北村講師との出会いと黎明期のJCウイルス研究――致死的な脳症(PML)を惹起するJCウイルスが非免疫抑制患者や健常人の尿に頻繁に排泄されている!?

1980年代の半ば過ぎ、東大医科学研究所のウイルス感染研究部の助手だった私は東大病院分院の北村唯一講師(当時)と共同研究を始めた。当初のテーマは「非免疫抑制患者や健常人の尿からのBKウイルスの検出」だった。この研究をスタートしてみたら図らずも、致死的な脳症(PML)を惹起するJCウイルスが非免疫抑制患者や健常人の尿から頻繁に排泄されていることを発見した。本「まとめ」では、先ず、北村講師との出会いを紹介し、次いで、尿からJCウイルスを検出するに至った経緯を説明し、最後に、尿中JCウイルスの発見の意義について論じる。
PML 進行性多巣性白質脳症 Southern法 泌尿器科 健常人 BKウイルス 尿中排泄 JCウイルス 北村唯一 非免疫抑制患者
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ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J
1980年代中頃、私は東大医科学研究所のウイルス感染研究部の助手だったが、渋田博教授から独立して、BKウイルス(BKVと略す)の遺伝子発現の研究を行っていた。ある日、渋田教授から「分院の北村君が患者組織からヒトパピローマウイルスを検出したいと言っているので、面倒をみてやってくれないか?」
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と頼れ、引き受けた。こうして、子宮頸癌の罹患歴のある女性患者の膀胱癌からヒトパピローマウイルス16型が検出された。この、世界で初めての症例は1988年に癌研究の専門誌に発表された。北村君こと、北村唯一先生(図1)は当時東大分院泌尿器科の講師であったが、1998年に東大医学部教授に昇進し、 pic.twitter.com/ZOPjZQgxvx
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平成天皇が前立腺全摘手術を受けた際、主治医を務めた。また、北村先生は以前フリークオーター実習生としてウイルス感染研究部に所属し、渋田博助手(当時)の指導を受けた。1980年代に戻る。膀胱癌からのパピローマウイルスが検出され、論文も受理された北村先生は、今後臨床に専念すると思われた。
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しかし、北村先生は私に指導してもらって、尿路ウイルス学をやりたいと言い出した。『急にそんなことを言われても...』と言いつつ、『泌尿器科医とBKウイルス研究者が一緒やるとすれば、健常人や非免疫抑制患者の尿からBKウイルスを検出するのが面白いかもしれない。』と呟いた。ここで私が置かれて
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いた状況を説明する。私が仕えていた前教授が定年退職した後も、私は今まで通りBKウイルスの研究を続けていた。そんな中、私を外へ放出しょうとする渋田教授の圧力が日に日に高まっていた。その圧力に負けないためには、絶えず研究成果をあげ続けるしかなかった。私はウイルスの遺伝子(DNA)を解析
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する分子ウイルス学を得意としていたので、これを売りに他の研究者とコラボする道を模索していた。そんな訳で、北村先生からの共同研究の申し出は願ってもないことであった。北村先生から話があった翌週、彼は患者尿を数十本運んできて、「さあ、実験を始めましょう!」と言ったのがこのプロジェクトの
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スタートとなった。ここで、当時用いたウイルスDNAの検出法について簡単に述べる(図2を参照)。外来患者または身近にいる健常人から採尿し、低速遠心と超速遠心により尿を分画後、徐タンパクを行い最終的に濃縮されたウイルスDNA液を得る。ウイルスDNAを特異的な部位で切断する制限酵素で消化する。 pic.twitter.com/rFsUvi2BQS
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消化物をアガロースゲルで電気泳動する。アガロ-スゲルの中で長さに応じて分離したDNA断片をニトロセルロース膜(NC膜)へ転写し、固定する。このNC膜とアイソトープで標識されたウイルスDNA(プローブという。)を溶液の中で68℃にて、1日~2日反応させる。反応が終わったNC膜を洗浄。風乾後、暗室で
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X線フィルムに重ねてカセットにセット。-80℃で1日~数日間露光する。その後、室温に戻したX線フィルムを暗室で現像する。以上簡略に述べた手法はサザン・ハイブリダイゼーションと呼ばれ、30年前は分子生物学分野で盛んに使われた。制限酵素はDNAの配列をスキャンして、特定の4~8塩基配列を探し
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出し、その場所でDNAを切断するものであり、近年の分子生物学の発展に不可欠の道具のひとつであった。さて30年前に戻ろう。私たちが用いた制限酵素はBKV DNAを4か所で切断し、サイズが異なる4断片を産生することが期待されていた。現像を終えて暗室から出てきた北村先生に、どうだったかと尋ねると、
