【ミリマスSS】雨泥む窓#1 【すばゆり】

すばゆりの出会いあたりの話です。雨を探す物語。
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創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

オレは雨の日が好きなのかどうかわからない。いや、雨は嫌いなんだ。降り続ける雨。傘をバシバシと叩いて跳ねて、地面に落ちる。溶ける。土なんかはどろどろになって、あちこち水浸しになって、そりゃ水遊びできるくらいのでっかい湖ができるんなら大歓迎だけど、車が跳ね飛ばすぶんしかできない。 02

2019-06-16 20:05:00
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

雨は嫌いだ。でも、雨の日は嫌いじゃない。気がする。最近は。今日は雨。先週の今日も雨だった。先週。「スバルー!」ロコがオレを呼んでいた。765プロスクール。アイドルを育てる学校。学校というほどデカくはなくって、どっちかというと塾みたいな建物だ……オレは塾に通ったことないけど。 03

2019-06-16 20:10:00
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

その一室、というか廊下で、オレはぼーっとしていた。窓ガラスの外を斜めに雨が降り落ちていた。土をどろどろにして、グラウンドを使えなくして、靴をびしょびしょにする雨。いたれりつくせり……。「レッスン、5時からみたいです!」「んー」オレは軽く伸びをする。ぱきぱきと骨が鳴った。 04

2019-06-16 20:15:27
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「覇気がないですね、ダンスレッスンですよ!」「そうだなー」ロコはオレの隣に――赤いベンチだ、隣に座ってきた。雨のせいか、いつもならふわふわな髪がちょっとしなびていた。「ロコは雨、好きか?」「もちろん!好きですよ、キャンディー!ポップでキュートです!」ロコは目を輝かせた。 05

2019-06-16 20:20:06
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「そうじゃなくて、えーっと……まあそれでいいか」雨、の英語をド忘れしてしまって、オレはめんどくさくなる。ロコは不思議そうに首をかしげた。「キャンディーがどうかしたんですか?」「べつに」「キャンディーがどうかしたんですか?」「だからべつに……なんで……あ」 06

2019-06-16 20:25:00
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

なんで二回言うんだ、って言いかけたところで、二回目のその声が隣から聞こえたものじゃないことに気づいた。前だ。ちょっと遠い。二階に続く階段のところに、いた。声の主が。雨だろうか。汗だろうか。額から雫を垂らし、薄水色のラインが入った白地のタオルを首から下げている。 07

2019-06-16 20:30:00
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

クロワッサンみたいな編み込みの髪。もちもちの頬。「おつかれさまです」思い出したように、その子……七尾百合子は言って、おじぎをした。「おー、おつかれ」オレはそっけない感じでそう言った。そっけなさすぎたか。大丈夫かな。ロコは緊張しているのかなんなのか、おじぎを返しただけだった。 08

2019-06-16 20:35:00
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「私、持ってますよ」百合子はそう言って、ジャージのポケットをまさぐった。そんなとこから出てくるのか。何が出てくるのかはまだわからないけど、百合子はそんなとこから物を出すタイプには見えない。「どこだっけ」尻ポケットを探している。やがて百合子は諦めたのか、探すのをやめた。何かを。 09

2019-06-16 20:40:00
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「キャンディーじゃないんだ。キャンディーを探してるわけじゃない」それとなくオレは助け船を出す。百合子は一瞬驚いたような表情をしたが、安心したようだった。ほっとした、みたいな顔になった。もう探さなくてよくなったからだろう。「雨」「あめ?」「それ」そうしてオレは窓の外を指さす。 10

2019-06-16 20:45:00
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

百合子とロコが窓の外を見て、ああ、とつぶやいた。「レインのことだったんですね、スバル」なぜかロコは耳元で囁く。「えーと……」百合子は外を眺め、何か考え事を始めた。百合子はつい最近このスクールに入ってきた子だ。オレたちの方が少しだけ先輩だけど、どうやら年齢は一緒らしい。 11

2019-06-16 20:50:00
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

百合子はよく本を読んだり、何か考え事をしたりしてる。頭がいいんだろう。ここにはいろんな子がやってくる……。「レッスンしてたのか?」二階にはレッスンルームしかない。二階から来たんだから、レッスンで間違いない。けど百合子は、窓の外を見ながらまだ何かを考えているみたいだった。 12

2019-06-16 20:55:00
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「おーい、……聞こえてるかー」百合子、と名前を呼ぼうとしたけれど、自信がなくて呼ぶのをやめた。そもそもオレの名前知ってるんだろうか。「あ、はい!なんでしょう」「レッスン?」「あ、はい!さっき終わって……ダンスの!……永吉さんと伴田さんも、レッスンですか?」「ロコです!」 13

