週末思想研究会：オキュパイ花見

2011年9月のウォール街占拠運動（「オキュパイ・ウォールストリート」）以降、SNSやネット中継動画を通じて大量の参加者を動員し、公共空間や施設を継続的に占拠する、いわゆる「オキュパイoccupy（占領・占拠する）」運動が脚光を浴びた。その嚆矢は、2010年の「アラブの春」におけるエジプト・カイロのタハリール広場の占拠であるとも、その翌年にマレーシア・クアラルンプールで発生した「オキュパイ・ダタラン」あるいはスペイン・マドリードのM15運動であるともいわれる。これらの運動は2011年頃を境に、当時急速に普及しつつあったスマートフォンに後押しされるかたちで、世界各地に飛び火していった。2013年の台湾「ひまわり学生運動」では、日本の国会にあたる立法院が学生たちに一時占拠され、同年の香港「雨傘革命」では、香港金融街の中心部である「中環」が占拠された（「オキュパイ・セントラル」）。日本でも「オキュパイ・ウォールストリート」に呼応して、小規模ながら「オキュパイ・トウキョウ」を唱えるデモが行われた。また震災後には、経済産業省の敷地の一部を占拠するかたちで「脱原発テント村」がつくられ、2016年に撤去されるまでの5年間存続した。ただし、これらはあくまで従来の左翼活動家が中心で、ウォール街占拠運動のようにSNSを通じて幅広い支援や動員を獲得したとは言いがたい。また、集団的自衛権の容認反対を訴えて国会や官邸前で連日開かれた大規模なデモにおいても、継続的に空間を占拠するにはいたっていない。日本におけるオキュパイ運動の不発は、他国とくらべて経済格差が小さいこと、政治的抑圧がそれほど強くないことなどが要因として挙げられる。だが、本当にそうだろうか。日本にはオキュパイ運動は存在しなかったのだろうか。むしろ逆ではないか。日本は世界で最も「オキュパイ」が成功した国のひとつであり、いまなお最も成功し続けている国のひとつである。大日本帝国を解体し、国家体制を根底から変革する直接の契機となったのは、米軍を中心とする連合軍による占領だった。戦後の日本は、文字通り「オキュパイ」によって生まれた。1947年、占領下の日本で民間貿易が再開されると、主に北米に向けて陶製の人形や食器、衣類、カメラ、おもちゃなどの日用品が輸出された。これらの品々にはすべて、GHQの指令により「Made in Occupied Japan」の刻印が記されており、現在では希少なビンテージ・アイテムとしてコレクターの間で取り引きされている。1952年のサンフランシスコ講和条約の発効により日本の主権が回復すると、輸出品から「Occupied」の文字は削除され、やがて「Made in Japan」は高品質・高性能の代名詞として世界を席巻する。しかし、このとき消滅したかに見えた「Occupied」は、前年に締結された日米安保条約によって、日本各地に遍（偏）在する米軍基地へと姿を変えることになる。フランスの社会学者ジャン・ボードリヤールは、かつて「ディズニーランドは、現実のアメリカのすべてがディズニーランドなのだ、ということを隠すために存在している」と述べたが、これと同じことが基地についても言えるかもしれない。在日米軍基地は、日本のすべてが基地であることを隠すために、つまりいまなおアメリカの占領下に置かれていることを隠すために存在している。日本の国土の1％以下の面積に在日米軍基地の70％超が集中する沖縄は、日本国内でこの「真実」が露出しているほとんど唯一の場所である。戦時中、日本は支配下に置いた地域に本土から桜の苗木を送って植樹し、あるいは現地の桜に似た花木を「◯◯桜」と名付けることで、象徴的に帝国へと組み込んでいった。桜、とりわけソメイヨシノは大日本帝国による植民地支配＝オキュパイのシンボルであり、朝鮮半島や満州、台湾には次々と桜の名所が誕生した。帝国が無残に崩壊した後もなお、日本各地の桜の名所では毎年のように熾烈な場所取りが行われ、多くの花見客で賑わっている。桜の木の下に拡げられるブルーシートは、戦前の帝国主義的な振る舞いを戯画的に反復しつつ、この国がすでに別の帝国によって占められているという不都合な真実を覆い隠す。だが、それでいいにちがいない。日本において「オキュパイ」という言葉には、過去の加害と被害、その両面の歴史が含まれる。私たちは占拠することで占拠されていることに気づき、占拠されることで占拠していたことに気づかされる。ブルーシートを拡げて花見をしよう。オキュパイすることとされることがメビウスの輪のように結び合う、このねじれた国をともに呪い、祝おう。Occupy Occupied Japan.