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芝村裕吏 @siva_yuri
――今日は世界史の授業で古代インドを扱うので、戦象の話でもしようかと。古代インドの象兵は他地域の象兵に比べて圧倒的に強いようですが、この強さのもとはなんでしょうか。さまざま要因があるようですが、いまいちつかみきれません。 ですか。
芝村裕吏 @siva_yuri
まず。軍用で象を用いるのは、インドが起源と言われています。 時期については今から3000年以上前の話です。 で。その後、西へ西へ伝播しましたが、ノウハウ面でインドを越える事はできず、また戦象の育成は大変(妊娠期間が長いとか、母系で温厚とか)そういうのがあって西では廃れました。
芝村裕吏 @siva_yuri
一方で戦象はインドでは使われ続けます。 育成にむいていたのが大きな理由です。ですので象のストックも豊富で、数戦で象が使えなくなるようなもとはありませんでした。 結局それが、戦果や伝承に繋がります。
芝村裕吏 @siva_yuri
戦争で大切なのは、補給です。 戦象を中心にドクトリンを組んでも、肝心の象の補給がままならないと、その実力を発揮できません。
芝村裕吏 @siva_yuri
それぐらいならいっそ、象抜きでドクトリンを組むのが妥当ということですね。
芝村裕吏 @siva_yuri
ちなみにこの実例は片目のハンニバルのケースでして。ハンニバルは象を使ってピレネー越えをしてガリアを攻めるという行動にでて、序盤戦では象の巨大さ、戦術の新規性を含めてローマを大いに苦しめますが、象の補給、ままならず、また対抗戦術を組まれてしまいます。
芝村裕吏 @siva_yuri
共和制ローマ軍を鍛えたのはピュロスとハンニバルと言っても過言ではないのですが、ローマはこの後、象の性質などを研究して行くわけですね。 例えば戦象突撃に対しては柔軟性を意識した縦列肉薄しかない、などです。
芝村裕吏 @siva_yuri
これに対抗して象を護衛する軽歩兵をおき、今で言う戦車随伴兵みたいなかたちを取るのですが、この段階で戦術研究は終っちゃうのですね。その後の発展がなかったのです。 象が、いなくなってしまったので。
芝村裕吏 @siva_yuri
話は少し飛びますが、衝力という言葉があります。 敵に突撃した場合の攻撃力なんですが、当時、象が現われるまでは歩兵が隊列を組んで縦と槍を配置して防御態勢に出ると、騎兵や歩兵は全部防げていたのです。ファランクス最強とかつてギリシアが言ってた理由ですね。
芝村裕吏 @siva_yuri
地理的に近いローマ軍もおおむねこのファランクスにならったドクトリンをしいていたのですが、 これ、象で粉砕されたんですね。 人や騎兵はとめられても、象の突撃は阻止できなかったのです。
芝村裕吏 @siva_yuri
で、恐怖でばらばらに逃げたらそれこそ撃破対象です。 歩兵や騎兵で狩ることができます。戦場の均衡がやぶれるわけですね。
芝村裕吏 @siva_yuri
衝力は自重×速度でだいたいでてきます。 象は5tくらいあって、速度は時速30kmです。 速度はさておき、打撃力では馬とは比べものになりません。
芝村裕吏 @siva_yuri
で。実に数百年ぶりにドクトリンがいじられるのですね。 つまり衝力を受け止める軍隊から、受け流す軍隊への変化です。 ただこれは非常に高度な統制が必要なアクロバットであり、並の指揮官ではできないとされました。
芝村裕吏 @siva_yuri
ローマの変質はこのころからですね。軍事が市民のものから、軍人のものへ変わる、その第一歩がこのあたりの戦いなのです。
芝村裕吏 @siva_yuri
一方で戦象部隊が使われ続けたというか、補給が容易であったインドでは、ながらくその独立を維持し続けます。これが覆されるのは銃器が出た後くらいどころではなく、近世までかかりました。
芝村裕吏 @siva_yuri
結局補給の難しさ、食料をたくさんたべるが故の自然の豊かさが、戦象の価値や強さを決めたのだと思います。
芝村裕吏 @siva_yuri
というこで、インドでひとくくりにしてますが、もちろん土地は続いているので隣接地などでも同様傾向がみられました。
芝村裕吏 @siva_yuri
まあ、しかしてドイツ軍のエレファントという、駆逐戦車が登場するのですが、こいつは戦象としてはいまいちでした。 なにせ速度がありませんでした。現代に戦象を復活させる事は大変なようです。
芝村裕吏 @siva_yuri
ちなみに、この象、同じインド起源なチェス/将棋の原形には駒になっていたのですが、西や東の端では馴染みがないために駒が名が変更されています。

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