ア㊙️イさんのお尻と学ぶナチス(全26回)

ここ10年ぐらいのナチスに関する実証論文をまとめたのだ。 史実に関する部分での誤りは可能な限り訂正しているけど、お尻さんはドイツ史もナチスも専門ではないから、あまり鵜呑みにしないことをオススメするのだ!
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目次

ナチスの台頭
(1)カリスマ演説家?:ヒトラーの選挙活動の効果
(2)諸刃の剣:ラジオ放送とナチス
(3)隷属への道:アウトバーン建設とナチス
(4) “豊かな繋がり”?:社会関係資本とナチス
(5)ナチスの横顔:下士官データの分析
(6)もてる者ともたざる者:緊縮財政とナチスの台頭
(7)ブラウン神父の不信:カトリック・プロテスタント・ナチス

ナチスの政策
(8)ヒトラーの恩返し:パトロネージとしての公務員職
(9)差別と経済:「アーリア化」の帰結(その1)
(10)差別と学問:「アーリア化」の帰結(その2)
(11)差別と科学:「アーリア化」の帰結(その3)
(12)無関係な死:ナチス政権下の死刑と人民法廷
(13)ナチスと栄養:アウタルキー・価格統制・再軍備

ナチスと企業
(14)勝ち馬に乗る:ナチス・コネクションと株価
(15)不毛な犯人探し:金融危機・ナチス・ユダヤ人

ナチスとホロコースト
(16)ナチスと黒死病:ユダヤ人迫害の歴史的起源
(17)マイノリティと秘密組織:ナチス占領下オランダにおけるユダヤ人救出活動
(18)ゲットーの不死鳥たち:弾圧とユダヤ人レジスタンス
(19)死の黄金郷:ホロコーストの「遺産」

ナチスと戦争
(20)東部戦線異状あり:赤軍パルチザンとドイツ軍の報復
(21)電波戦争:第二次世界大戦下イタリアのパルチザンとラジオ
(22)ナチス式教育:ヒトラーユーゲントと規律-訓練
(23)黒い悪魔:ドイツ国防空軍の実証分析
(24)従順な鷲:プロパガンダと戦闘モチベーション

ナチスと戦後
(25)過去と向き合う:第二次世界大戦後の非ナチ化
(26)ナチスの遺産:現代ドイツの反ユダヤ主義

補足
ナチス以外のテーマはココにまとめてあるのだ〜!

カリスマ演説家?:ヒトラーの選挙活動の効果

ア㊙️イさんのお尻 @bot99795157

今でもカリスマ扱いされるナチス・ドイツのヒトラーだけど、彼を特徴づけるものの1つが「巧みな演説」なのだ。じゃあヒトラーはその演説だけで権力の座に上り詰めたのかというと…どうやらそうでもないらしいという研究が最近出版されたのだ。 (1/12) pic.twitter.com/nP7eOgJHvW

2019-05-15 05:51:32
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ア㊙️イさんのお尻 @bot99795157

ナチスは選挙を通じて権力を掌握した訳だけど、もしヒトラーの演説に大衆が揺り動かされていたなら、彼が演説をした地域ではナチスへの得票が増えていたはずなのだ。そこで実証の出番なのだ!この研究チームは、1927年から1933年までのヒトラーによる演説の日時・場所のデータを収集したのだ。 (2/12)

2019-05-15 05:53:56
ア㊙️イさんのお尻 @bot99795157

あらゆるソースから情報を収集した結果、当該期間にヒトラーは公開演説を455回も行っていたのだ。あとは選挙結果への影響を見るだけ…とは行かないのだ。実は街頭演説のような選挙活動が投票行動に与える影響を推定するのはめちゃくちゃ難しいのだ…。 (3/12) pic.twitter.com/58ZJa8vJ95

2019-05-15 05:55:00
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ア㊙️イさんのお尻 @bot99795157

