プロレス的か、総合格闘技的かで分かれる物語の見方
諫山創の「地」の部分が『進撃の巨人』という作品内において多分に滲み出しているのだとしたら、じゃあ諫山創という作家の自意識に深く根を下ろしているものを探ってゆこうとアプローチすることになり、するとそれは何かというとPRIDE以降の総合格闘技である、と。
2011-05-16 03:15:08これ、話の順番を「鹿→河原」じゃなくて「河原→鹿」にしてればプロレスマニアの不満も生まれないんじゃないかと思うんですけどね / 「日常」第6話のドラゴン・スクリューが物凄く惜しかった! - 新日vs.Uインター、武藤敬司vs.高田延彦 … http://htn.to/PwwBq3
2011-05-17 23:06:15進撃の巨人と旧エヴァは総合で、70年代SFは「信じられていた頃のプロレス」という感じか。そう思うと新ヱヴァが「総合じゃなくなっちゃった」と思って戸惑ってる人がいるであろうのも想像がつくかな
2011-05-17 23:15:07で、というような内容にもちょっと触れた『進撃の巨人』レビューをこないだ書きました。告知してもよくなったら、どこに書いたか報告しますので
2011-05-17 23:17:37「プロレスだと思わせておいて総合を混ぜる」(っていうと観念的すぎてわかるひとにしか通じなさそうだけど)っていうのが今のリアリティの描き方かな? という考え方なわけですが、これも「ぜんぶプロレスだと思い込んでしまう観客」とのせめぎあいだあったりするわけだなと
2011-05-17 23:22:04「『アマガミSS』はプロレスの中のリアリティの典型で、ヒザ裏からの連携やヘソキスなどの入りやすいフックはプロレス技そのもの」みたいな話を @watanabe052 さんとしてる
2011-05-17 23:28:57参考 『日常』から「日常系」という存在を捉えてみる - ピアノ・ファイア http://d.hatena.ne.jp/izumino/20110421/p1 ( #izumino live at http://ustre.am/31I3)
2011-05-17 23:41:21「選手がガチで戦ってるか否か」「観客が『ガチで戦ってる』と思ってるか否か」で2×2のテーブル作って、漫画やアニメを分類するといろいろ見えてくるよねという。
2011-05-17 23:44:59人類がこれまで積み重ねてきた歴史に対する畏敬の念があればそんなに読み間違わないと思うのだが、どうにも「魔王が考えたかしこいやり方」が上手くいっていると読む人が多くて不思議だ
2011-05-18 12:35:37@gigir たぶん第一印象の問題があって、冒頭で魔王が勇者に状況説明して契約にもちこむくだりを上からの啓蒙的な図と捉えてその印象を土台にしたせいで全部読み間違っちゃうみたいな人はいるっぽいですね>「魔王が考えたかしこいやり方」が上手くいっていると読む人が多くて不思議
2011-05-18 13:02:43.@miyamo_7 @gigir それも夕べ書いていた「入り口がプロレスだと全部プロレス的に読もうとする受け手問題(通称ドラゴンスクリュー問題)」に通じそうですねと思ったり>第一印象の問題
2011-05-18 13:06:41@izumino @gigir 「自分はこれにだまされない賢い客だ」という我がこじれると目の前のものを見なくなっちゃうことはありますね。これもプロレス論に通じるかな
2011-05-18 13:12:27受け手同士のめんどくさい見解の相違はだいたいドラゴンスクリュー問題で説明できそうだから困る http://togetter.com/li/137071 大事なのは「ひとつの作品の中でプロレスと総合は複雑に混ざっている」という認識ですね。擁護側が混在性をうまく分けられていない場合も
2011-05-18 13:49:14