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KUMI_Kaoru @KaoruKumi
1)前にも分析した覚えがあるのですが、改めてやってみます。youtu.be/oALpmw1K5tQ
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KUMI_Kaoru @KaoruKumi
2)♪あーいーたーいーひーとーなーらーあーいーにーゆーけー♪ ドレミで歌うと「ミーミーレーシーミードーシーソーミーラーソーミードー」。 これ「ミ・ソ・シ・レ」「ド・ミ・ソ・シ」「ラ・ド・ミ・ソ」の三つのコード(をそれぞれ分散したものを)つなげています。
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3)一方でこんな分析もできる。この旋律は「ラ・レ・ミ・ソ」に「ド」と「シ」がさりげなく混ざってできている、と。
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4)「ド」は「ラ・ド・ミ」のコード中にある「ド」「シ」は「ソ・シ・レ」のコード中にある「シ」が、たまたま旋律に混じった…というタテマエで「ラ・レ・ミ・ソ」の世界に現れる
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5)「ラ・レ・ミ・ソ」はハ長調上の五音音階(のうちの四つ)であると同時に、ト長調上の五音音階(のうちの四つ)でもあります。
KUMI_Kaoru @KaoruKumi
6)つまりこの旋律、ハ長調ともト長調とも聞こえてしまうのです。
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7)左手はハ長調のコードを鳴らし、右手はト長調(の5音階のうち四つ)を鳴らしている…しかし右手も左手と同じ、ハ長調を鳴らしているように聞こえる。
KUMI_Kaoru @KaoruKumi
8)五音音階(通称・アジア音階)を使いこなしながらバッハやモーツァルトやブラームスに連なる西洋音楽の堅固なシステムをフルに使い倒す…これがリューイチ・サカモトの作曲メソッドです。これまで何度も論じてきたことです。
KUMI_Kaoru @KaoruKumi
9)この方法論を語学に使えないものでしょうか。「ニホンジンの英語」と揶揄されるところの私たちの学校英語脳をネイティヴ英語の世界でも通じるものに矯正しつつ「ニホンジン」の感性をしっかり温存させる、そんな語学脳を育てられないか。
KUMI_Kaoru @KaoruKumi
10)ああ、今になって気が付いた!私がこれまで論じてきた、英語教科書における「なんちゃってインターナショナルスクール」って、映画『戦場のメリークリスマス』の舞台である、東洋人と西洋人がいっしょに暮らしている nowhere land の末裔なのですよ。
KUMI_Kaoru @KaoruKumi
12)これが、私の中ではしっかり地続きになっている。 pic.twitter.com/wxcmp7aK6G
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金髪娘がニッポンの小学校にいる理由—―ー光村図書『Here We Go!』を分析 - Togetter togetter.com/li/1367933 @togetter_jpさんから

コメント

nob_asahi @nob_asahi 2019年6月20日
「フランス人の英語」も「アラブ人の英語」も「ユダヤ人の英語」もネイティブな英語圏で揶揄されながらも通用しているのに、なぜ日本人の英語だけが平伏追従しなければならないのだろうか。
KUMI_Kaoru @KaoruKumi 2019年6月20日
nob_asahi さっぱり通じないから。日本語⇔英語の距離が大きすぎるのです。「英語でどうぞ」のつもりで「English, please.」(英語でいえよ)と口走ってしまったり。
nob_asahi @nob_asahi 2019年6月20日
KaoruKumi へぇ、それで意味が通じなかったり、失礼だと言い出すんですか英語圏のネイティブは。日本語圏のネイティブは外国人が「日本語、言えよ」と言っても意味はとれるし、怒り出す人もいないし、揶揄したりもしないですけどね。
KUMI_Kaoru @KaoruKumi 2019年6月20日
nob_asahi 「You can speak English.」(英語でもOKですよ)って言ってあげると相手の方もほっとします。
nob_asahi @nob_asahi 2019年6月20日
KaoruKumi でしょうね。で?言わなかったら、意味が通じないと会話を切り上げられるんですか?怒り出すんですか?その場で哄笑されるんですか?
