静寂

茂木健一郎先生の静寂に関するつぶやきまとめ。
0
茂木健一郎 @kenichiromogi

静寂(1)グローバリズムって、みんなが同じになることではない。むしろ、異なる方がいい。違ったところが結びつき、補い合う。ドイツにいると、アメリカやイギリスにいるのとは体験の質が全く異なるので、そのことに驚く。

2011-05-20 14:39:41
茂木健一郎 @kenichiromogi

静寂(2)ベルリンは首都ではあるが、まるで田舎のようである。国会議事堂や首相官邸のある場所は、緑の芝生が延々と広がって、公園のような中を人々が自転車やセグウェーで走っている。こののんびりした感覚はロンドンには決してない。

2011-05-20 14:40:38
茂木健一郎 @kenichiromogi

静寂(3)そして、どこまでも「静寂」がついてくる。ティア・ガルテンから中央駅に歩くその道すがら、何も聞こえない。ただ、時折通り過ぎる車だけ。美術館に行っても、やっぱり何も聞こえない。ずっとずっと静寂がついてくる。

2011-05-20 14:41:33
茂木健一郎 @kenichiromogi

静寂(4)ドイツの若者もまた、日本の若者のように最近は内向きなのだそうだ。わかる気がする。ドイツ経済圏は、ある程度自分で自分を支えることができるくらいに大きい。そして、「静寂」の恵みが、フランスやイタリアやイギリスとは異なるかたちの幸せを与える。

2011-05-20 14:42:43
茂木健一郎 @kenichiromogi

静寂(5)この静寂が破られる時、そこには素晴らしい音楽がある。古典音楽の世界におけるドイツの存在感は、格別だ。ベルリンから少しいったところにあるライプツィッヒ。あの、ほんとうに小さな街で、バッハは数々の名曲をつくった。曲想は、静寂とのめりはりが必要になる。

2011-05-20 14:43:58
茂木健一郎 @kenichiromogi

静寂(6)ティア・ガルテンの中を、何も喋らず、黙々と歩き、自転車をこぎ、ただ時間を漂っているドイツ人たちの姿を見ると、この国のユニークな価値は、グローバリズムの荒波の中、まだまだ健在であると信じることができる。それは暗黙知であり、身体性に根付いているからだ。

2011-05-20 14:45:12
茂木健一郎 @kenichiromogi

静寂(7)日本には、ドイツのような静寂はない。いつもにぎやかに、多様に。金子みすゞの「みんな違ってみんないい」はドイツでは同じ響きは持たないだろう。日本にはバッハはいないけど、ドイツにはバカボンのパパは住めないよ。

2011-05-20 14:46:16
茂木健一郎 @kenichiromogi

静寂(8)ベルリンを歩いていてふと恋しくなるもの。たとえば吉野家があって、その横にスターバックスがあって、街に広告があふれていてBGMが意味不明に流れている、東京の猥雑さ。日本にはドイツの静寂がない。だけど、いつもお祭りをしている。

2011-05-20 14:47:51
茂木健一郎 @kenichiromogi

静寂(9)ベルリンを少しでもゆったりとひとりで歩くのは初めてだった。静寂と出会うことができた。ぼくの中にベルリンだけの場所ができた。ぼくが16歳の時に『魔弾の射手』の上演を手伝って以来、心の中に秘めてきたドイツだけの場所を、いきいきと更新する。そして人生は続く。

2011-05-20 14:49:46
茂木健一郎 @kenichiromogi

以上、ドイツの首都ベルリンを歩いていて出会った、「静寂」についての連続ツイートでした。

2011-05-20 14:50:12