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深海さかな @dzurablk_kai
海と空はよく似ている。任務で空を飛ぶ度にそう思う。 群青と漆黒の溶け合う狭間、一切の生物種の存在を許さない高度2万メートル。見あげた先には宇宙の闇が、周囲に目を転じると地上では決して拝むことのできない深い蒼の世界が広がっている。 #あの群青の海を越えて
深海さかな @dzurablk_kai
海抜高度を原点として、そこから上下方向への偏差が大きくなればなるほど、周囲を満たす物質の色みが群青から漆黒へ近づいていく理屈だ。そういう意味では先の『空と海が似ている』という考えは、自分でもとても気に入っていた。だが理解者は少ない。 #あの群青の海を越えて
深海さかな @dzurablk_kai
なぜなら今、自分はマッハ3以上の高速で飛行しているのだから。それを可能とするロッキードSR-71の生産数はかなり少ない。旅客機よりも遥かに高い高度6万フィートでの、時速3000キロメートルの空の旅では他の人間に出くわす方が稀だ。 #あの群青の海を越えて
深海さかな @dzurablk_kai
空と海、よく似た二つの空間の最大の違いが、そこに住まう生物の存在である。深海は希少なアミノ酸や鉱物成分を養分に数多の生物がひしめいているが、この成層圏に生息している生物はいない。ただ人類が自ら産み出した航空機という鋼鉄やチタンのゆりかごで短時間飛ぶのみ。 #あの群青の海を越えて
深海さかな @dzurablk_kai
海から生まれたはずの人類は、いつしか空飛ぶ鳥すらも飛び越して、太陽系で最高峰と言われている火星のオリンポス山なみの高度を闊歩するようになっている。それをギリシャ神話の神々は一体どんな思いで見下ろし、あるいは見あげているのだろうか。 #あの群青の海を越えて
深海さかな @dzurablk_kai
「インターセプター、来ます」 そんな物思いに耽っていると、徐に後席から人間の声がした。オキナワにあるベースカデナを発って初めて、無線以外で耳にする人語だった。バーガディシュ中尉、白人、28歳、未婚。好物はチキンブロス、三食に一回は口にする。 #あの群青の海を越えて
深海さかな @dzurablk_kai
「チシマまでの時間は」 「あと数分です、大尉」 超音速機SR-71の任務は、偵察と情報収集。今日のフライトプランは基地を離陸した後東周りに日本列島を迂回し北上、近年ソ連が軍備増強の動きを見せているという千島列島の偵察写真を撮影し同じコースで帰還というもの。 #あの群青の海を越えて
深海さかな @dzurablk_kai
現在進行形でイラクでは湾岸戦争をやっているご時勢に随分呑気なものだとブリーフィングでは呆れたものだが、迎撃機が上がったとあっては呑気だなんだと悠長に構えてはいられない。 「方位からしてウラジオストクからの機です」 西から追いすがってくる形。 #あの群青の海を越えて
深海さかな @dzurablk_kai
相手がただの戦闘機であれば、音速の三倍の機速で逃げ切れる。だがソ連軍機は十中八九ミグ31フォックスハウンド邀撃機であろう。最大速度はSR-71と同じマッハ3。超音速・長高空飛行は何も西側機だけの専売特許ではないのだ。 #あの群青の海を越えて
深海さかな @dzurablk_kai
生物が存在しないはずの高空で、初めて出会う生き物が同じ人間というのは奇妙な因縁を感じずにはいられない。ましてやそれが敵対しあう国家に属した人間どうしとあっては、皮肉にすら思える。人類の集合無意識は争い以外でコミュニケーションを取る気が無いのだろうか、と。 #あの群青の海を越えて
深海さかな @dzurablk_kai
「チシマの東500キロで側方カメラを使い撮影の後反転、日本列島を陰にして撒く」 「ラジャー」 SR-71専用のパイロットスーツはさながら宇宙服のような代物、とにかく暑い。早く帰って熱いシャワーを浴びたい。それにコーヒーとタバコ。そしてCNNで湾岸戦争の中継を見る。 #あの群青の海を越えて
深海さかな @dzurablk_kai
