井沢元彦氏、呉座勇一氏に再反論(及び議論の打ち切り)〜【追記】さらに呉座氏が再反論
【大前提】このふたつの話からの、続編です
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それへの再反論(及び、これでの打ち切りを宣言)が、週刊ポスト 2019年4月5日号に掲載。
以下、まとめたこちらの独断で要約します。
週刊ポスト2019年4月5日号より、井沢元彦論文を要約
1:呉座氏との直接の討論はこれで最後にする。なぜなら氏は私の仮説を完全に否定、価値のないものとし「推理小説家に戻られては」云々とまで言っている。そんな人にポストの紙面を割くのは時間の無駄だ。
2:私はそもそも、すべての歴史学者を否定などはしていない。名前を挙げると先方に迷惑かもしれないが、磯田道史、本郷和人、小和田哲男氏などとはご一緒に仕事をしたこともある。呉座氏の見解が「歴史学代表」というわけではない。
3:安土宗論問題について。安土宗論非八百長説の紹介は「歴史ライターとしての功績で歴史学者の功績ではない」と呉座氏はされたが、当時は八百長説が「通説」だった。その誤りの可能性を示した、方向性を示したことは「学問的」な話とは別に「社会的功績」は高いではないか。大御所の見解を「社会的に」覆すことの難しさを描いたのが「白い巨塔」であり、それが故にベストセラーになったのではないか。
4:「首都移転時代と持統天皇の宗教改革」について。(まず、自身の説を詳しく再論し)「藤原京以前は、首都が移転していた」「その後、藤原京が初の中国式都城として建設された」「その藤原京の主・持統天皇は『火葬』された」…これらは史料にある事実である。
5:その史実に基づいて、私は『持統天皇は「首都を一代ごとに移転したら、いつまでたっても発展はない」と考え、ケガレ思想を転換させた。火葬もその一環であろう』という「井沢仮説」を立てた。これは「推理」ではなく「仮説」である。仮説はそのまま真実とは認められないだろうが、どの学問でも仮説は歓迎されるものだ。
6:現在の教科書でも「藤原京以前/以後」の分類も、藤原京以前は一代移転だった、という話はとり上げていない。世界に例を見ない現象なのに。 そして「帝王の祭礼の変更」も大事件だ。この事実に目をつぶり、史料だけにしか目を向けないのは間違いである。
…以上要約終わり
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一応学部は日本史専攻だったわたくしですが、院を諦めたのは卒論の口頭諮問で教授から「桜くんの卒論は面白い小説だねえ」と言われたから。そう、わたくしは「それらしくて楽しい嘘」である歴史物語が好きであって「わかりにくくて地味な事実」の積み重ねである歴史学は別に好きじゃなかったんだと。
2017-03-20 15:35:08井沢氏の週刊ポストの呉座先生批判を読んだ。 歴史学界に認められる例として、小和田、本郷、磯田各先生と「一緒に歴史シンポジウムなどの仕事をした」事を挙げているが、それが例示になるなら、磯田先生とずっと歴史番組やってる杉浦アナは大歴史家だな。小和田先生とトークした俳優さんも歴史家だな
2019-03-26 08:10:09飛鳥時代と安土宗論は、もう1回呉座先生の文章を読んでから反論しましょうって感じですね……呉座先生の論が1ミリも反映されてない、自説の繰り返し。 あと、陸軍エリートはドイツ語が出来たからWW2に踏み込んだ、歴史学者もそれと同じって論がお好きみたいだが、どこから突っ込んでいいか分からん。
2019-03-26 08:13:47「陸軍エリートはドイツ語が出来たから」部分の正否を一先ず置くとしても。 ドイツ語ができないと、情報収集や根拠が足りずに論を築く事が出来ず、エリートの暴走を止められないのだから、「やっぱり語学(史料読解)が出来ないと、同じ土俵で議論出来ないからダメだよね」が結論ではなかろうか……
2019-03-26 08:19:10あと八幡氏も井沢氏も「史料が読める」を「古い文字が読める」に変換したがるが、 文字が読めても、文章は読めないし 文章が読めても、意味は分からないし 文章の意味が分かっても、いつ誰が何の意図を持って書いたか、位置付けは到底分からない…… そこまで出来て「史料が読める」なんでしょ……
2019-03-26 08:23:48もし「自分は崩し字が読めないだけ、学者は崩し字が読めるだけ」なら、活字化されてる史料だけでも読んでから話すべきだよね。これだけ出版されてるんだから。それでも学者の成果に預かってる訳だけれども。
