イクシュバルの少女

僕は撃墜されて泣いてる猫耳ぱっつん幼女パイロットを拾って、原隊まで送っていった。
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同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

僕が叩き落とされたのは、元連邦領の街の近く。もとい、街の廃墟の近く。 連邦政府の迅速な疎開と、ゼァブラウの執拗な爆撃で見る影もなく荒廃したキナバの街並みは、焦げ付いた家財道具の残骸を別にすれば、人の気配を感じさせない。

2019-05-11 21:25:37
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

戦線の整理で近郊に展開していた陸軍が後退し、如何なる理由かゼァブラウの地上部隊も前進してこなかった結果、このあたりは両陣営に挟まれた戦力の空白地帯になっている。

2019-05-11 21:30:12
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

だからここでは、僕みたいに撃墜されたパイロットが間抜け面を曝していても、追い立てられたりすることはないのだ。敵兵で出会う可能性があるのは、同じく撃墜されたパイロットだけ。しかもお互い会いたくない上に隠れる場所は山ほどあるから、滅多なことで遭遇することもない。

2019-05-11 21:38:05
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

ただうんざりすることに、ここから基地まではちょっとじゃなく遠い。味方の前線もそれなりに遠い。でも非常食なんかを入れた脱出キットはそれを見越して用意してあるから、根気よく歩けば帰るのは難しくないけど、数日間歩き続けると考えると、あまり気分は上がらない。

2019-05-11 21:44:41
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

とは言え、戦争するよりかは気楽な行程になるだろう。 問題があるとすれば…… 問題があるとすれば、目の前に泣いている女の子がいるということだ。

2019-05-11 21:46:12
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

何でこんなところにと言う疑問は、彼女が姿形を見て解消した。僕と同じ、連邦空軍の飛行服。眉の高さで水平に切りそろえられた前髪と、肩の高さで同じく水平に切りそろえられた後ろ髪が、人形みたいにくりくりと可愛らしい印象を強める。 ……そしてその上にのった、猫と同じ形の耳。

2019-05-11 22:10:12
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

よく見れば部隊章は第37飛行隊のもの。同じ基地の部隊だが、僕の居る第21飛行隊と違って、少数民族で構成される部隊だ。 なるほどと思った自分が嫌になる。徴兵される人数は、各民族の総数に合わせた固定値だ。この少女の出身地では大人が足りなくなったから、彼女が駆り出されたのだろう。

2019-05-11 22:16:22
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

全ての民族は平等に。年齢は関係ない。連邦政府は大義名分の為に、こんな子供を戦争に使うことを合法化したのだ。

2019-05-11 22:16:38
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

「やあ、どうも」 そう、声をかけてから、自分自身の行動を合理化する根拠が頭の中に浮かんでは消えていった。友軍同士なのだから協力しない理由がないとか、遭難者同士協力した方が生存率が上がるとか。 だが実際のところは、もっと衝動的なものだ。 ただ、泣いている子供を放っておけなかった。

2019-05-11 22:20:30
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

声をかけてようやく、僕が近づいて来たのに気付いたようで、酷く驚いた顔をされた。僕は味方だとアピールするために、飛行服の国籍マークを指差した。

2019-05-11 22:29:41
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

「僕はイェルバの村のアントン。第21飛行隊の中尉。パイロットをやってる」 泣き止まない彼女を前にどうしたらいいかわからなくて、取り敢えず自己紹介をした。怪しい者じゃないアピールに必死ともいえる。 「君はどこの子?」 相手にも自己紹介を促す。相互の自己紹介は、アイスブレーキングの初手。

2019-05-11 22:39:26
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

それに猫耳族とは、交流がないわけでもない。以前別の戦区で撃墜されたときに、集落に一晩泊めてもらったことがあった。もし彼女がその時お世話になった部族とかかわりがあれば、そこをとっかかりに会話を膨らませられる。

2019-05-11 22:43:45
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

「……うっ、ぐすっ…イクシュバルの子、ラダナ。少尉。パイロット」 ドンピシャだ。まさしく、以前に助けてもらった部族の者だった。 「本当かい?イクシュバルの人たちには前に助けてもらったことがあるんだ。前に撃墜されたときに、落ちたのが集落近くでさ、ご馳走になって、道も教えてもらった」

2019-05-11 23:06:28
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

「おじさん……アン…トニー?さん、イクシュバルの縁者なの?」 アントンお兄さんです。 ともあれ泣くほどのことから気をそらせたので、このまま会話をつなぐ。 「うん、そうさ。それより下から見てたけど、すごい操縦上手だね。今回は撃墜されちゃったけどたまたまさ」

2019-05-11 23:50:05

#・・・

同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

猫耳幼女と二人で、廃墟で夜を明かした。

2017-07-20 06:41:20
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

火はおこさなかった。敵に見つかるから。 穏やかな空を敵の夜間戦闘機が飛びさって、ああやっぱりなと思った。

2017-07-20 12:31:34
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

食事は、取り敢えずは心配してなかった。 僕もこの子も、非常用携行糧食を持っていたから。基地に帰るまではもつだろう。

2017-07-20 12:33:46
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

そう言えば、この子はそれをわかっているだろうか。不安を煽りたくないけど、勘違いしていたらそれはそれで困る。 僕の苦笑いを見て、キョトンとした表情。 わかってないのかもしれない。でもどうやって、それを伝えようか。

2017-07-20 12:37:38
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

「助けは来ない」 結局、単刀直入に伝えた。うまい言い方が思い付かなかったんだ。 とたんに絶望に染まる表情を見て、途方もない罪悪感を覚える。 そんな目で見ないでくれ。

2017-07-20 12:41:00
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

「ああ、大丈夫! 基地には帰れるから! 大丈夫!」 慌てて大丈夫、大丈夫と連呼したが、いまいち自信はなかった。 道は大丈夫だ。この辺りはよく知ってる。迷うことは多分ない。 でも敵兵に出会ったら?野生動物の分布は? 軽くなったホルスターを意識する。留め具が千切れて、中身はなかった。

2017-07-20 17:28:53
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

微妙な不安は見抜かれたようで、"大丈夫"は信用されてないようだった。 こういう時は根拠だ、根拠を示そう。なるべく自信ありげに。 「僕はこの辺に詳しいからね。ちょっと歩くけど、迷うことはないよ」 多少なりとも効果はあったようで、表情から暗さは消えたが、不信げな視線が残った。

2017-07-20 18:00:31
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

くそう、そもそもこいつが簡単に千切れるのが悪いんだ。 ホルスターのまわりを弄ると、結構な力がかかったようで、留め具だけでなくまわりの縫い目もだいぶ傷んでいるようだった。 ん、この硬い感触はなんだろう? ああ、あれか! 流石僕だ、良いものがあるじゃあないか!

2017-07-20 18:11:47
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

「まって、良いもの見つけた」 不審げな視線が強まる気がしたが、こいつはとっときだ。流れを無視して挽回出来よう。 左手で隠しポケットをまさぐって、小さい紙のケースを取り出した。

2017-07-20 22:11:57
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

「これな~んだ」 「大河屋の羊羮!」 マジかよ、知ってんのかよ。 これに取り出したるは、老舗大河屋の小羊羮。素晴らしいその味は多くの兵士を魅力した至高の甘味。首都でしか購入できない故ろくに流通しないのが難点だが、まさか知っているとは……。

2017-07-20 22:23:30