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chitose @kasega1960
私は自分をカウンセラー向きの性格と思っていません。 私の師、故・村瀬孝雄先生は、私をフォーカシングの研究者、トレーナーとして買ってくれてはいましたが、現場臨床に出たいという希望については最初は首を縦に振りませんでした。
chitose @kasega1960
結局先生は根負けして、学生相談の非常勤の仕事を紹介して下さいました。 自分のそうしたキャリアを振り返るにつけ、反省点ばかりで、決して有能なカウンセラーではなかったと思います。
chitose @kasega1960
しかし、鎌倉で開業してから己れを振りかえるうちに、ようやく、カウンセラーとしての在り方に、そこそこの自負を持つようになりました。
chitose @kasega1960
それをブログ「カウンセラーこういちろうの雑記帳」(今では「カウンセラーchitoseの雑記帳」とタイトルを変えています)でつらつらとエッセーとして書き貯めるうちに、若いカウンセラーへの呼びかけに近い文章が多いことに気がつきました。
chitose @kasega1960
自分のことを棚にあげて、かなり辛辣で攻撃的な、手厳しいことも書いていますが、何か新鮮な刺激剤になればと思っています。 なお、私が専門としている技法、フォーカシングについて、何の予備知識もない人にはわかりにくい書き方になっていますが、そのままにしています。
chitose @kasega1960
フォーカシングについて知りたい方は、私が同時に出した「入門・フォーカシング」(鳥影社)をぜひお読みください。
chitose @kasega1960
カウンセラーとしてしか生きられないからカウンセラーをしているだけ?  精神科医の中井久夫先生がおっしゃっていたことなのですが、  「他科の医者から精神科に転じた医者というのはたいへん多い。しかし、精神科から他科に転じた医者というのはほとんどいない」。
chitose @kasega1960
私はこの言葉がずっと気になっていました。  「他の職種の社会人経験を経てカウンセラーになった人は実に多い。しかし、カウンセラーを捨てて他の職種の社会人になって成功したという人の話は滅多に聞かない」  というのも真実な気がして。
chitose @kasega1960
文筆業を別にすれば、「精神科医」「カウンセラー」としての経歴もあって、他の業界でも成功した人、というのは、世界的に見ても、滅多に聞かない気がします。
chitose @kasega1960
既に亡くなった 指揮者のジュゼッペ・シノーポリも、精神医学を学んだ経歴はありますが現実の臨床現場に出た経験があるという叙述を少なくとも私は知りません。博士の学位をいくつもの分野で取ることそのものはヨーロッパのインテリではありふれたことですから。カール・ベームも「法学博士」だった。
chitose @kasega1960
私が見たところ、カウンセラーは、私生活では内面に非常な葛藤を感じながら成長し、現在も苦悩ある家庭環境の中にある場合が少なくないように思います(そういう中で頑張っておられる皆様が多いことは理解しつつ)。
chitose @kasega1960
少なからぬ場合、今も癒しを求めている未熟な人間なのがカウンセラーなのです。人を癒すことで自分が癒されている。そこにはカウンセラーの、クライエントさんを巻き込んだエゴイズムが布置されています。
chitose @kasega1960
私は、プライメートでも、その人なりに幸福で、いい対人関係を築けるカウンセラーでないと本物ではないと確信しています。
chitose @kasega1960
カウンセラー以外の友人、いや、教師・福祉関係者など、広い意味での「対人援助職」以外の友人を持てているかどうか、大きな分かれ目だと思います。
chitose @kasega1960
自分から出て行ってでも、そういう「援助職」以外の知り合いを増やすべきです。「へえ、カウンセラーなんてやってるんですか?」からはじまり、実は、フツーの人種です、というのが地域コミュニティとかで受容されるのがいいでしょうね。
chitose @kasega1960
少なくとも、「人生の達人だから」カウンセラーになるわけではないのは確かでしょう。
chitose @kasega1960
もとより、カウンセラーとしての有能性が、その人の社会人としての適応の良さを前提としない面があることも確かです。   どんな分野でも、自分の専門を離れたら、生きる術をまるで見失う人は多いと思いますので、ことカウンセラーが特別ではないとも言えるでしょう。
chitose @kasega1960
でも正直、「現場臨床」への挫折感を体験して、「大学の先生」や「著述業」に走る精神科医やカウンセラーも少なくないと思います。
chitose @kasega1960
「自己開示」 という言葉が安易に使われる傾向がもある気がします。 ひとは「そこにーいる」というだけで、すでに自分の存在を世界に曝(さら)しています。 カウンセラーとクライエントさんの「言語的相互作用」なんて、その身体性の上に「乗っかってる」やり取りに過ぎないわけですね。
chitose @kasega1960
敏感なクライエントさんは、カウンセラーの語る「意味内容」と、声の調子やそぶり、漂わせる雰囲気が「一致していない」ことを、何となく察知しているものです。
chitose @kasega1960
クライエントさんは、すごい、歪曲された形でそれを意味づけ、カウンセラーの「本心」を決め付けてくることも少なくないのですが、それはクライエントさんの生育暦や素質のせいばかりではなく、その火種は、必ずカウンセラー自身も、大抵見え透いた、形だけの、薄っぺらな受容という形で蒔いています。
chitose @kasega1960
私は、クライエントさんが、えらく根の深い、ある種のボーダーライン性や妄想性を持つ場合は、「薄っぺらの」受容、あるいは「無理を重ねた」受容しかしなかった「歴代」カウンセラー、精神科医によって、「引き出され」、「増悪された」繰り返しの結果の可能性があると思います。
chitose @kasega1960
・・・これ以上はバラしません。出版社との契約にも関わるので、さわりだけ。こんな調子で28章続くと思ってください。
chitose @kasega1960
「カウンセラーこういちろうの雑記帳」を読まれてしまうと、私が浜崎あゆみ以前は熱狂的な中島みゆきファンだったことが一目瞭然となります。出版社も著作権支払いにたいへんだ、
chitose @kasega1960
・・・あ、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」には他にも北山修先生の「あの素晴らしい愛をもう一度」が繰り返して引用されてもいます。
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