多様なメンバーで構成される集団が自明ではない「正解に達する」ための要因は何か?

東日本大震災に伴う原発事故以後に起きている問題の、解決に必要な要因について、福島大学の飛田操先生(@hidarin911)の考察をまとめました。 飛田先生が司会をお務めになったシンポジウム「被災地の明日を探る社会心理学」(6/6/2015開催)は、下記のウェブサイトで録画と発表資料を閲覧できます。 日本社会心理学会2015年度第59回公開シンポジウム (発表資料は各話題提供者の発表タイトルのリンクから、録画は「開催趣旨」の「当日動画」から) http://www.socialpsychology.jp/sympo/59.html 続きを読む
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ひだりん @hidarin911

エマージェントな状況から事態が膠着し始めてきて,一部のアクティブな学生たち,一部の楽観的な学生たち,不安を持ちながらも誰かが何かをしてくれるのを待っている学生たちと,学生たちのあいだでの非類似性が顕在化してきているかな。もちろん,教員のあいだでも。

2011-05-14 10:17:42
ひだりん @hidarin911

非類似性の顕在化は,相互の感情的対立を導く可能性がありますよね。お互いがお互いを攻撃するようになってしまいます。先鋭的な人たちはますます先鋭的になる。相互の攻撃は何も産み出さないばかりか,有害です。不安や心配はわかるけど,競争的な関係から協同的な関係への移行を図っていきましょう。

2011-05-14 12:14:25
ひだりん @hidarin911

均質な意見や判断をするメンバーからなる集団は集団凝集性は高くなるけれども,信じられないくらい愚かな判断をすることがあることがわかっています。自分と異なった意見や判断を有するメンバーの存在は,集団の判断にとって貴重なのです。たとえコミュニケーションが面倒で感情的に好ましくなくても。

2011-05-14 12:21:20
ひだりん @hidarin911

問題には客観的な正解が存在し,問題を解決すればすぐに正解が明らかになるものと,客観的な正解は存在していなくて,正解かどうかがわからないものとがあり,今,私たちが直面しているのは,客観的な正解はおそらく存在しているのけれど,その正解が明確になるのは数年後という問題だろうと思います。

2011-05-14 12:35:26
ひだりん @hidarin911

正解の基準が明確でない場合,メンバーの誰かが正解に達したとしても,集団は正解に達しないことがあります。「馬の取引」問題は,数学的には正解が存在しているのですが,正解のロジックを他のメンバーに納得してもらうのがたいへんなので,正解者がいることが即,集団が正解することになりません。

2011-05-14 16:26:13
ひだりん @hidarin911

このような問題の場合,集団のなかの正解者と不正解者の割合や布置が重要となります。つまり数学的・物理的な問題であっても,集団での問題解決過程においては,社会的なファクターの影響が大きくなるのです。

2011-05-14 16:28:18
ひだりん @hidarin911

正解の基準が明確でない場合,集団のなかで正解者の割合が大きいほど,その集団は正解に達する可能性が高く,不正解者の割合が大きくなるほど,その集団は正解に達することが難しくなるのです。

2011-05-14 16:29:58
ひだりん @hidarin911

正解の基準が明確な場合は,集団のなかに一人の天才がいれば,その集団も正解に達することがきます。9点問題というのがあります。3×3の正方形に並んだドットを4本の直線で一筆書きできるかという問題です。この問題は正解の基準が明確なので,誰かが正解に達すれば,他のメンバーも納得します。

2011-05-14 16:33:47
ひだりん @hidarin911

ひとりの天才や,強烈なリーダーシップを発揮してくれるカリスマ的なリーダーが現れるのを待ち望んでいる人が多いかもしれません。ただし,現在,私たちが置かれているのは,ひとりの天才やカリスマ的なリーダーの出現によって問題が解決するかどうかが不明確な状況なのだと思います。

2011-05-14 16:41:24
ひだりん @hidarin911

では,私たちはどうすればいいのでしょうか?非類似性の高い多様なメンバーから構成されている集団が「正解に達する」ための要因や条件には,どのようなものがあるのでしょうか?シニカルやヒステリックになることなく,集団問題解決の研究者として,きちんと考えてみたいと思います。しばしお時間を。

2011-05-14 16:52:16
ひだりん @hidarin911

馬の取引問題というのは,「ある人が馬を60ドルで買いました。そして、その馬を70ドルで売りました。その後、その馬を80ドルで買い戻しました。最後に、その馬を90ドルで売りました。この一連の取引で、この人はいくら儲けたでしょうか?」というものです (Maier & Burke)。

