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昭和62年改訂版についてはこちら

KUMI_Kaoru @KaoruKumi
1)先に開隆堂の中学英語教科書を分析した。伝説の『Jack & Betty』が、文部省による指導強化に対応しきれないと判断して同社よりもうひとつ『New Prince』シリーズが開発され、しばらく併存しつつもやがて後者の1ラインになって、これもやがて全国での採用率激減を受けて引退、入れかわりに[続く]
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2)『Sunshine』が開発された昭和62年。経済超大国の道をまい進中の時代の子。どう『New Prince』と変わったのかはここでざっと分析。togetter.com/li/1339237 さらに平成4年、このシリーズが改訂されて、どんな内容になったか。
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3)ガイジン娘の来日で開幕するところは同じなのですが―― pic.twitter.com/VngTvcfxdo
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4)この昭和62年度版で、ナンシーと日本の中学生たち(つまりこの教科書を使っている実際の生徒さんたち)との交流は、野外のイラストに留まったのに対し pic.twitter.com/Uox7idJgnP
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5)この平成4年版でエミリーは、教室内に踏み込んできます。 pic.twitter.com/kwvqVZGlhx
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6)私服登校ですので、短期の通学なのでしょうが(本書の登場人物紹介ページに「クミの家に短期滞在」とあるし)、とにかく英語という異言語をキャラクター化したかのような女の子が、学校内を闊歩する姿は、シュールであり同時に印象的です。 pic.twitter.com/6QSuDV8Ge9
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7)タコヤキとか神社仏閣とかの割と日常寄りの日本文化にも彼女は踏み込んでくる。 pic.twitter.com/OFmpoRqWtb
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8)エミリーの物語は、この後途切れてしまいます。 代わりに「日本から世界へ」のお題で、日本の一家がアメリカに飛ぶお話に。 pic.twitter.com/Ufnm0c7bTp
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9)お引越しです。「Passport, please.」(パスポートを出しな)はちょっとよろしくないので「May I see your passport?」(パスポートを拝見します)あたりにいじりたいところですが「may」を習うのはもっと後になるのでここでは使えない。 pic.twitter.com/V0CZHOe1TO
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10)引っ越し先は首都ワシントンで、一家は現地の知人一家といっしょに車であちこちまわるのですが pic.twitter.com/Nh0hszly07
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11)クミさんの通う学校でのお話は出てこない。 同級生の紹介にとどまる。 pic.twitter.com/6yGDuTc8iP
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12)そしてニューヨークの中学校にいきなり話がとんでしまう。 イラストも違う方による絵に切り替わるし。 pic.twitter.com/yosm0V54pN
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13)ニホンジンは登場しない。 つまり「ニホンジンであるわたし」としての「I」は現れずに終わる。 pic.twitter.com/tIQuaJz8sL
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14)そして「国際化への道」というタイトルの章へ。 どういう内容か、当ててみてください。 pic.twitter.com/zTt6l52xoc
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15)日本国内にカメラが切り替わって、二ホンでいろいろな目にあっている外国人のつぶやきが紹介されていきます。 いいですか二ホンにカメラが切り替わっているわけです。 pic.twitter.com/Ez3Vhrjeog
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16)昭和の『New Prince』時代には、日本の子がアメリカのミドルスクールに通っていました。 そして物語は基本的にアメリカの街で繰り広げられ、日本は舞台にならなかった。 pic.twitter.com/Le7kVoEYUX
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17)経済超大国として世界に圧倒的存在感をみせつけた、昭和末期~平成頭の日本。 いろいろアメリカほかの国々といさかいも続いた。 「二ホンよ、お前たちはいったい何者なのだ?」と問いかけられた。
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18)当時の私たちも自問した。「We」(私たち)は何者なのだろうと。
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19)ガイジンが日本にやってくるパターンが教科書に定着していったのも、ガイジンの目を通してなんとか「We」のりんかくをつかみたいという、私たちの思いが大きく関係したように思える。 pic.twitter.com/Zx5KBktEFT
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20)イラクで紛争があって、ついに戦争に。アメリカを先頭に多国籍軍がイラクを叩くなか、日本は自衛隊を送らなかった。軍隊ではないというタテマエだったし、そもそも日本はセンシュボーエー(専守防衛)を絶対的プリンシプルにしていたので、よその土地に「防衛力」を送り出せなかった。
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21)国内目線では「平和国家・日本」のつもりでも、国際社会のなかでは「利己的な金満国家ジャパン」と受け止められた。 「We」(私たち日本)に亀裂が走った。
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22)アメリカの中学校が登場して日本の子がそこの生徒になる物語展開はあっても、途中でお話が打ち切られ、カメラはまた日本国内に戻ってきてしまう…「We」を描けないでいる日本の戯画という気がします。
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23)「We」がはっきりしないなか、「I」(ニホンジンである自分)の像もぼんやりしたものにしかなりようがなかった。 だからアメリカのミドルスクールに日本の女の子「クミ」が入っても、「I」の姿を描けず、お話が続かなかった。 pic.twitter.com/n1qiPqep2i
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24)興味深いことに、この教科書、終盤で歴史上のあるニホンジン男性を取り上げる。 遭難してアメリカの船に拾われた、四人の男たち。 へこへこしていて、まるで猿のよう。 pic.twitter.com/Cr5rl3yh6v
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