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日本の彫刻家②

日本の彫刻家を取り上げます。著名な彫刻家がかなり含まれていますが、ときにマイナーな彫刻家も取り上げます。(随時更新)
彫刻家
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酔生夢死 @koga_harue
橋本平八(1897〜1935) 詩人・北園克衛の兄。佐藤朝山に師事。院展彫刻部で活動し、日本美術院同人。後、帝展無鑑査。東洋的な想念に基づく独特の形態感を持つ木彫を制作し、オブジェ的な思考を造形化するなど、大正末期から昭和初期にかけて異色の彫刻家として活躍した。 pic.twitter.com/RpzmPgILUf
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渡辺義知(1889〜1963) 日本美術学校卒。二科会彫刻部で活動し、藤川勇造と共に番衆技塾で指導に当たる。戦前から戦中にかけて二科展出品の連作《国土を護る》で名声を高めた。戦後、二科会の日展参加をめぐる対立から除名され、日展招待作家となる。二科展二科賞受賞。 pic.twitter.com/sqV0GSGP91
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朝倉響子(1925〜2016) 彫刻家・朝倉文夫の次女。姉は日本画家・舞台美術家の朝倉摂。戦後、日展で活動するが、1956年、脱退。後、集団現代彫刻の結成に参加。長野市野外彫刻賞、中原悌二郎賞優秀賞受賞。日本を代表する女流彫刻家で、現代的で都会的な女性をスタイリッシュに表現。 pic.twitter.com/sQ94P0qlJx
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木内克(1892〜1977) 朝倉文夫に師事。官展に出品。渡仏し、ブールデルに師事。ギリシアのアルカイック彫刻に傾倒し、テラコッタの技法を習熟する。帰国後、二科会で活動したが戦後、新樹会で活動。毎日美術賞、中原悌二郎賞等受賞。バロック風の動きに満ちた量感豊かな作品を制作。 pic.twitter.com/cucIuJgw4P
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喜多武四郎(1897〜1970) 川端画学校で学ぶ。戸張孤雁に師事。日本美術院研究所に入り彫刻を学ぶ。院展彫刻部で活動し、日本美術院同人。院展彫刻部解散後は日本画府彫塑部会員に迎えられる。院展文部大臣賞受賞。細部を省略した造形を特色とし、石井鶴三や会津八一から高く評価された。 pic.twitter.com/TPHhO33K1Z
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佐藤朝山(1888〜1963) 別号は玄々。山崎朝雲、高村光雲に師事。日本美術院同人。院展木彫の中心的存在として豊満で官能的、神秘的な作品を発表した。渡仏し、ブールデルに師事。帝国芸術院会員に選ばれる。晩年は院展を脱退。日本橋三越の大作《天女像》(1960年)が有名。 pic.twitter.com/IvfDz7ZDJi
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長谷川義起(1891〜1974) 東京美術学校卒。高村光雲に師事。官展、日展で活動。日展評議員、日本彫塑家クラブ理事、日本陶彫会委員長、北陽美術会理事を歴任。紺綬褒章受章。スポーツ、特に相撲をテーマにした作品を得意とした。 pic.twitter.com/vCTluidqVf
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小田襄(1936〜2004) 東京藝大卒。菊池一雄に師事。新制作協会会員。中原悌二郎賞優秀賞、ヘンリー・ムーア大賞展優秀賞、神戸須磨離宮公園現代彫刻展朝日新聞社賞、現代日本彫刻展大賞等受賞。多摩美術大教授、日本美術家連盟理事長を歴任。ステンレススチールによる独自の造形世界を展開。 pic.twitter.com/vsNtayyr2S
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北村正信(1889〜1980) 彫刻家・北村四海の養子。太平洋画会研究所に入り、北村四海、新海竹太郎に師事。官展、日展で活動。大理石彫刻を得意とし、文展初入選以来、約70年にわたり官展、日展に出品を続けた。日展評議員を歴任。 pic.twitter.com/db3iZZwK3j
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朝倉文夫(1883〜1964) 東京美術学校卒。官展、日展で活動。東京美術学校教授を歴任。帝国芸術院会員、帝室技芸員、文化功労者に選ばれ、文化勲章受章。卓抜な彫塑技術と忠実な自然観察による写実描写で官展系彫刻に多大な影響を与えた。長女・朝倉摂は舞台美術家、次女・朝倉響子は彫刻家。 pic.twitter.com/qJWmdM4GvE
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