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伊藤正宏 @ito3com
義父が死んだ。妻の父親。生粋の江戸っ子で、下町の腕のいい職人で、深川のお祭りの総代だった。気が短くておっちょこちょい。でも、面倒見が良くて、とにかく誰からも愛された。そして、家族を愛した。私の実の父は25年以上も前に死んでいるので、最後の、そして、唯一の父親だった。素敵な人だった。
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義父は、長らく闘病生活を送った。いろんなことがあった。でも、最後の日々。義父に意識はなかったが、命の危機を何度何度も乗り越えるという奇跡を起こした。あまりにも奇跡を起こしたせいで、妻の家族が看病疲れで倒れそうになったその日、義父は静かに息を引き取った。最後まで家族思いの人だった。
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義父は、深川のお祭りがとにかく大好きで、地元の総代を20年間務めた。すでに引退しているが、通夜には現役の総代が70名ほど半纏姿で揃った。こんなこと、異例だ。そして通夜の読経が終わった瞬間に、どこからか陽気なお囃子が聞こえてきた。近所のお祭りが始まったのだ。誰も偶然だとは思わなかった。
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私が妻と結婚した時は、知らない間に義父は、私のために祭の半纏まで作ってくれた。が、当日、私は「会議のため」と3年に1度の祭りを欠席。だが、私には愚痴一つ言わなかった。3年後ようやく私は神輿を担いだが、身長が低いため担ぐというよりもっぱらぶら下がっていた。でも、義父は嬉しそうだった。
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告別式が終わって、義父の棺の中には、深川祭りの総代だけが着ることのできる半纏を入れた。水色の大きな背中に、八幡宮の白い鳩が大きく八の字を描いてる。そして最後、出棺の時、義父の棺を祭りの仲間たちが一斉に担いだ。わっしょい、わっしょい。少し寂しげな掛け声とともに、棺が寺を出た。合掌。
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何年も閉じたままの、義父のかつての仕事場のシャッターには、今年も深川例大祭のポスターが貼ってあった。今年は、本祭りの前年なので子供神輿連合。精進落としの時には、子供神輿連合の頃から「お父さん(義父)のお世話になりました!」という町内会の人たちの話も聞いた。みんな、嬉しそうに喋る。 pic.twitter.com/liMf6bVKO3
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義父の話の続き。義父は、かつて深川のお祭りの地元総代を20年間務めた人だったが、先月逝去。今年、三年に一度の本祭りはお休みの年だが、今日、地元神輿を修理のため八幡様まで運ぶ時に、半纏姿の男衆が神輿を担いで義父の家まで寄ってくれた。そこからは義父の遺影とともに八幡様を目指す。→続く pic.twitter.com/b2y8ukq5As
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続き→おまけに途中から、深川の代表的な神輿が次々と合流、一緒に八幡様を目指す。「これじゃあ、まるで本祭りだよぉ」という、妻からのメッセージがさっきLINEに届いた。気がつくと空からは小雨もパラついて、水かけ祭りになってるしw

コメント

九十九 @hakqq 2019年7月30日
お囃子は良い供養になったかと思います。通りすがりの者ですが、この度はご愁傷様でした。
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