演説をどこで・いつするべきかをヒトラーの気持ちになって考えたとき、簡単に大衆を動員できそうな場所や他の政党との競争が激しい場所を優先するはずだけど、どちらも「選挙に効果がありそうな所」と言えるのだ。でも効果があるかどうかは、選挙情勢によるのだ。 (4/12)

2019-05-15 06:02:24
ア㊙️イさんのお尻 @bot99795157

「投票前の選挙情勢」が「演説するか否か」だけでなく、「選挙結果」にもプラスの影響を与えるとすると、選挙情勢を考慮しない場合、選挙の効果を過大に推定する(バイアスがかかる)可能性があるのだ。この研究はその問題にかな〜り真剣に取り組んでいるのだ。 (5/12) pic.twitter.com/5f3XyfYEFZ

2019-05-15 06:03:18
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ア㊙️イさんのお尻 @bot99795157

彼らはまず、「ヒトラーがどこで演説するか?」を説明できるような統計分析をしたのだ。そこでは前回選挙の情勢なんかが使われたのだ。そのモデルから「ヒトラーがその地域で演説する確率」を予測したのだ。この予測に「当たり」と「外れ」があるのがキモなのだ。 (6/12)

2019-05-15 06:04:15
ア㊙️イさんのお尻 @bot99795157

同じぐらいの確率で演説の可能性があったのに、片方は実際にあって、片方は実際にはなかった「ペア」に注目すると、そのペアの間では演説があるか否かはもはやくじ引きと同じで、それ以外の部分はとても似ている「双子」みたいなものなのだ。 (7/12) pic.twitter.com/GBfwxGIkTZ

2019-05-15 06:05:12
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ア㊙️イさんのお尻 @bot99795157

そういう「演説のアリ/ナシは偶然の差と考えてもいい」ペアをたくさん用意して、そのペア間の差(ここでは選挙結果)に統計的に意味があるかを検証するのだ。これを専門的には傾向スコアマッチングというのだ(理解や説明に誤りがあればどなたか補足/訂正をお願いしますなのだ)。 (8/12) pic.twitter.com/l5dETSZZl3

2019-05-15 06:06:21
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ア㊙️イさんのお尻 @bot99795157

この分析の結果、ヒトラーの演説の効果はほぼ無かったことがわかったのだ!しかも1932年、ナチスが大躍進した選挙ではマイナスの効果があったのだ。唯一プラスに効いたのは同年の大統領選だけだったのだ。でも結局ヒトラーは負けたから、やっぱりあんまり意味は無かったのだ! (9/12) pic.twitter.com/4yCSQrgWlS

2019-05-15 06:07:13
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ア㊙️イさんのお尻 @bot99795157

ヒトラーは確かに演説は上手かったかも知れないのだ。でもそれは選挙に大きな影響を与えるほどではなかったのだ。ヒトラーのパフォーマンスで有権者の心は動かされたかも知れないけど、体は動かされなかった…ということをこの研究は示唆しているのだ。 (10/12)

2019-05-15 06:08:00
ア㊙️イさんのお尻 @bot99795157

もちろんヒトラーの演説が選挙以外(党員の勧誘とか)に影響を与えた可能性はあるのだ。それに、ヒトラーやナチスによるプロパガンダの全てが影響が無かった訳ではないのだ。ナチスのプロパガンダの話はまた次回するのだ〜。 (11/12)

2019-05-15 06:08:58
ア㊙️イさんのお尻 @bot99795157

今回の話はこの論文からなのだ。 cambridge.org/core/journals/… 正確にはこの論文は傾向スコア+Difference in Differenceという手法の合わせ技なんだけど、それ以外にも色々行き届きすぎてるバリバリの因果推論の論文で、さすがはAPSR(トップ中のトップジャーナル)掲載論文という感じなのだ〜。 (12/12)

2019-05-15 06:12:12
ア㊙️イさんのお尻 @bot99795157

(誤字訂正) [5/12番目ツイートにて] 「選挙情勢を考慮しない場合、選挙の効果を過大に推定する」 ↓ 「選挙情勢を考慮しない場合、演説の効果を過大に推定する」 ご指摘ありがとうございますなのだ! twitter.com/bot99795157/st…