2019-06-16 21:00:00
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

ロコは急に活気づいた。譲れない一線に引っかかったんだ。「ロコはロコです!」「あ、わわ、ごめんなさい!ロコ……さん!」「オーケーです!」ロコはふん、と鼻を鳴らした。百合子がちら、とオレを見た。「昴でいいよ」「は、はい!昴さん……昴さん」百合子はぶつぶつと繰り返しつぶやいた。 14

2019-06-16 21:05:00
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

二階から誰かが下りてきた。百合子の肩をぽんと叩く。百合子はびくっと肩をすくめた。「百合子、おつかれー!お、あんたら来てたの」ダンスの先生がオレたちを手招きする。「ちょっと早いけどもう始めよっか」「アグリーです!」ロコはひょこひょこと階段を上っていく。オレはそのあとに続く。 15

2019-06-16 21:10:00
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

振り返る。百合子はまだ窓の外を眺め続けていた。いったい何を考えてるんだろう。「またな」と言おうか言わないでいようか迷ったけど、考え事を邪魔するのも悪いし、オレは何も言わずに階段を上がりきった。百合子の名前を呼ぶタイミングを逃したな。レッスンルームに入る直前に気づいた。 16

2019-06-16 21:15:00
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

レッスンはふつうに終わった。雨のせいかすごいむんむんしてて、いつもより汗がたくさん出る。額を流れる水滴は、やっぱり汗だ。「ロコ、この後どうする?」「ちょっとビジュアルの先生に相談したいことがあるんです。このユニフォームのコンセプトについて!」ロコは自分のジャージを指さす。 18

2019-06-16 21:25:00
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「コンセプト……?」オレたちが着てるのは何の変哲もないジャージだ。それぞれの名前が刺繍されてるくらいで、コンセプトなんてあるようには思えなかった。「まあ、そっか。じゃあ下で待ってるよ」「了解です!」ロコはビジュアルレッスンルームに猛ダッシュしていった。オレは荷物をまとめる。 19

2019-06-16 21:30:00
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

階段を下りて、思わずオレは「マジか」と呟いてしまった。百合子は、まだ窓の外を眺めていた。オレたちが座っていた赤いベンチに腰掛けて。よっぽどヒマなのか、それともめっちゃ面白いものが窓の外にあるのか。窓の外を見てみたけど、さっきと変わらず、ただ雨が斜めに降り続けているだけだった。 20

2019-06-16 21:35:00
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

話しかけるのも少し気まずくて、オレは降りてすぐのロッカールームに入る。ジャージを脱ぐ。やっぱりコンセプトなんてないように思える。ロコは何を話しに行ったんだろうか……。いつもならこの後外で素振りをしたり壁当てをしたりするんだけど、雨降ってるし、シャドーピッチングあたりだろうか。 21

2019-06-16 21:40:00
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

でもどこでやろうか。レッスンルームは埋まってる。廊下?百合子いるしなー。着替え終わる。百合子は相変わらず、窓の外を見ていた。「おーい」返事はない。オレはこっそり近寄って、とんとんと肩を叩いた。「わぁあっ!」「うわぁ!」百合子は叫び、ごろごろと床を転がった。「驚きすぎだろ」 22

2019-06-16 21:45:00
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「あ、あはは、すいません。私、ちょっとこういうところあって」「こういうところ?」「はい。考え事してたら別世界が見えるんです」「別世界……?」「だからこっちに戻ってくるのに少し時間がかかってしまって」百合子は大真面目にそう言ってるみたいだった。変わった子だ、そう思う。 23

2019-06-16 21:50:00
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「もーそーってやつ?」「いえ。それもあるかもですけど、私の能力で。どんな名前をつけるかちょっとまだ迷ってますが。理想郷(ユートピア)か幻想世界(ファントムワールド)か……」「へぇ」そこでいったん、会話が途切れた。百合子がまた窓の外に視線を戻していたからだ。 24

2019-06-16 21:55:00
創務丹/蝶乃雨冠(チョウノ ウカンムリ) @chou_tan_

「あのさ」百合子がオレの方を向いた。ゆっくりと……顔にかかる日差しに雨粒の影が降り、雨粒がガラスを垂れ落ちるスピードに合わせて世界がゆっくりになったみたいだった。「何を考えてるんだ?」ぱち、というまばたきの音が聞こえる。百合子がまばたきをしていた。「雨を探してるんですよね」 25

2019-06-16 22:00:00