活動です」

2019-04-01 07:20:41
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

俊衡「……いや、五郎、さっきからなんだ。その自己紹介は?」 季衡「岩手と宮城と山形の伝説を合わせると、私は水泳が趣味で、漁をすれば漁民を上回り、火も消せるらしいですよ?」 乙和「まあ、伝説の話はおいおい……さあ、兄様、フォロワーさんに大量リムされる前に説明を……」

2019-04-01 07:25:41
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

俊衡「うむ。先にも少し言ったが、儂らは一般に平泉藤原氏の分家と説明される。儂と季衡、乙和は秀衡の従兄弟にあたる。今の岩手県紫波町を本拠地とした。平泉は南奥方面に勢力を伸ばしたが、儂らは北奥方面への志向が強かったという説もある」shiwa-kanko.jp

2019-04-01 07:30:42
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

季衡「本日は毎年不思議なことが起きても良い4月1日、なので我々も金色堂の不思議な力を借り、ついでに本家のbotを乗っ取って皆様の前に現れたってわけです」 乙和「いえ、いつから4月1日は不思議なことが起きる日になったのです? エイプリルフールでは?」

2019-04-01 07:35:40
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

俊衡「何でもbotの世界をはじめ、さまざまなアカウントが姿を変え、好き勝手なふるまいをすると聞くぞ。去年の平泉も↓南国の世界遺産に変わったらしいからな」 twitter.com/ou_fujiwara4/s…

2019-04-01 07:40:41
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

経清「奥州藤原氏は12世紀に平泉を拠点に北の大地・東北を治めていた一族だよ。その莫大な富で多くの立派な堂宇を建立したけど、後世に全て焼失してしまったんだ。でもその遺跡は世界遺産に登録されました!」 清衡「え? 写真が?」 #エイプリルフール pic.twitter.com/RUKEWVdQFg

2018-04-01 22:49:13
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

季衡「というわけで、今日は時間の許す限り、何回かに分けて紫波に残る樋爪家の遺産を紹介していきますよ。ちなみに私達の遺産は紫波の「南日詰」という地に多いのだけど、私達の一族名は「樋爪」、遺跡や当時の地名は「比爪」、今の地名は「日詰」って書くからよろしく」 乙和「ではまた後ほど」

2019-04-01 07:45:40
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

俊衡「しかし八百年ぶりに蘇って驚いた。紫波がフルーツ天国となっていたとは……ワインという酒の種類も実に豊富だ」 季衡「紫波町産の葡萄やマスカットのワインがこんなにたくさん(人´∀`) 兄上、早く開けましょう!」 乙和「まあ、樋爪の遺産を紹介すると言いながら、お酒を召そうとは何事です」

2019-04-01 13:32:58
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

俊衡「いやぁ、よく考えたら、せっかく蘇ったのだから、そういう大変なことするより昼間から紫波のワインを楽しんだ方が有意義な気がしてき……」 乙和「まったく、世話のやけるお兄様と弟だこと(⌒-⌒)」 俊衡「……待て待て乙和、なんだその手に持っている長刀は? どんな世話をやく気だ?」

2019-04-01 13:38:41
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

季衡「そ、そうですよ姉上! 長刀とか時代考証が間違っています!」 乙和「ワインがどうとか言っている人達に言われたくないわ(⌒-⌒)」 俊衡「落ち着け乙和、落ち着いて話し合おう…いや、やるから! 今か用意するから! しばし待て!」 乙和「ご理解いただけて嬉しいですわ」

2019-04-01 13:42:41
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

俊衡「ではまずは比爪の中心である『比爪館』を紹介していこう。おそらく我が父清綱の時代に造営が始まったとみられているが、今残る遺構は儂の時代のものと推定されている。奥州合戦の頃には儂と弟の季衡が住まっていた」

2019-04-01 16:16:30
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

俊衡「比爪館の範囲は東西約300m、南北約200m。南端は五郎沼に接し、東西北は浅い堀で区画されておった。数多の発掘調査が行われたが、調査が終わると遺構は埋め戻されてしまうゆえ、現場には何もない……昔は館の一部であった赤石小学校の外に↓のような案内板があるばかり……」 pic.twitter.com/pszKA13GbH

2019-04-01 16:24:27
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奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

俊衡「……誰だ、『平泉には何も残っていない』とか申す者は! 日詰の地に来ても同じ事が言えるかああ!?」 季衡「あ、兄上ー落ち着いてー、紫波産の山ぶどうジュースでも飲んでー」 乙和「酒じゃなければいいと思っているわね、五郎」

2019-04-01 16:27:25
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

季衡「……えっと、比爪館は今のJR日詰駅の南西にあったよ。とりあえず赤石小学校を目指して案内版の説明を読んだら、五郎沼を目指してね。その途中にあるのが『大荘厳寺』跡……の標識……」 pic.twitter.com/3WKq0ZqJ6B

2019-04-01 16:38:39
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奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

乙和「かつてこの地にあった大荘厳寺は、樋爪家が造立または庇護した大規模な寺院だと推測されています。近世までこの地にありましたが、盛岡に移転後、明治に廃寺となりました。そのため実態がよくわかりませんが、近くに寺の鎮守であったが薬師神社が残っており、そのあたりが寺地とみられています」 pic.twitter.com/aPF7Ja7E45

2019-04-01 16:44:36
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奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

乙和「地形調査によって、平泉無量光院の梵字ヶ池と同規模の池の存在が推測されております。つまり浄土式庭園の寺院だったのでしょう。先の薬師神社にはご神体として平安末の薬師如来像、周辺の民家には大荘厳寺の本尊と伝わる阿弥陀如来像が伝わっておりますの。参観はできませんけど」

2019-04-01 16:45:55
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

乙和「そう言えば奥州合戦後に一人比爪に残られたお兄様は、伝説によれば出家されて蓮阿とい名で大荘厳寺で余生をお過ごしになられたとか」 俊衡「うむ、まあそういうこともあったかもしれないしなかったかもしれないなぁ」 季衡「伝説だからね。じゃ、次はその伝説に満ちた五郎沼だよ」

2019-04-01 16:50:34
奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

俊衡「比爪館の南端に位置する五郎沼は、明治の干拓事業でだいぶ縮小したが、本来は南北450m、東西250mと今の2倍以上に面積を誇っていた。我々が治水目的もかねて堤を築くなどして人工的に造成した。季衡がよく泳いで遊んだことから五郎沼と呼ばれている」 乙和「水泳が趣味ってそういう……」 pic.twitter.com/cuf9TYFZi4

2019-04-01 16:53:43
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奥州藤原氏bot @ou_fujiwara4

俊衡「五郎沼に来たのなら先の大荘厳寺から少し小さな道に入って、『箱清水石卒塔婆群』も見て行ってくれ。鎌倉時代の作だが、一際高い石碑は鎌倉軍に連行され、その後亡くなった五郎の供養碑と伝わっておる。岩手県内でも有数の古い石碑群でもあることであるし」 pic.twitter.com/IdXX6T0oaI

2019-04-01 16:58:11
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