少女には運命の赤い糸が見えた。だが、まさか糸の全長が1000kmを超えていようとは。

性病! (去年のヨタです)
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帽子男 @alkali_acid

少女は運命の赤い糸が見えて、それは村の外へどこまでも続いていて、ひどく不吉な気がしたのでずっと無視していたのだけど、意地悪な継母はいつまで経っても嫁の口を探してくれず、一生下働きで終わりそうで、まいったなと溜息。

2018-10-15 23:24:05
帽子男 @alkali_acid

ところがある日、村をゴブリンが襲って、特に騎士も傭兵も助けてはくれないので炎上するのだが、ちょうど娘の手をぐいと糸が引っ張る。 「え、ちょっ」 目の前で卑しい小鬼が手足をへし折った継母を強姦しにかかるところで、パンのばし棒を構えて殴ろうとしていた少女はそのままどこかへ。

2018-10-15 23:25:34
帽子男 @alkali_acid

村のことはそれっきり。赤い糸は街道をひたすらひっぱっていき、少女はつんのめって転びそうになり、何とか向きを変えると走ってついていく。 たどりついたのはウィッチの住む茸の家。

2018-10-15 23:26:46
帽子男 @alkali_acid

いぼだらけの鼻の魔女が舌なめずり。 「うまそうだね」 「やせてる!病気がち!それにのみとしらみだらけ!」 「太らせてやるよ。きれいにもしてやる」 「あらえっとでも」 断る理由がない。しかしどうも糸は小屋からさらに先へ伸びている。

2018-10-15 23:28:03
帽子男 @alkali_acid

しばらくウィッチと一緒に暮らして、下働きをしながら以前よりましな暮らしを送り、魔法で疥癬と水虫と虫歯をきれいさっぱり治してもらう。 「すごい。どうして鼻を治さないの」 「呪文を忘れちまったんだよ」 「私が手伝うから教えてくれない」 「ふん。そんなことで逃げられると思うかい」

2018-10-15 23:29:58
帽子男 @alkali_acid

魚の目と藪睨みを治す術まで覚えたところで鵲がとびこんでくる。 「魔女狩りだぜ」 「まずいねえ。あんた服を交換しよう」 ウィッチと少女は衣装を変える。老婆は鼠になって逃げる。 だが外で猟犬の吠える声。牙が閉じ、骨が折れる音。 さらにぱちぱちと松明の音と煙の臭いが。

2018-10-15 23:32:31
帽子男 @alkali_acid

「どうしよう。ええと突き指を治す呪文にほくろをとる呪文、盲腸の毒を抜く呪文に肝臓をきれいにする呪文…だめだ!!!戦う呪文も逃げる呪文もない!」 だが少女の手を赤い糸がひっぱる。ひっぱってひっぱって。

2018-10-15 23:34:04
帽子男 @alkali_acid

あっけにとられる聖なる教会の信徒のあいだを娘はひきずられていく。 たどりついたのは盗賊騎士の砦。道行く隊商を襲って荷を奪う。 眼帯に山羊髭の小男。 「おっほっほ。女房が来たぞ」 「性病持ち!!」 「なんだそれ」 「南の聖地にいった騎士が持ち帰るやつ」 治し方の本に書いてあった。

2018-10-15 23:35:59
帽子男 @alkali_acid

「私と寝ると全身に緑の斑点ができてまず大事な逸物がもげて、それから鼻が落ち、歯が抜け、目が腐って耳が詰まる」 「お前はそうなってない」 「男だけ」 「…ふうん」 うさんくさそうに眺める。

2018-10-15 23:37:08
帽子男 @alkali_acid

「試してみんとな」 盗賊騎士が手を触れたとたん、少女は呪文を唱える。中途半端に変えて。騎士の虫歯が治るかわりに抜ける。 「ぐぬ…」 「ほらね」 「さわっただけとは聞いていない」 「歯を全部なくしたい?」

2018-10-15 23:38:02
帽子男 @alkali_acid

「いいだろう。女房はほかで見つけるさ。下働きも探してたところだ」 「…結局それか」 どこへ行っても炊事洗濯掃除に服の繕い、家畜の世話と来る。 「ただじゃやらない」 「なんだとわしに財産はない…お前が男なら従者にして剣と馬とを教えてやるが」 「…馬!馬に乗れるの?」

2018-10-15 23:39:48
帽子男 @alkali_acid

老いぼれ馬は気性がいい。少女はさっそく乗り方を覚える。魔女が教えてくれた記憶をよくする術のおかげだ。 「剣の方はそうだな。短剣でよかろう」 「なんでもいい」 「組打ちも教えてやろうふひひ」 「歯を大事にね」

2018-10-15 23:41:21
帽子男 @alkali_acid

老騎士との暮らしは悪くはなかった。かつては大帝のもとに仕えていたとかで、叙事詩もたくさん知っていて、冒険もいっぱいしたという。 「だが地所を留守にしすぎた。おかげで荒れ果て荘園もなくした。今は追いはぎで生きとる」 「でもいいじゃない。世界中を回って。竜の山にも行って」 「そうそう」

