アニメ『さらざんまい』と『ユリ熊嵐』を比較考察 ~「ユリとクマの男女説」、「ユリ裁判」の意味、性差について~

最終回を最近迎えたテレビアニメ『さらざんまい』。放映終了を記念して、このタイミングで同じ幾原監督の前作『ユリ熊嵐』と、比較してみたいと思います。 とくに、今回は「ユリとクマの男女説」について、主に考察していきます。なお、ネタバレへの配慮はないので、本編視聴が前提のまとめです。
感想 セルフまとめ ユリ熊嵐 批評 考察 アニメ さらざんまい
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しろうと @sirouto
togetter.com/li/1369938 アニメ『さらざんまい』の「生存説/死亡説」の対立を考察 ~解釈の多重性と『星の王子様』との意外な関係~
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youtube.com/watch?v=9J93cF… 【PV】ユリ熊嵐 プロモーション映像①(メディアファクトリー)
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youtube.com/watch?v=CkW2Df… 【PV】ユリ熊嵐 プロモーション映像②(メディアファクトリー)
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youtube.com/watch?v=fs9NVX… 【PV】ユリ熊嵐 プロモーション映像③(メディアファクトリー)
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しろうと @sirouto
今日は、幾原邦彦監督の今期アニメ『さらざんまい』と、同監督の前作アニメ『ユリ熊嵐』の関係について、考察していきたいと思います。
しろうと @sirouto
yurikuma.jp TVアニメ「ユリ熊嵐」公式サイト 『ユリ熊嵐』とは、ヒトとクマの対立と断絶、またそれを超えた愛を描いたアニメだ。なお、登場人物はほとんどが女性。さらなる詳細は、上記公式サイトを参照されたし。
しろうと @sirouto
さて、さっそく本題だが、『ユリ熊嵐』のユリとクマは、何を意味しているのだろうか?
しろうと @sirouto
「ユリ熊」放映当時のネットでは、たとえば「男と女」「異性愛者と同性愛者」といった解釈が、それなりに見られた。
しろうと @sirouto
『ユリ熊嵐』は、登場人物が女性ばかりなので、この「男女」解釈、すなわち「ユリ=女/クマ=男」は、それなりに説得力を持っていたのだろう。
しろうと @sirouto
あるいは、「ユリ=同性愛者/クマ=異性愛者」という発想も、「百合」が(女性)同性愛の隠語なので、自然な発想ではあるだろう。
しろうと @sirouto
さらに、「ユリ=純愛主義/クマ=快楽主義」という解釈も、蜂蜜をペロペロなめる性的なシーンがあったから、連想的にはありえるだろう。
しろうと @sirouto
これらに対して、私は違う解釈を立てよう。ただし、「解釈の多重性」が大事だと言ったばかりなので、何か私の解釈だけが正しい、と押しつけたいのではない。こういう解釈もできる、位に受け取ってくれて構わない。
しろうと @sirouto
それでは、具体的には、どういう解釈だろう? その前にまず、『さらざんまい』と『ユリ熊嵐』を比較してみたい。
しろうと @sirouto
『さらざんまい』は、カッパとカワウソの対立が軸になっている。『ユリ熊嵐』は、ヒト(ユリ)とクマの対立が軸になっている。動物のモチーフを使った擬人化の手法が、両作で共通しているのが分かるだろう。
しろうと @sirouto
「さら」では、細かいところは無視すれば、大ざっぱに言って、「カッパ=愛」「カワウソ=欲望」という対立図式があった。それならば、「ユリ熊」でも、同様の図式が当てはまらないだろうか?
しろうと @sirouto
つまり、「ユリ熊」は「さら」と同じで、「ユリ=愛」「クマ=欲望」という対立図式で見ると、スッキリして見える。これが私が今回言いたいことだ。
しろうと @sirouto
「ユリ熊」放映のタイミングだと、「ユリ=女/クマ=男」などの解釈が有力に見えたのかもしれないが、「さら」放映終了した今のタイミングだと、「ユリ=愛/クマ=欲望」の解釈が有力に見えないだろうか?
しろうと @sirouto
これは「さら」を見てからの後出しジャンケンではなく、当時からばくぜんと「男女ではないのでは」と思っていたのだが、「さら」なしでもそう言える根拠も言っておこう。
しろうと @sirouto
「愛と欲望」の解釈だと、「ミルン王子」のエピソードがしっくり来る。不死になって何度も反復する、というミルン王子は、「スキを諦めない」という態度なのだが、それは「愛と欲望」というテーマにふさわしい。
しろうと @sirouto
これが他の解釈だと、ミルン王子のエピソードが、何が言いたいものなのか、ややボヤけてしまう。まあ解釈できないというほどではないから、完全否定するわけではないけれど。
しろうと @sirouto
ミルン王子の「スキを諦めない」エピソードは、男女解釈でも、同性愛/異性愛解釈でも、恋愛が愛と欲望の一形態である以上、そこそこ当てはまる。
しろうと @sirouto
だから、男女解釈が間違っているというよりは、より普遍的な視点で見ることもできる、という方が私の言いたいことに近い。
しろうと @sirouto
「ユリ熊」のミルン王子が「スキを諦めない」反復の話なのに対して、「さら」のハルカは、「ぼくが選んだものを信じる」と分岐の話だ。この両者は、同じ声優の釘宮さんが演じており、作品のテーマだろう。
しろうと @sirouto
もちろん、「ユリ熊」の登場人物は女がメイン、「さら」は男がメイン、「ユリ熊」はキリスト教、「さら」は仏教の影響を感じさせる、と作品を構成している要素は異なるが、両者に通底している部分もある。
しろうと @sirouto
ただこの「愛と欲望」という区別だけだと、抽象的に感じるかもしれない。具体化する例ではたとえば、「書きたい創作物と売れる創作物」という対立で考えると分かりやすい。そういう話はたくさんあるから。
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コメント

yositosi @yositosi 2019年6月27日
さらざんまいもちょうど見終わったので読ませていただきます!