ゴブリン殺しの英雄は倒れるが、その使命は女達に受け継がれる話

そうだ。ゴブリンは駆逐する。 たとえ、あの人が倒れようとも…必ず後を継ぐものがあらわれる!
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前の話

本編

帽子男 @alkali_acid

ゴブリンは駆逐する。

2019-04-24 20:10:56
帽子男 @alkali_acid

共存不能な害獣だからだ。 生まれついての強姦魔で放火犯、強盗、殺人鬼で、ミルクをすっぱくさせ、赤ん坊もとりかえるし、とにかく人間が想像するありとあらゆる下劣を代弁する存在なのだ。 人間はずっとそうしてきた、病原菌や病害虫を制圧し、一掃し、住みやすい人道あふれる社会を作ってきた。

2019-04-24 20:13:09
帽子男 @alkali_acid

もちろん多様性は大切だ。 エルフやドワーフ、リザードマンといった「行儀のよい異種族」とは共存可能だ。 だがゴブリンはだめだ。多様性とは有害で不快な存在を放置することではない。 行儀のよいすべての民が幸せに暮らせるよう、邪悪は徹底して排除せねばならない。

2019-04-24 20:14:51
帽子男 @alkali_acid

文明も文化も持たず尊重に値しないとはいえ、生命力と繁殖力だけは高く狡賢く残虐な種族を、神聖にして高貴な「被害者」諸賢が個々人の努力で報復し、殺し尽くそうとしても簡単にいかない。 「被害者」の怒りや悲しみを代弁するのはやはり行政。 ゴブリン問題の最終解決は、国家の手に委ねられねば。

2019-04-24 20:18:32
帽子男 @alkali_acid

私利私欲にまみれた諸邦が、ゴブリンという侵略的外来種による環境問題、いや病害獣による公衆衛生問題、いや女性をはじめとする弱者にとってのゆゆしき人権問題を軽視し、放置するなか、ついに敢然と起ちあがった国があった。

2019-04-24 20:21:51
帽子男 @alkali_acid

竜の王国ドラゴニアである。 竜騎士を筆頭に、陸海空を制する強大な兵力を有する大国は、すべての武威を、醜く汚らわしく狂暴な劣等種の殲滅に傾注した。 かつてゴブリンにすべてを奪われた王ガイゼスが、気高き復讐の志を胸に、報われぬ闘いにすべてを投じんとしたからだ。

2019-04-24 20:24:15
帽子男 @alkali_acid

さてドラゴニアの提唱したゴブリン問題の最終解決は、人間や行儀のよい種族すべてが力を合わせるべき崇高な企図であったが、悲しいかな古くからの仇敵であるクレセント帝国は呼応せず、むしろ裏に世界の覇権を狙う野心がありと難癖をつけ兵馬を動かした。

2019-04-24 20:26:30
帽子男 @alkali_acid

だが、ガイゼスの意思は固かった。ゴブリン殺しのために妥協も躊躇もつまらぬ自己満足も捨てたこの君主は、開祖以来の伴侶である竜のみか、闇の魔法から光の聖器まで、ありとあらゆる手段をもって抵抗を打ち破り、事業を推し進めようとした。

2019-04-24 20:28:22
帽子男 @alkali_acid

あと少し。あと少しでゴブリンという吐き気をもよおす世界のシミはぬぐい去られるはずだった。 あと少しで。

2019-04-24 20:29:04
帽子男 @alkali_acid

◆◆◆◆ ドラゴニアの山岳地帯にある聖地にして大城塞、竜の峰は、当然ながらこうした拠点にあるべき秘密の通路を備えていた。 もっとも長大なものは「竜陰の隧道」といい、王直属の隠密が出入りするのに使っていた。優れた土木の技によって、完全武装した大人の男ふたりが並んで歩けるほどの広さ。

2019-04-24 20:39:50
帽子男 @alkali_acid

クレセント帝国との戦争が間近に迫り、多くの軍勢が国境に集まっている今も、守備にゆるみはない。精鋭中の精鋭である王の近衛が鎧兜に身を固め、見廻りを続けていた。

2019-04-24 20:41:12
帽子男 @alkali_acid

ただ、あまりにも遠くまで伸びた人工の洞窟は、火鏡や喇叭では隊と隊とのつなぎがとりづらい。対策として、念話のできる獣人、コボルドの尼僧が随伴し、魔法によって本城と決まった刻限に無事を確かめ合っていた。