KUMI_Kaoru @KaoruKumi 2019年6月20日
相手に誤解される&不快にさせる。「English, please.」だと「英語で話せよ」だから。しかし「You can speak English.」(英語でもOKですよ)なら相手からの好感度がぐんと上がる。お、文明人だねって。ちなみに「Can I speak English?」だと「英語わかりますか?」になりますが、ニホンジンでこれがさっといえる方はTOEIC高得点者でも稀。
nob_asahi @nob_asahi 2019年6月20日
ネイティブと同じように話せる/使えるように外国語を習得したいと思うのは個人の自由意思であり、学校教育にそれを求めるのは主観的な価値観に基づいた偏重。学校の家庭科で鱧の骨切りを教える必要はないし、肉も野菜も文化包丁で切れば良い。
KUMI_Kaoru @KaoruKumi 2019年6月20日
nob_asahi ナイフとフォークの使い方も正しく教えられていない家庭科にどれだけの価値があるのでしょう。
nob_asahi @nob_asahi 2019年6月21日
KaoruKumi ナイフとフォークの使い方を知らない人を嘲笑するような集団に阿諛追従したい人が大枚払ってマナー教室にでも行けば良いことです。学校教育の範疇ではありません。
nob_asahi @nob_asahi 2019年6月21日
KaoruKumi 別の視点で言えば、日本の学校として最低限教えるべきは箸の使い方であり、ナイフとフォークの使い方を優先する理由はありません。
KUMI_Kaoru @KaoruKumi 2019年6月21日
nob_asahi おなじ箸の文化であっても日本の冷えたお弁当を「体に悪い」「ご飯は温めて食べるものだ」と嫌がるひとがいる。お弁当のご飯は冷ましたほうが雑菌の増殖を抑えられてむしろ体にいいのにね。こういう文化の違いは知っておいて損はナシ。
KUMI_Kaoru @KaoruKumi 2019年6月21日
nob_asahi 昔は海外旅行でナイフをスプーンのように使って口にそのまま食べ物を運ぶおばあちゃんとかがいたのですよ。包丁の先っちょにサシミをのっけてしゃぶりつくのと同じに思われた。今でも握手の際に頭を下げてしまうでしょニホンジン。ああいうのみっともないからかんべんしてほしい。世界にはいろんなマナーがあるんだよと小学校で教えておけば、外国語を学ぶときの心構えになって必ずプラスになるのに。
nob_asahi @nob_asahi 2019年6月21日
KaoruKumi そうですね。日本では1日に一回しかご飯を炊かなかったので、冷飯を食べるのことに抵抗はないのですが、毎回ご飯を炊くため「冷飯は罪人の食べるもの」という文化圏もあるそうですね。英語が正しいかどうかよりも「言葉や文化には違いがあってそこには理由があるのだ」と教えることが大事だと思います。
nob_asahi @nob_asahi 2019年6月21日
KaoruKumi ナイフで切ってそのままでは口に運ぶのはゲルマン系の古式作法ですね。そうですか。ゲルマン民族はみっともないんですか。
KUMI_Kaoru @KaoruKumi 2019年6月21日
nob_asahi ナイフとフォークのお作法が庶民にひろまったのは、なんとフランス革命以後。貴族の料理人たちが勤め先をなくしたので食堂を開いてプチブルあいてに「これがですねー貴族のマナーなんですよー」「ほーそうなのかー」と講釈付きで商売しだして、これがヨーロッパ・スタンダードになって、やがて植民地に伝播。
KUMI_Kaoru @KaoruKumi 2019年6月21日
nob_asahi 冠詞のニュアンスひとつ教えるメソッドがない二ホンの学校。
ドラゴンチキン @dragonchicken19 2019年6月21日
清水ミチコ「手では戦場のメリークリスマスを奏でながら、口では一休さんのエンディングテーマを歌います」
nob_asahi @nob_asahi 2019年6月21日
KaoruKumi 日本語の「は」と「が」のニュアンスの違いもメソッド化してませんけどね。ニュアンスの違いは上級学習の範疇ではありませんか。ネイティブの世界に飛び込んでから肌で感じていくものです。実際、冠詞のニュアンスは英国と米国とは異なりますし、この半世紀でも変化していると聞きます。なんで学校教育でそんな水準の話をしなくてはならないのかが理解できません。
KUMI_Kaoru @KaoruKumi 2019年6月21日
nob_asahi 日本の学校で教わるのは「国語」。がとはの使い分けは「日本語」ならカバーしているのですが日本の公教育で「日本語」の授業は事実上御法度。帝国日本の日本語教育の記憶を呼び覚まされるから。
KUMI_Kaoru @KaoruKumi 2019年6月21日
dragonchicken19 ペンタトニックの手品ですねそれ。しかし龍一先生はダブル・ペンタトニック。これは私の造語。この技がわかれば彼の代表曲がどれも分析できてしまうの。
nob_asahi @nob_asahi 2019年6月21日
KaoruKumi それを言うなら、日本の学校で教えているのは「英語」であり、英会話でも米国語でも英語学でもないので、問題ないですね。
KUMI_Kaoru @KaoruKumi 2019年6月21日
nob_asahi ところがどっこい「英会話」こそがメイドインジャパンな概念なのです。
nob_asahi @nob_asahi 2019年6月22日
KaoruKumi それでは訂正します。 学校で教えているのは「英語と日本独自の英会話」であり、英国語でも英語学でも現代米国語研究でもないので問題ないですね。
KUMI_Kaoru @KaoruKumi 2019年6月22日
nob_asahi そうではないのですよ。戦前昭和に満州事変やら満州国建国やら国際連盟脱退やらで欧米から孤立していくなかNHKラジオ(当時はNHKしか放送局はなかった!)で「英語会話」講座がスタート。大衆が抱く「欧米の連中に英語で直接語りかけて誤解を解きたい」願望にフィットした。敗戦後にやはりNHKラジオで「英会話」スタート。これは敗戦国の人民である恥ずかしさを、英語(=民主主義のシンボル!)を体に注入して中和したい願望に合致した。
KUMI_Kaoru @KaoruKumi 2019年6月22日
KaoruKumi ほかにもいろいろなものが混交して「英会話」なる概念は日本で独自進化。
nob_asahi @nob_asahi 2019年6月22日
KaoruKumi ではやはり、学校教育で英会話を教える必要はないですね。「NHKの通信教育」を学校教育が利用していたとしても、あくまでも副教材、即ちもっと知りたい人のためのものであり、学校教育上で必須の話ではありませんからね。
KUMI_Kaoru @KaoruKumi 2019年6月22日
nob_asahi ところが新制英語は英語でも英会話でもない。
夜更至ヒルネスキー @hiruneskey 2019年6月23日
……日本語と国語の2系統があって、国語は日本語翻案の英語だった……?