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蝉丸Pによる供養とオカルト、葬式の話

宗教が軽視・誤解されオカルトがはびこる現代の葬式事情に絡むtweetを適当にピックアップしてみた。
蝉丸P
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蝉丸P@「住職という生き方」星海社新書・発売中 @semimaruP
南方のように出家を取り巻く環境+伝統+戒律× 江戸以前の荘園や寺院扶持× 口減らしの小僧奉公×となりゃ、地方の小規模寺院は3チャン農家状態になるわなぁ…
蝉丸P@「住職という生き方」星海社新書・発売中 @semimaruP
しかしまあ、設計時に考えた本堂の配置もあって、花と棺桶+(手続き・搬送)で、無駄なく葬儀が出来るようになった!が、やはり当家の人間や関係者が、食事の算段や、お茶くみ・お茶だしなどをやらなければ、業者さんに頼まざるを得ないので、その分は費用がかかる
蝉丸P@「住職という生き方」星海社新書・発売中 @semimaruP
昔はてんてこ舞いの当家の代わりに、町内や隣組などが食事や台所を手伝って回っていたけど、それを嫌って金で片付けようとするから葬儀費用がかさむのであって、脊髄反射のように「業者がボッてるんだ」とかは、筋が違う部分もあると再認識(祭壇だの何だのはボッてるが)
蝉丸P@「住職という生き方」星海社新書・発売中 @semimaruP
日曜に葬儀が入り、友引あけも相まって火葬場の時間が法事とかぶったので近所の後輩住職に法事をお願いする。一人だと身動き取れなくなる+いつも代打が確保できるとは限らない、なので常に綱渡り状態であり背筋が冷たくなる。コピーロボットはまだか!
蝉丸P@「住職という生き方」星海社新書・発売中 @semimaruP
で、朝方の卒塔婆の話ともリンクしますが、昔は埋めないで放置とかザラで、江戸初期あたりから埋めて土饅頭が落ちたら、板塔婆か柱卒塔婆だけ立てて朽ちたら放置とか、墓所というよりも共同埋葬場みたいな感じ、街の盛り場とかは大体その辺りだったりする
蝉丸P@「住職という生き方」星海社新書・発売中 @semimaruP
狭い国土なので、そこかしこに何かしら埋まってるワケですが、現住地のあたりは座棺じゃなくてカメだったりするので、土に還らず丸々出てきたりするので再火葬の手間が面倒だったりする(犯罪と無関係であると言う点から
蝉丸P@「住職という生き方」星海社新書・発売中 @semimaruP
そんなこんなで、昔は遺骨や墓ではなく位牌がランドマークであり、遺体は共同埋葬所や野辺に放置だったりするので、現在のように墓不足云々は無かったワケで、近年は先祖返りをおこしているんだなぁ…などと思う
蝉丸P@「住職という生き方」星海社新書・発売中 @semimaruP
高野山に遺骨・遺灰や髪の毛などを納めるように勧進した高野聖のように、一部なりと供養すれば良しという形から、骨壺ごと丸々全部キチンとせにゃならんと言う風潮になれば、そりゃ場所も足りなくなるよなぁ…
蝉丸P@「住職という生き方」星海社新書・発売中 @semimaruP
今でもワケありや、無縁さんや、祭祀の後継が絶えた人のお骨を、高野山の奥の院へ合祀(納骨)する為に御山に上がったりしますが、墓の代わりに奥の院にお参りして、家では位牌のみ(仏壇は無くてもOK)だから、墓地の問題でゴチャゴチャしなくてもスッキリ!