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X線フィルムを見せながら、「薄いバンドがあるけど、上の方にあるので切れてないみたいです。」と言った(図2、パネルA)。私は「消化するときに制限酵素を入れ忘れた可能性もあるから、最初からやり直しなさい。」と指示した。彼は「ちゃんと入れました。」と言いたかったと思うが、黙って最初から
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やり直した。数日後に、結果が出たが、やはり薄いバンドが上の方に留まっていた。「妙な結果だが、繰り返し起きた。この結果は何を意味しているのか?」と自問した私は、はたと思い当たった。直ぐオフィスに戻り、文献を調べたら、やはりそうだった。尿に出ていたのはBKVと思っていたが、実は、近縁の
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JCウイルス(JCVと略す)なのだ。用いた制限酵素によって、BKV DNAは離れた4か所で切断され、サイズの異なる4断片が産生される(パネルA、標準BKV DNA)。一方、JCV DNAは制限酵素の切断部位が一か所に集中しているため、一本の長い断片と数本の小断片が産生される(パネルB、標準JCV DNA)。
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(ただし、用いた方法では細かい断片は検出されていない)。そこで私は北村先生に、次の実験を行うとき、JCV DNAを標準DNAとして用いること、ハイブリダイゼーションの際、プローブはJCV DNAを放射能標識して用いること、以上二点を指示した。私の指示に従って北村先生が行った実験の結果を、図2、
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パネルBに示した。検体1、3、5及び6および標準JCV DNAから一本の長い断片が産生された。また、検体から検出されたバンドは、BKV DNAをプローブとした時と比べて、数倍濃くなることも確認された。(BKV DNAはJCV DNAと相同性があるため、プローブとして32P-BKV DNAを用いた場合、検体中のJCV DNAと弱く
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結合して、薄いバンドを示したと考えられた。)以上の検討により、患者や健常人の多くが尿中にBKVでなく、JCVを排泄しているのが明らかになった。その後行った実験により、患者のみならず健常人からもJCVが頻繁に検出されること、JCVの検出率は疾患とは関係なく、加齢と共に上昇することが示された。
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尿中JCVの年齢階層別検出率に関する最新のデータを図3に示す。これは高感度でかつ簡便な検出法であるPCR法を用いて得られたものである。従来、JCVはエイズ患者、白血病患者など、免疫が低下する疾患を有する患者において、進行性多巣性白質脳症(通常、英語の頭文字をとってPMLと略す)を起す恐ろしい pic.twitter.com/0GvVBftcso
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ウイルスであると考えられていた。PMLを発症していない非免疫抑制患者や健常人の尿から、JCVが頻繁に検出されるという発見は実に予想外のことであった。私たちの発見の意義を確認するため、今回得られた結果と今までに得られていた知見を基にしてJCVの生活環を図4に描いた。尿と共に排泄された pic.twitter.com/FVVYMdZi6X
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ウイルスが子供に侵入する。体の中に入ったウイルスはその後、腎やリンパ組織に持続感染する。腎で増えたウイルスは尿中に排泄される。JCVはこのようなサイクルを回りながら、太古からヒトと共に生きてきたウイルスである。一方、エイズ患者など、免疫が下がる疾患を有する患者ではJCVは脳に行き、PML
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という致死的な脳症を起こす。PMLを発症させた脳内のJCVはもはや体外へ脱出できず、デッドエンドとなる。このような見解に立てば、PML患者の脳から分離されたJCVのみを用いて行われていた従来のJCV研究は一新されなければならない。新しいJCV研究は主に三つの分野から成る(図5を参照)。次回以降 pic.twitter.com/JHOWoiBCVf
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順不同で三つの分野で私たちが行った研究を紹介していく。引き続きご高覧をお願いしたい。 <文献> Kitamura T, Aso Y, Kuniyoshi N, Hara K, and Yogo Y. 1990. High incidence of urinary JC virus excretion in nonimmunosuppressed older patients. J. Infect. Dis. 161:1128-1133.

コメント

ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J 2019年6月19日
制限酵素の切断パターンの説明で、JCV DNAもBKV DNAも環状であることを述べる必要がありました。すみませんでした。