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KUMI_Kaoru @KaoruKumi
1)今、自分自身が生きている世界を離れて、いっとき恋と冒険のドラマを生きてみたい…私たちの永遠の願望。 映画だとかつては西部劇とか時代劇とか史劇とか、ジャンルとしてそういうのがありました。今でもあるんですけどね。
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2)いわゆる「〇〇もの」。ヨーロッパの架空の小国があって、そこでロマンスとアドベンチャーを楽しんで、やがてこの国を去っていく…『ゼンダ城のとりこ』で定石ができて、そのひねり技として『ローマの休日』が生まれたわけです。
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3)今でも「ああローマの休日ものね」みたいな共通理解があるわけです。日本のアニメにもその系の秀作がいくつもあるし。
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4)ところでスペースオペラが「~もの」として一大大衆化したのは、やはりこれですよね。1977年。 pic.twitter.com/ufFuvc57Jj
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5)アメコミの世界ではもうずっと前からあって、SFパルプ雑誌のイラストはもっと昔からありました。『火星のプリンセス』はいつの刊行でしたか。
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6)1960年代に、こういう世紀のビッグイベントがあって、別の天体に行って帰ってくるお話が、ファンタジーではなくリアルなものとして大衆に受け入れられた。 月着陸の最初が1969年でした。 pic.twitter.com/NOKEGgffle
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7)1977年の『スター・ウォーズ』。太陽が二つある世界。これを大衆は新鮮さとともに難なく受け入れてみせた。60年代の一大熱狂イベント・宇宙開発の残照。 ちなみにこの頃、現実世界における宇宙旅行はむしろ下火でした。 pic.twitter.com/wMcBSNCGbi
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8)この写真、見たことがありませんか小学校の理科の教科書とかで。検索してみたら1974年を最後に事実上破棄されて、5年後に大気圏に落下して海にどぼん。 pic.twitter.com/iaHn7Pzej0
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9)それはいいとして、今でいう「異世界もの」として別の天体が設定されて大衆がそれをさっと受け入れたのは、月着陸をピークとする熱狂を経た後だったから。

うーむ「別の天体」という、リアルだかファンタジーだかわからない中間エリアが映像娯楽のほうで発見されたことで、異世界ものは大衆向けエンタテインメントに進化していくチャンネルを獲得した――というべきかな。

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10)スター・ウォーズが1983年にいったん完結して以後は、宇宙や別の天体を設定しないでの異世界ものが台頭。これとか。まだちょっと宇宙ものの匂いがする。 pic.twitter.com/ijAAkr3FNz
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11)ここで一気に時計の針を現代へ。「転生もの」や「ゲーム世界内もの」が日本ではもはやヤケの域にまで量産されています。「ああまたそれ?」をむしろ自虐的共通理解として堅固な足がかりにし、いろんな物語が今日も作られている。

「ラノベ臭い」「深夜アニメかよ」的な、自虐色の強いメタ目線での「~もの」もあるし。

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12)そういう自家中毒的な空気を突き抜けていくには、どんな姿勢が最良なのだろう。
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13)そうそうちょっと違う話だけど、映画のアクションが生理的快感といってもテレビゲームのコントローラーを動かす指先の快感にとどまっていて、体が刺激されない気がする。

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