2018-10-15 23:42:56
帽子男 @alkali_acid

翼の音がする。緑柱石のような鱗のドラゴンがシーフナイトの城へ舞い降りる。 「宝を返せ人間」 「どうやってここを」 「二十年探したぞ」 「まいったわい。どうだ。この肉の柔らかそうな乙女を」 「やせっぽちだ。そいつはあとでいただく。宝を返せ」

2018-10-15 23:44:13
帽子男 @alkali_acid

山羊髭の小男はむろん返す気はない。すべてを失ってなおしがみつける栄光の痕跡。甲冑のまま老いぼれ馬に乗って槍をたばさみ突撃。竜が吐く猛毒の息吹にまかれる。 「ひえええ…」 だが少女の手を引っ張る赤い糸。

2018-10-15 23:45:40
帽子男 @alkali_acid

ひっぱるひっぱるひっぱる。何かに捕まろうとして砦の隅に埃をかぶっていた銀の細工を掴む。いや楽器だ。竪琴。 だが赤い糸は止まらない。ひっぱってひっぱってひっぱって、城の外へ。

2018-10-15 23:46:43
帽子男 @alkali_acid

「薄汚い人間。手を離しなさい」 竪琴が弦をふるわせて喋る。 「え」 「私は妖精の竪琴。いいですかフェアリーハープです。あなたのような卑しい小娘が触れていいものでは」 おりよく毒の沼を通るので、少女はそこへ手放そうとする。 「待った!美しい乙女よ。あなたの指は芸術家のそれだ」

2018-10-15 23:48:14
帽子男 @alkali_acid

「気のせいじゃないかしら」 「あなたの声は地上のどんな鳥よりも美しい」 「継母は鴉みたいだって」 「卑しい耳には分からない。とにかくその汚い水に放り込むのはやめなさい」 「やめたら見返りに何をくれるの」 「がめつい人間め。私にできるのは歌と演奏を教えることだけ」 「…うーん」

2018-10-15 23:49:46
帽子男 @alkali_acid

芸人になれば金が稼げる。下働きより楽な仕事だ。 「いい。それでいい」 「おお、フェアリークイーンよお許し下さい。かくもおぞましい常命の生きものに妖精の技を」 「お気に染まなければやっぱり沼へもぐってみる?」 「偉大な吟遊詩人を育てるのは我が喜びだ」

2018-10-15 23:51:09
帽子男 @alkali_acid

気づくと森の中。石の輪のあいだ。 「寒そう。こんなところで暮らせない」 「さあ練習を始めよう」 「ええ。冗談じゃない」 「演奏していれば暖かくなる」 「冗談じゃない」 だが指がすいつけられ、赤い糸が弦にからむ。 「私の運命?これが?」

2018-10-15 23:52:21
帽子男 @alkali_acid

竪琴は少女に歌と演奏を叩き込む。 はじめはとつとつと、やがて流れるような音色があふれると、石の輪には燐光が灯り、むささびやいたちが果物と木の実を置いていく。 「すばらしい!何とへたくそ…最も音痴なフェアリーの百分の一の才能もない!なんという苦しみだ」 「叩き割ってやりたい」

2018-10-15 23:54:58
帽子男 @alkali_acid

森の精が集まってくる。獣の脚をした酔っ払いの男や、仮面をかぶった小人も。鬼火をおどらせて。 「あなたの持ち主たち?」 「とんでもない。ニンフにフォーン、それに…アンシーリーコートか?やつらは踊りあかすだけの下等なさすらいもの」 「じゃあお帰りいただいて」 「演奏をやめれば暴れるぞ」

2018-10-15 23:57:05
帽子男 @alkali_acid

百鬼夜行は影をうごめかせて怪しく踊る。 少女は指に血がにじむまで演奏し、のどがかれるまで歌うが、とうとう疲れ果てる。 「死んじゃう…」 「やめれば殺される」 そこで仮面の小人がわずかに骨の被り物をずらし、あどけない唇に骨の笛をあててかかとを打ち合わせて跳ねる。

2018-10-15 23:58:36
帽子男 @alkali_acid

闇の中に、その足首に結び付いた青い糸が見える。どこかまるで違う方向へつながった。 「しめた。あの小人…いや人間の子供だな。あれが演奏しているあいだに逃げられる」 「う、うん」

2018-10-15 23:59:42
帽子男 @alkali_acid

「お嬢さん。見事な演奏だった。お礼に森の精の踊りを教えよう」 そう簡単に退散はできない。 フォーンが少女の手をつかみ、お辞儀をする。とっさに手首をひねりあげ、投げ飛ばす。お見事。盗賊騎士にならった組打ちの技だ。 「やあ!この子の踊りは面白いぞ」 次々に森の精が集まって来る。

2018-10-16 00:01:03