2019-03-26 08:35:47とはいえ、読者も書き手も、全ての時代の史料を押さえる事など出来はしないし、望んでもいない。 正確性や最新性は欠いても良いから、全体を押さえたいニーズは絶対にある。興味を持ったら、専門性、正確性の高い本に進む。 門戸を開いて下さる歴史ライターはありがたい……と何故ならないのかな。
2019-03-26 08:45:22井沢元彦、八幡和郎、呉座勇一各氏のヤフー リアルタイム検索の結果(30日間)がこちら。 八幡センセの悪目立ち過ぎ感。 pic.twitter.com/IPGoXRIYvg
2019-03-28 17:11:40呉座先生が井沢氏の反論に対して 「心苦しいが、心を鬼にして再反論するしかない(涙)」 って言ってるのだけれど、「論評に値しない」という囮を使った釣り野伏みたいなもんだろ、これはw
2019-03-28 17:58:30呉座先生、実は研究室の先輩なんですよね。わたくしが学部の時確か院生で研究室の旅行だの飲み会だのご一緒させていただいたんですが多分向こうは覚えていらっしゃらないだろうなあこんな落ちこぼれ。 twitter.com/an_ko0138/stat…
2019-03-28 20:32:48呉座センセと彼らのアレコレを見てて、この作家さんのtweetを思い出した。 twitter.com/sakuranitohei/…
2019-03-28 18:20:39@sakuranitohei 史学科には間違いなく一定数いるタイプ。マンガ、小説、テレビ、映画の影響を受けて史学専攻に入ってショックを受けるタイプ。問題はその後で、それはそれで好きだけど、ちゃんと歴史的事実の探求を行う方法論を身につけていくタイプと、それが出来ずに歴史学を恨んだり、嫌いになったり、不毛だという
2019-03-28 21:28:15@sakuranitohei ようになったりするタイプ。海外だと、史実と創作はまったくの別物という認識がちゃんとあるのだが。これも、日本の教育システムに問題があるからだろうか。自分の同期や後輩にも何人かいた。話をしていると、それって創作だろ?大丈夫か?って言っても、逆切れされるのがオチだった。勉強しなよと
2019-03-28 21:31:45@sakuranitohei 諭しても、余計なお世話だというだけで、かたくなになるタイプだったなぁ。卒論の時に、相当苦労してたみたいだけど、院生、先輩、同級生、担当教員からゼミで指導されても、意見をいわれても、それを「攻撃」と受け取っていた。歴史の勉強したくて史学科を落ちた人、沢山いるんだぜってあの時思った。
2019-03-28 21:35:50井沢氏のポストの記事読みました。井沢氏の首都固定仮説ですが、持統天皇の火葬をもって、土葬から火葬へという流れが都の固定につながったと書いてることに、宗教史の立場から驚いた。持統天皇以降も土葬された天皇は複数おられますが。ここは呉座さんに突っ込まれるでしょうね。
2019-03-28 23:56:19呉座勇一氏と井沢元彦氏を中心とした論争について、評論家の小川榮太郎氏が「一連の中で最も抑制的に議論していたのはは八幡和郎氏だった」とツイート。 何か特別な意図があるのか? 単に読解力がないだけなのか? 理解に苦しむ。
2019-03-29 02:49:21一連の流れを見て思うのは、学問とは緻密で地味な作業の積み重ねの上に成り立つものであり、歴史学者と歴史小説家は隣接などしていないということ(どちらが上とかいうことではない)。
2019-03-29 02:56:59呉座勇一氏と井沢元彦氏は、同じ歴史を論じていても、その立場は大きく異なる。呉座氏が解説した歴史学の学び方を井沢氏が受け入れない以上、両者が交わることはないだろう。
2019-03-29 03:01:18八幡和郎氏の論は学問のあり方とか手法の話ですらなく、呉座勇一氏に対する誹謗、揶揄でしかなく、加えて自己賞賛と過去の発言に対する弁明が過ぎるため、一連の中で最も醜悪だったように思えた。
2019-03-29 03:05:46古典としての中公文庫や講談社学術文庫、また近年の岩波新書など共同作業とはなるが通史は求めやすい形である。 問題はそれよりも「岩波・朝日的なもの」に准じる「歴研的なもの」という臭みへの忌避感だと思う。 ↑ドロップアウト組は黙れ twitter.com/MiraiMangaLabo…
2019-03-29 08:18:52