2019-05-15 08:29:26

諸刃の剣:ラジオ放送とナチス

ア㊙️イさんのお尻 @bot99795157

ナチスの宣伝相ゲッベルスはプロパガンダにおけるラジオの重要性を理解し、積極的に活用したと言われているのだ。ただ、ラジオがどういう役割を果たしかは、ナチスが政権に着く前後で全く異なっていたことを明らかにした研究があるのだ。 (1/19) pic.twitter.com/0127Iatr1Z

2019-05-16 06:34:46
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ア㊙️イさんのお尻 @bot99795157

1923年にドイツ史上初のラジオ局が開局したんだけど、しばらく政治的なニュースの報道が意図的に政府によって避けられ、放送されたのは文化的な番組がほとんどだったのだ。それでもラジオの所有者数はグングン増えていったのだ。 (2/19) pic.twitter.com/y9H0ULFAvf

2019-05-16 06:38:33
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ア㊙️イさんのお尻 @bot99795157

政治的な話題が増えるのは1929年、ナチスが頭角を現した事を受けてなんだけど、ナチスの話題はワイマール政権によって徹底的に排除されていたのだ。2度目の変化はヒトラーが首相となった後で、今度はナチスが自分達のことばっかりラジオで流すようになったのだ。 (3/19) pic.twitter.com/WvmhqzncSI

2019-05-16 06:40:33
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ア㊙️イさんのお尻 @bot99795157

流れをまとめると、 1期(-1929):非政治的ニュースばかり 2期(1929-32):親政府的・親民主主義的報道の増加(ナチスはラジオから排除) 3期(1933.1-):ナチスのプロパガンダのみ という感じでラジオの放送内容は変わっていったのだ。当時の政治状況と合わせるとこんな時系列になるのだ。 (4/19) pic.twitter.com/iAulU9KGHA

2019-05-16 06:43:49
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ア㊙️イさんのお尻 @bot99795157

じゃあラジオは何に/どの程度影響を与えたのか?ここで実証の出番なのだ。この研究では、1) ナチスの得票、2) ナチ党員数、3) ユダヤ人の迫害、とラジオの関係を統計的に分析したのだ。 (5/19)

2019-05-16 06:45:02
ア㊙️イさんのお尻 @bot99795157

分析では、各地域ごとの (1) 1928-33年3月の議会選(当時は比例代表制)・大統領選のナチス/ヒトラーの得票率 (2) 1932-33年1月のナチ党員数 (3) 1929-34年のユダヤ人への差別/暴力事件 のデータとラジオの利用率(電波の強さ)が使われたのだ。 (6/19)

2019-05-16 06:46:43
ア㊙️イさんのお尻 @bot99795157

統計分析の結果、1932年(ナチスがラジオをコントロールする前)までは、選挙区内でラジオの利用率が増えるとナチスの得票が減ったのに対し、1933年時点ではラジオの利用率が増えるとナチスの得票も増えていたことが明らかになったのだ。 (7/19)

2019-05-16 06:47:20
ア㊙️イさんのお尻 @bot99795157

彼らの推計によると「もしラジオが無ければ」1930年時点でナチスは4%得票が多かったはずで(18%→22%)、SPD(社会民主党)とほぼ互角の得票(24.5%)だったのだ。この時点ではラジオのおかげでナチスの台頭は少し遅れたと言えるのだ。 (8/19) pic.twitter.com/pnh9y0AkqG

2019-05-16 06:49:26
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ア㊙️イさんのお尻 @bot99795157

でも「もしラジオが無ければ」1933年時点でナチスの得票は2.9%少なかったはずで(43.9%→41%)、右派政党(8%)と連立しても議会多数派になれなかったはずなのだ(41+8=49%<50%)。当時の文脈ではラジオの影響力は無視できない大きさだったのだ…。 (9/19) pic.twitter.com/bmXI8xZNUd

2019-05-16 06:52:00
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