蝉丸P@「住職という生き方」星海社新書・発売中 @semimaruP
じゃあいっそ、そういった祭祀なんか止めて散骨オンリーでいいじゃん!と言う声もありますが、結局その後、不幸があったときに「ちゃんとしなかったから」みたいな脅しで新宗教にパクッといかれたりするので、葬礼の「安心を担保」する機能ってのは馬鹿に出来なかったりする
蝉丸P@「住職という生き方」星海社新書・発売中 @semimaruP
当人が良かれと思ってやっても、後に残された人にかかるプレッシャーってのもあるので、個人の墓こそなくても高野山とかに合祀しておけば「お経は毎日、嫌でも上がってるし」と気楽なモノなので、江戸方式あたりが気楽で良いと個人的には思う
蝉丸P@「住職という生き方」星海社新書・発売中 @semimaruP
要は遺骨や過去帳・戒名を個別に保管・管理してくれとなると、高額になるので高野山とか各種本山や菩提寺など合祀墓のあるところに埋葬して、家には仏壇か棚に位牌のみにすればスッキリor墓地で悩まなくてもランドマーク=墓所と出来るので楽なんですがねぇ
蝉丸P@「住職という生き方」星海社新書・発売中 @semimaruP
いわゆる拝み捨てというヤツですなぁRT @mimi19720808: 「納骨堂ありますか」という問い合わせは、高確率で「永代供養できますか」=「前払いしたら、もうお任せでいいですか」=厄介払いな感じなので、何件か続くと結構へコみます(涙)@semimaruP
蝉丸P@「住職という生き方」星海社新書・発売中 @semimaruP
あちこちでNHKの無縁社会ポストを見かけるも、生まれてくるのも死ぬのも一人であるからして周囲との関わり方次第かねぇ…などと、盡生死去来、我もまた斯くの如し、汝もまたかくの如し、独り身の坊主的には近隣結集寺院があるので病気にせよ行事にせよ同業のカバーが有り難い。
蝉丸P@「住職という生き方」星海社新書・発売中 @semimaruP
そういう意味では伝統的に相互互助のシステムが確りしてる業種なんだなと再認識(寝首かかれる事もありますがw) とは言え、相互互助のシステムに属してない人が多数であればこその不安か…自分もフリーの頃はヤバかったしなぁ…むむむ
蝉丸P@「住職という生き方」星海社新書・発売中 @semimaruP
なんだか葬儀費用についてコメを求められましたが、赴任地ですと葬祭場が場所代・人件費・祭壇・花・会食・遺体運送・火葬馬代などで150万平均でありお布施で40万オーバー貰ったことなんざないので関東相場が押し上げてるよなぁ…などと http://bit.ly/diefhG
蝉丸P@「住職という生き方」星海社新書・発売中 @semimaruP
安く上げたいなら方法はナンボでもあるし、葬儀屋は値切れなくても寺は「これでお願いします」と言われりゃそれでやるワケだから「お客さん扱いされて座っていればOK」とか「自分達では良く分からないので」という風に全部葬儀社任せにしてりゃ高くなるのは必然でござる
蝉丸P@「住職という生き方」星海社新書・発売中 @semimaruP
葬儀にかかる費用が少ない国や教会関係などは、こういう人達が嫌う「平素からの親密な付き合いがあるコミュニティ」あっての話である(マンパワーの確保)ってのを都合良く忘れているので、にんともかんとも
蝉丸P@「住職という生き方」星海社新書・発売中 @semimaruP
冠婚葬祭など社会的な儀礼は、普段から地域社会にコミットしてれば、トータルコストは大差なくてもお得感アリ。そういうのが嫌で一切コミットしてなけりゃ、まとめて一括という話、どう転んでも人一人送るってのは有形無形のコストがかかる
蝉丸P@「住職という生き方」星海社新書・発売中 @semimaruP
普段から町内会や寺社との付き合いなどがあれば、否が応でも情報に触れる機会が多くなるので、いざ自分がしなくちゃいけない場合でも、ノウハウや差配&協力があるから、馬鹿みたいな費用はかからない。ささやかな有形のコストとコミュニケーションという無形のコストを支払ったればこそのモノである
蝉丸P@「住職という生き方」星海社新書・発売中 @semimaruP
で、こういった情報摂取や立ち回りにリソースを割かずに、いざその時を迎えて、専門業者に丸投げとなりゃ、そりゃ金銭的には高額になるが、付き合いなどの面倒は避けられるから、ほぼ有形のコストのみ、どちらを選ぶかって話なので善いとか悪いとかじゃぁない話
蝉丸P@「住職という生き方」星海社新書・発売中 @semimaruP
じゃあ、散骨や人前葬で、とか様々な動きはあるも「葬祭の祭祀や儀礼を行わなかった」という事実は残った人にプレッシャーをかけ、後から新宗教やら霊感・スピリチュアルにパクっと行かれるので、コスト的に見ると笑えない事態になることもしばしば、伊達や酔狂で歴史に葬祭儀礼があるワケじゃないのよ
蝉丸P@「住職という生き方」星海社新書・発売中 @semimaruP
文明化された社会で葬祭儀礼というのは一つの区切りであって、大なり小なりのコストはどこも払っているワケで、単純に金銭的に高い安いをあげつらっても無意味なので、金銭的に安く上げたいならマンパワーの確保と情報の摂取というコストを支払っておきましょうって事ですな
蝉丸P@「住職という生き方」星海社新書・発売中 @semimaruP
「葬式などは死んだ人間の為にやるんじゃない、残された連中の為にやるんだ。祭りの一種に過ぎないんだよ」との言は小説・ドラマ・映画でお馴染みですが「祭り」を舐めてると痛い目を見るので御用心でござる!
蝉丸P@「住職という生き方」星海社新書・発売中 @semimaruP
コミケなどでもそうですが「祭り」ってのは参加者・主催者など「祭事のお約束」を双方が踏まえてないと、どえらい目に逢うのは必定でして、規模の大小や金銭の多寡じゃないのよ
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