バーガディシュはどうするだろうか、またいつものチキンブロス? いや、たまには二人で外食もいい。チャンプルーでビールというのはどうだろう。豚肉を使ったソバでもいい。なんにせよ今は考え事をしながらの平和なフライトから一転した修羅場から一刻も早く離脱したかった。 #あの群青の海を越えて
深海さかな @dzurablk_kai
…だが、このときの二人はまだ知る由も無かった。 彼らが二度と、生きてオキナワの土を踏めないということを。 #あの群青の海を越えて
深海さかな @dzurablk_kai
「キンジャールより各機、状況報告」 ミグ31のコックピットで無線に向けてそう口にした途端、メニツキーは不機嫌さが声音に出てしまったことを恥じた。 「クリプトン、接敵せず」 「キルター、ノーコンタクト」 「ケッグラー、同じく」 三機の部下からの返答は素早かった。 #あの群青の海を越えて
深海さかな @dzurablk_kai
部下のパイロットたちは皆、メニツキーのさっきの空中給油で些細なトラブルが生じたことを知っている。きっと今頃は無線に聞こえないところで、相棒と笑いあっているのだろう。 「なあヴァレリー、その…悪かったよ」 無線を切って相棒に詫びるも、返答は無い。 #あの群青の海を越えて
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ことの始まりは数十分前、サハリン上空でのこと。南から千島列島に向け飛来する高速の偵察機を迎撃に上がったメニツキーらは、イル78空中給油機から給油を受けていた。ミグ31の航続距離は2500キロ程度。 #あの群青の海を越えて
深海さかな @dzurablk_kai
ウラジオストクの北300キロに位置するチェグエフカ基地から千島列島までのオホーツク海上空の往復には心もとない。それに今日はミサイルが満載してあるので離陸重量も過大気味で、燃料搭載量は最初から減らしてあった。 #あの群青の海を越えて
深海さかな @dzurablk_kai
今にしてみればそんな長大かつ過酷なフライトに、相棒もイラついていたのだろう。だから、二日酔いで機嫌の悪かったメニツキーと彼の相棒が、機首左側にある受油プローブを給油ホースの傘に乱暴にぶつけたことを切欠に口論に至ったのも、致し方のないことであった。 #あの群青の海を越えて
深海さかな @dzurablk_kai
『…アナタとの関係は、基地に帰るまでよ』 メニツキーの耳に無線とは異なる、どこか金属的な、それでいて低高度や燃料残量僅少時に流れる自動音声とも違う女性の声が響いた。 『私みたいな神経質で面倒な女、さっさと捨てればいいじゃない。 #あの群青の海を越えて
深海さかな @dzurablk_kai
それとも、私の方からアナタをベイルアウトさせればいいのかしら?』 声の主は、この機体の主。メニツキーの背筋を冷たいものが伝う。真冬のオホーツク海にベイルアウトなど考えたくも無かった。 彼は心底、後席のフライトオフィサを頼りたかった。 #あの群青の海を越えて
深海さかな @dzurablk_kai
きっと同性の相棒が後ろに座っていてくれれば、こんな痴話喧嘩もすぐに取り成すか、前向きなアドバイスをくれたことだろう。だがこのミグ31は複座機にも関わらず、後席は空席のままだった。 理由はただ一つ。そこに座るはずの相棒は今、この戦闘機に姿を変えているからだ。 #あの群青の海を越えて
深海さかな @dzurablk_kai
マンマシンインターフェース、あるいは人間と機械とを繋ぐミッシングリンク。それに対する究極の答えが、祖国ソ連が産み出したこの戦闘機だった。シベリア軍管区に住まう限られた一族が、魔法か何かで自らが望む物体に姿を変えることができる、という発見がその起源だった。 #あの群青の海を越えて
深海さかな @dzurablk_kai
女性は背中に巨大な鳥の翼を持っていることが特徴の、その一族の有用性を、冷戦構造の維持に躍起になる軍部が見逃すはずがなかった。ツァギの研究所で導き出された理論上最高の空力特性を持つ機体デザインを、その羽根族と呼ばれる少女たちに模して変身させることで、 #あの群青の海を越えて
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