2019-04-24 20:45:55
帽子男 @alkali_acid

尼僧、ファムは垂れ耳で精悍な戦士の多い種族にしては珍しくちょっぴり太め。四つある乳房はどれもたわわで、装束の上からもそれと解る。 近衛は皆、慎みを知る武家であったから、いやらしいからかいなど浴びせないが、時々ちらりと目はゆくようだ。種を超えても雌の丸みや豊かさは雄に通じる。

2019-04-24 20:47:59
帽子男 @alkali_acid

「あの…質問をしてもよろしいでしょうか」 沈黙に耐え切れなくなったのか、コボルド娘は先をゆくドラゴニアの秀抜に呼びかける。 「構わない。何事も経験だ」 洞窟の中でぺちゃくちゃ喋りながらゴブリンを警戒するのはさすがに不用心ではないか、と遠慮がちになっていた獣人はほっとする。

2019-04-24 20:50:18
帽子男 @alkali_acid

「みなさまは金属の防具で全身をおおっていらっしゃいますが、あまり広くない洞窟を長いあいだ歩いたり、戦ったりするのに差し支えありませんか」 近衛のあいだにくぐもった笑いが広がる。やれやれ世間知らずな駆け出しに教えてやらねばなるまいという空気だ。

2019-04-24 20:52:40
帽子男 @alkali_acid

「初歩の勘違いだな」 「いや。確かに爪先から頭のてっぺんまである馬上鎧を着て狭い穴をうろつくのは正気の沙汰ではないように思えるのも当然だ」 「うむ。我等も陛下からこの武具とともに任を賜った際は驚いたものよ」 「だがこれは魔法の全身甲冑なのだ」

2019-04-24 20:54:10
帽子男 @alkali_acid

ファムはびっくりして耳をぱたつかせた。 「魔法の全身甲冑…」 「うむ。普通の馬上鎧など歩けばやかましく音が鳴るし、継ぎ目に詰め物などをすれば動きが妨げられ、百歩もいかぬうちにへとへとになる。そもそも蒸すわむれるわ、およそ騎馬戦以外では役に立たん」 「だがこれは違う」

2019-04-24 20:56:56
帽子男 @alkali_acid

「陛下の新しい魔鍛冶が、竜の炎を持って鍛えた軽く、音が鳴らず、蒸さず、なめらかに動く特注の鎧だ」 すっかり感心した尼僧は杖にすがってうなずいた。また四つの乳房が揺れる。 「もう一つ…皆様、長剣を帯びていますが…それは洞窟の戦いで不利では…コボルドは爪牙か短剣を好みますが」

2019-04-24 20:58:54
帽子男 @alkali_acid

「それよ。最初にこの装備を賜ったときは我等も驚いた」 「洞窟というのは、このような人工のものであっても、ところどころで広さが異なる。奥へゆくほど狭くなったり、急に広くなったり」 「このくらいの長さにすれば有利、などという決まった間合いなどないからな」 「だがこれは魔法の長剣だ」

2019-04-24 21:00:31
帽子男 @alkali_acid

「魔法の長剣」 コボルドは、ゴブリン退治の英雄王が作らせたという武器にまたしても感じ入った。 「周囲の広さに合わせて刃渡りが伸び縮みするのだ」 「使いこなすのはなかなか大変だが、我等はこれでも剣の技においては一流を自負しているからな」 「さよう。どの間合いでも戦える」

2019-04-24 21:02:23
帽子男 @alkali_acid

「ありがとうございます…知らないことばかりで」 ファムが咳払いした。いま一つ聞きたいことがあったが、人間にとっては失礼にあたるのでやめておいた。 だがドラゴニアのもののふ達は察してまた笑いを響かせる。 「我等の匂いか」 「あ、いえ…はい…あの、そのように強い匂いをさせているのは」

2019-04-24 21:03:42
帽子男 @alkali_acid

「森や野では狩りをする側も、狩られる側もできるだけ自らのにおいを消そうとするものです。川に入ったり、糞を埋めたり、たとえ周りが悪臭をはなっていても、ほかの場所へ獲物を追ったり逃げたりすれば、匂いはかわるものですから」

2019-04-24 21:04:54
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