【装束小ネタ】御引直衣のこと少し

天皇の装束「御引直衣(おひきのうし)」について簡単に説明しています。
直衣 日本史 ファッション 時代装束 装束 御引直衣 服飾史
81
毎日新聞 @mainichi
皇居・宮中三殿で8日午前、秋に行われる「即位礼正殿の儀」と「大嘗祭(だいじょうさい)」の日程を天皇陛下が報告される「期日奉告の儀」がありました。 mainichi.jp/articles/20190…
逆名 @sakana6634
いやっほーーー!!!動画で御引き直衣の裾の重なりが拝見できる!!!! twitter.com/nhk_news/statu…
逆名 @sakana6634
以前、ブログに書いていたので、続きにそちらから一部引用します。(イラストでは童形の料になっています) 御引直衣(童形) depth333trench.blog.shinobi.jp/Entry/164/#RPs… pic.twitter.com/u0bjCHPPRE
拡大
拡大
逆名 @sakana6634
御引直衣は元々は帝の日常着で、内々の御料として直衣を帯を用いず流し着て、下げ直衣・放ち直衣ともいいました。その頃は「禁秘抄講義」によれば、普通の直衣よりもかえって裾は短かく仕立ててあったそうです。しかし、徐々に体裁が整えられ、略儀と晴儀ふたつのパターンが出来ました。
逆名 @sakana6634
臣下にとっては厳儀を求められる清涼殿も、帝にとっては日常生活の場でもあり、くつろぎ着が高位の装束に変わっていくというのが面白いですね。
逆名 @sakana6634
晴儀での構成は、 袍  ・引直衣(長く仕立てた直衣)  ・当帯(直衣と共布) 下具  ・長衣 裾長に仕立てた衵。  ・長打衣 同上、張りを出す加工を施してある。表からは見えない。   衵を二枚重ねするので、合わせて二つ衣ともいう。  ・長単 裾長の単。  ・張袴 表袴。  ・長袴 下袴。→
逆名 @sakana6634
→  ・大帷子 襟付きの肌着。 他に、笏、檜扇、帖紙。現行では冠は立纓冠、古くは垂纓冠でした。なお、在位中は冠のみ用いられ、烏帽子を被ることはなかったので、退位後に『烏帽子始』や『布衣(※狩衣)始』が行われることもありました。
逆名 @sakana6634
御引直衣の型は、ふつうの直衣の裾を丈長に仕立てただけで、襴や蟻先(裾にくっついてる四角)もそのまま残っています。 下に重ねる装束(下具)は長く仕立てた衵も袴も二枚重ねで、内に着るものは「打衣」といって、張りを出す加工をしてあります。着重ねて形を整えるためのものでした。
逆名 @sakana6634
イラストだと童形の料にしてあるため裏地の二藍の色合いが動画とは違いますが、この重ねも晴儀の御引直衣の醍醐味だと思いますし、ここを!動画で拝見できるのは!有り難いですね~~ pic.twitter.com/N5kiiY0cl3
拡大
逆名 @sakana6634
記事を書いたときの参考資料一覧です。 なお、童形の帝は御引直衣では【上げ鬟】を結われました!!【上げ鬟】ですありがとうございます!!幼くて髪の長さが足りない場合などは垂髪にしたこともあったようです! pic.twitter.com/09WZIxncI1
拡大
逆名 @sakana6634
おまけ再掲で御引直衣の幼帝を抱き奉る摂政の図です pic.twitter.com/jn4WNDW9DR
拡大
逆名 @sakana6634
しかしやっぱりこれだけ着重ねると横幅にもボリュームが出るなあ。王朝装束は体型がまったく出なくて、絵を描くときにサイズ感とか頭身が迷子になりがちだけど、これはまた…。
逆名 @sakana6634
直接は関係ないのですが、「年齢で二藍の色合いが違う」ことについての補足です。「二藍」は特定の一色をさすのではなく、藍と紅(呉藍クレノアイ)の二つの藍を使って染め、その割合によって変化するいわば色相を示す名です。冬直衣の裏地、夏直衣の紗等に用いられ、着用者の年齢に色合いを合わせました pic.twitter.com/cKqK6FWmlD
拡大
逆名 @sakana6634
二藍の御引直衣は肖像でもあまり多くないのですが、後醍醐天皇のこちらの肖像がわかりやすいかと思います。壮年の色合いですね。 「後醍醐天皇宸影」 東京大学史料編纂所所蔵模写(部分) pic.twitter.com/5UfOycyBEp
拡大

コメント

松浦 景 @kurakacacique 2019年5月10日
興味深く分かりやすいまとめですね。
ヘーコ @apporu 2019年5月10日
これが日常着かあ、「普段着でお越しください」って言ってこれで来られたらビビるわ。
ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする