10周年のSPコンテンツ!
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帽子男 @alkali_acid
人生に疲れたから、なにもしないで都合のいいことが起きてほしい。 ある日、川上からどんぶらこっこどんぶらこっこと美少女メイドが流れてきて拾ったら恩に着て一生おつくししますみたいになるとかないかな
帽子男 @alkali_acid
どんぶらこっこどんぶらこっことね。 流れてきました。川上から。 美少女メイドが。 オフィーリアみたいに。 いやオフィーリアだと死んでるからだめ。 何か焼け焦げた木ぎれにでも捕まってればいいよ。
帽子男 @alkali_acid
でもそれ拾うの難しくない? 川幅にもよるけど人間がひとり流れて来れるぐらいの流れで岸からそんなん拾うのまじ救助が得意な人とかでも大変じゃない? まあそうだけど…そうだけど…じゃあ… いやたまたま川船が行き来しててさ。 そこに客が乗ってた訳。 たまたまな。
帽子男 @alkali_acid
でも拾わなくない?そんなやばそうなの? 有徳の坊さんでもない限り。 まあでもおせっかいなやつはいるからな。 舳先近くをうろちょろしてる子供とかが最初に見つけて指さすんだよね。 「ひと!」 「まだ、ほんの小娘みてえだな…気の毒に」 「たすけて!」 「無理無理」
帽子男 @alkali_acid
子供はむくれる。わがままなやつなんだよ。 名前はそうだな。ヤンとでもしておこうか。短いからな。 ヤンは船の上でぴょんぴょん飛び跳ねる。 アブナイだ。 「おばあちゃまああ!!」 親がわりを呼んで駄々を通そうとする。
帽子男 @alkali_acid
「うるさいザマスね。なんザマス」 船の中ほどでうつらうつらしていた祖母が出てくる。 「たすけて!あれ!」 「はん?ありふれたどざえもんザマス。ゆきだおれもあちこちで見あきたザマショ。わざわざ骨を折る理由なんぞないザマス」 「奥様のおっしゃる通りで」 「やだやだ!たすけて!」
帽子男 @alkali_acid
ヤンの駄々に祖母は肩をすくめて、船頭に木切れに捕まった少女らしきものに近づくよううながす。 「川賊の罠かもしれませんぜ」 「そんな心配はそちらがすることザマス。さっさと死んでるかどうか確かめるザマス」 鉤竿でたぐりよせると、まだ若いが騒ぐヤンよりは五つかもっと年上らしい。
帽子男 @alkali_acid
「きれいなおべべだがどこの奉公人かね」 「ふふん。見て解らないザマス?ティルニッツァ公爵家の冬のお仕着せザマス」 「公爵様の!」 「そう。大貴族のもめごとのにおいがするザマス。かかわりにならない方がよさそうザマスね」
帽子男 @alkali_acid
しかしヤンはまたじたばたする。 「やだ!やだ!おばあちゃま!このこうちにつれてかえる!」 「何を言ってるザマス。犬や猫じゃないザマス。世の中には、くたばる老いも若きも男も女も、のたれ死ぬものは数限りなくいるざます。なにを好んで今ここでこの子だけ拾わなくちゃいけないざます」
帽子男 @alkali_acid
わがまま坊主はじっと水に漬かった年上の少女を眺めやり、考えこむ。 「えーっとえっと…かわいい」 「…んまっ」 「かわいいから」 「んま!」 「かわいいから!いいでしょ!」 「死んでても葬式代は出さないザマスよ」 「?うん」 「はー…船頭さん。このボロ雑巾を水から上げるザマス」
帽子男 @alkali_acid
ほらね。 川上からどんぶらこっこどんぶらこっこと流れてきた美少女メイドを拾うことに成功した。 めでたしめでたし。
帽子男 @alkali_acid
◆◆◆◆ 女中の名前はリッカ。本人が名乗らなかったのでヤンが、手習い所の先生と相談して決めた。 手習い所というのはまあ学校みたいなものだ。町外れの教会の一部を開いて、司祭が祈祷書の中身について子供等に教える。読み書きも。
帽子男 @alkali_acid