2011-05-16 08:36:18
ひだりん @hidarin911

馬の取引問題には,客観的な正解が存在しています。しかし,正解の正しさが自明ではないので,他の解答を信じている人を説得して,集団で合意するのはとても難しくなります。

2011-05-16 08:38:10
ひだりん @hidarin911

「60ドルで買った馬を70ドルでうったのだから,この取引で10ドル儲け,70ドルの馬を80ドルで買ったのだから10ドルを損し,80ドルの馬を90ドルで売ったのだから10ドル儲け,合計10ドル儲けた」という解答は「不正解」です。そして,この人に正解を納得してもらうのは大変ですよね。

2011-05-16 08:42:23
ひだりん @hidarin911

「最初の馬を買った時点で60ドル損をしている,最初の取引で10ドル儲けたが,次に買い戻したとき80ドル損をしているので,次に10ドル儲けても,合計で120ドルの損失である」というのも「不正解」です。でも,この不正解を正解だと信じている人を説得するのはとてもたいへんです。

2011-05-16 08:44:35
ひだりん @hidarin911

つまり,正解の正しさが自明ではない場合,ある解を正解だと信じている人と別の解を正解だと信じている人とのあいだの相互理解や合意形成がとても難しくなるのです。さらに悪いことに,このコミュニケーションの困難さは,相互の魅力の低減や,あるいは,敵意さえももたらしてしまうことがあるのです。

2011-05-16 08:48:01
ひだりん @hidarin911

ぼくのツィートでは,この非類似性がもたらすコミュニケーションや合意形成の困難さと,それにともなう魅力の低減,敵意の増加の危険性を繰り返し述べてきました。そして,それにもかかわらず,多様な意見や判断が持つ重要性や価値について言及してきました。

2011-05-16 08:52:08
ひだりん @hidarin911

なぜなら,いま,日本で起こっていることの一つが,このような現象のようにも思えるからです。正解の正しさが自明でない状況において,集団はどのように意志決定し,問題解決し,創造性を発揮していくのでしょうか。

2011-05-16 08:54:14
ひだりん @hidarin911

ちなみに,馬の取引問題は,「ある人が,馬を60ドルで買いました。そして,その馬を70ドルで売りました。その後、別の馬を80ドルで買いました。最後に、その馬を90ドルで売りました。この一連の取引で、この人はいくら儲けたでしょうか?」と表現すると正解率が格段にアップします。

2011-05-16 09:12:24
ひだりん @hidarin911

つまり,問題は,その構造は同じでも,どのように表現されているのかによって,解の困難さが異なることになります。

2011-05-16 09:13:09
ひだりん @hidarin911

そうなのです。すると集団が正解するためには,成員に初期正解者が「多数」でなければならないことになりますよね。 @daihiko 解の自明性が低ければ、多数派主導型の意思決定が行われやすい。そういう状況では、当然「創造性」は発揮されにくい

2011-05-16 09:16:05
ひだりん @hidarin911

集団に正解者が多く付置していないと,その集団は正解することができないとするならば,集団内に正解者が多くなるように正確な情報を提供すべきです。だから,情報の隠蔽や曲解は慎むべき。

2011-05-16 09:19:00
ひだりん @hidarin911

もうひとつは,集団に初期正解者が少ないとしても,集団が正解する場合があることがあるわけで,その条件やメカニズムを明らかにすることも大切だと思っています。

2011-05-16 09:20:03
ひだりん @hidarin911

集団内に正解者が多数となるための施策として,中長期的には教育の重要性を考えることができます。この場合,研究拠点校重点配分方式は意味をなさないばかりか,逆効果でさえあります。全体の底上げをすることが大切になるのです。全体が底上げされれば,そこからエリートも輩出するようになります。

2011-05-16 11:36:56
ひだりん @hidarin911

教育の重要性はもちろんとしても,短期的な効果をもたらすことも早急に考えなければなりません。まずは集団サイズから検討してみます。ただし,集団のサイズの効果についてはほとんど解明されていません。一般に,集団サイズが大きくなったからといって,効果的な問題解決が可能になるとは限りません。

2011-05-16 14:32:11
ひだりん @hidarin911

集団が大きくなると,活動に積極的に参加する成員と消極的な成員とが分化し,フリーライダーが出現し,問題と関連のない話題の割合が多くなり,集団にサブグループができ,そのサブグループ内だけでの話し合いが生まれ,全体へのフィードバックがなくなってしまうなどが起こってしまいます。

2011-05-16 14:38:48
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