人間特性ライフハック~日本人の権利~

世界にとって日本人が大事な理由って、言葉から来るデザインだと思う。つまり子音語族と母音語族に別れた場合、その両端からできるデザインを次世代に残す事。どちらかに優劣をつけるのでなく、目指すべき人間の人間による人間のためのデザインを求めていくのだ。
センス 人間 デザイン 日本 相互作用 ライフハック 感情
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shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
文化醸成の方法と温故知新〜シンプルな人のシンプルな思考〜 - Togetter togetter.com/li/1318337 @togetter_jpさんから 上記で、日本語の特性について話した。要約すると日本人の日本語は母音で構成されており、その母音の影響で、自然な音を言語脳で拾ってしまうので、雑音が多くなるというものだ。
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そしてそれを展開して、自然の音を言語脳に入るので情緒を付けられると説明した。物理的な認識での解釈。
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人間特性ライフハック〜意識と無意識の相互作用〜 - Togetter togetter.com/li/1333972 @togetter_jpさんから 前回、無意識と意識の相互作用を展開した。この考えで伝えたかった事は、外的影響や自身の中で考えた事で無意識という水が染められ、それにより感覚や思考にも影響されるというところ、
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これはつまり先に話した日本語自体が無意識に影響するところ、なので、その感覚や思考に基づいたデザインが出てくるわけだ。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
すると、これは逆に次の事が言えるといえる。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
日本とポリネシア以外はいわゆる子音でお話するわけで、
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子音語族(欧米)と母音語族(日本)違い~起源は、危機・威嚇・警戒音と自然発声音~ rui.jp/ruinet.html?i=…
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始原の言語・日本語の可能性(7)~相手と融合する母音語と境界線を作る子音語~ web.joumon.jp.net/blog/2012/07/1…
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
これまでのリンクにも載っているように、子音は境界線を張る印象が特性としてあるわけだ。すると無意識に他者との線引が生まれてくる。リンク先では、子音語故に、境界線を生む語感が、権利や義務を前提としたもので生んできたとあるが、それは違う、俺の認識では、そうしてきたのは侵略の歴史だ。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
何故か、それは中動態から見た視点で説明できる。
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能動態でも受動態でもない中動態という世界が存在していたとは:情熱の本箱(230) hon-bako.com/bookbox/bookbo…
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知れば世界の見え方が変わる「中動態の世界」 forbesjapan.com/articles/detai…
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
特集「中動態の世界」 第一部 國分功一郎×大澤真幸「中動態と自由」(代官山蔦屋書店) 『中動態の世界 意志と責任の考古学』(医学書院)刊行記念 dokushojin.com/article.html?i…
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チカラを媒体として他者に媒介するには、チカラを明確に示すこと、それがチカラを媒介することになる。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
権利や義務を明確にするには能動態と中動態より、能動態と受動態のほうが都合が良いからだ
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
であるならば、今現在に生きる時代の人間は言葉である態の能動態や受動態に縛られていると考える事もできる。本来はその在りし姿としての中動態は往々にして存在するのが人間であるとまず認めることが言えよう。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
話は逸れたが、そのように子音語は境界線を張るので、日本語から生まれてくる思考や感覚、感性が違ってくるのは、自ずとわかる。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
なので日本語からくる思考や感覚、感性の一番の特性は「融和」である。ウチナーグチでいえばチャンプルー文化、これこそが日本の特徴である。
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ちなみに子音語族の大陸人やアーリア人は自治区なるものを求めてくる。彼等は境界線が欲しいのだ。それは言葉(子音)から来るデザインだし、そうやって積み重ねてきた歴史を持っているからだ。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
故に、日本人の様な融和はない。彼らの方法は支配されるかされないかでしかカタチづくれない。であれば、我々は子音語族の感性から来るデザインに呑まれず、かつ日本人の日本語からくる母音語族の感性も、人間の感性、感覚である事を世界に示さなければならない。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
チカラを媒介させる言葉の態の考え方は、まさに権利に対する制度に似ている。 制度とは、権利をよりチカラ強くするものだから。つまり言葉の態が、制度のようなものである。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
さらに子音語族が示してきた概念、権利。これはチカラを媒介するに十分な機能を果たしており、それ自体が悪いことはないし、むしろ素晴らしい画期的ものだとも言える。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
そして権利というのは、その人間が人間らしくあるために求め、認められていくものである。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
であるならば子音語族の人間が求めるものも権利であるならば、母音語族の人間が求めるものも同じく権利である。
shakauryauei_ha @JO_JO_t_kaoru
これまでの権利や義務で強いのは、子音語族だ。彼等はしっくりくる子音語族としてのデザインや思考、感性、感覚が権利に反映され、その都合を通す為のチカラを彼らのデザインする権利からそのチカラを媒介させる
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