といっても司祭はもう年寄りだから、たいていは若い寺男が代行している。 ヒゲモジャで背は高くもなく低くもなく、あまり特徴のない青年だ。 まあ寺男の話はどうでもいい。 話を女中に戻すと、リッカは優れた縹緻をしていたが、すぐにヤンの祖母の命令で前髪を伸ばし、顔を隠してしまった。
帽子男 @alkali_acid
「盛りのついた雄犬どもにウロウロされたら仕事の邪魔ザマス」 ヤンの祖母は仕立屋だ。昔は大店のお針子だったらしいが、今は一本立ちしてひとりだけの店を構えている。かつては弟子も何人かはとったらしいが、もうそばには置いていない。 「アタクシの手が動かなくなったら、お前もおしまいザマス」
帽子男 @alkali_acid
祖母は常々ヤンをそう脅した。 「おれがやる!はりしごと!」 「ふん!お前は不器用を絵に描いたうちの死んだ婿そっくりで、針と糸の区別もつかないし、何より長いあいだ座って根を詰めるってのがまるでできない子だから無理ザマス」 「えー…」 「さっさと材木商の奉公にでも出るザマス」
帽子男 @alkali_acid
ところがリッカは針仕事に秀でていた。 「公爵のお屋敷で仕込まれたザマスか?」 「…覚えていません」 「あらそう?どうでもいいザマス。ウチは働かないものを置いとくゆとりはないザマス。せいぜいお針子としてはげむザマス」
帽子男 @alkali_acid
祖母は女中を仕事場にひっぱりこむと、山ほどの仕事を押し付けた。 「おばあちゃま!ずるいよ!おれが拾ったのに!」 「うるさいザマス。拾ったのはアタクシザマス。たいたい孫が祖母に文句をたれるなんぞおこがましいザマス。さっさと皿を洗って、洗濯物を出して、手習い所に行ってくるザマス」
帽子男 @alkali_acid
「うう…」 これまた山ほどの仕事をもらったヤンはまず桶で皿を洗い、汚れた水を菜園に撒いてから、洗濯物をずた袋につめてえっちらおっちら川べりに向かう。 「ぼっちゃま私が」 リッカは声をかけるが、祖母がぎろりとにらむ。 「お前にも、ヤンにもたっぷりやることがあるザマス」
帽子男 @alkali_acid
そう。そうなのだ。 やることが、やることが多い。 美少女メイドを拾っても、やることが多いのでそうそういちゃついてもいられないのだ。 ヤンはぶんぶん手を振る。 「おれへいきだ!リッカ見て!」 次いでぎゅうぎゅうに洗濯物の入った袋を背負い、さらにまっすぐ持ち上げる。 「強いだろ!」
帽子男 @alkali_acid
リッカは表情を変えず見つめ返す。 「はいぼっちゃま」 「へへー!」 のけぞったとたんによろけて倒れる。 「遊んでないでさっさと行くザマス!」 祖母の雷が落ちる。
帽子男 @alkali_acid
少年は袋を抱えて川ばたへ。 すでに小舟がついている。乗り組んでいるのは大人が一人と、子供が二人。父親の手伝いをしている兄妹だ。 「おはよう、いばりんぼ」 「おはよ、いばりんぼ」 「いばりんぼじゃない!ちゃんとヤンてよべよ!」
帽子男 @alkali_acid
兄と妹は顔を見合わせる。 「いばりんぼは、いばりんぼさ」 「それより、その洗濯物、おもそう。銅貨一枚ね」 「わかった。おれも乗るから」 「じゃあ銅貨二枚」 「高いよ!」 「じゃあ洗濯物だけにしときなよ」 「やだ!洗濯屋にかけあうんだから…そうだリッカは銅貨一枚で乗せてもらってるって!」
帽子男 @alkali_acid
兄と妹は顔を見合わせる。 「女中さんはやさしいし」 「いばりんぼじゃない」 「きれいだし」 「のってるとたのしい」 「てつだいもしてくれるしね」 「ね」 ヤンは頬をふくらませた。 「じゃあ俺もてつだいするから」 「しょうがないな」 「特別だよ」
帽子男 @alkali_acid
かくして小舟は出発し、岸部のあちこちから洗濯物やら何やらを集めながら町の水路をめぐってゆく。 橋をくぐるときはしゃがんで、分水路ではほかの小舟とすれ違う。船頭の男はきゃいきゃいと働く子供等を振り返る。 「おい。勘定を間違えるなよ」
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