茂木健一郎(@kenichiromogi)さんの連続ツイート第2293回「あいちトリエンナーレの『表現の不自由展』の『少女像』を見て、あれこれと感じ、考えればいい」

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茂木健一郎 @kenichiromogi

連続ツイート2293回をお届けします。文章はその場で即興で書いています。本日は、感想です。

2019-08-02 06:49:35
茂木健一郎 @kenichiromogi

「あいちトリエンナーレ」の中の「表現の不自由展」が話題になっている。さまざまな理由で展示できなくなった作品ばかりを集めているということで、ナチスに「退廃芸術」と認定された作品群や、当時のサロン展から落選したものばかりを集めた「印象派」の展覧会のようにある意味では美術史の王道。

2019-08-02 06:52:45
茂木健一郎 @kenichiromogi

現代美術展の作家は一人ひとり作品を魂をこめてつくっているわけで、「表現の不自由展」ばかりが注目をあびるのはきっと違うのだけれども、それをきっかけに会場に足を運ぶ人が増えれば、結果として作品との出会いがあるから、良いことなのかなとは思う。

2019-08-02 06:53:46
茂木健一郎 @kenichiromogi

「表現の不自由展」の中でも、「少女像」に関心が集まっているようだ。この像は、私もイメージとしては知っているけれども、美術作品というのは実際に目にした時のクオリア、アウラ(ベンヤミン)を確認しないと評価はできないわけで、会期中、ぜひ足を運んでこの目で確かめてみたいと思う。

2019-08-02 06:54:59
茂木健一郎 @kenichiromogi

「少女像」をめぐる議論は日本国内の一部では錯綜しているようだけれども、本質を見れば、戦争中に「強制」(この意味は後ほど)によってつらい思いをした女性たちのことを想う像で、反対するとかおかしいし、ただ前に立っていろいろなことを感じればいいのだと思う。アート作品なのだから。

2019-08-02 06:56:26
茂木健一郎 @kenichiromogi

少女像が象徴するとされることに「強制」があったかどうかということを、たとえば軍隊が銃剣でおどして、という意味での「強制」ととらえるのは狭すぎるのであって、強制(coercion)の中には、経済的な自由でやむをえなく、というようなことも含めて理解するのが現代におけるスタンダードだと思う。

2019-08-02 06:57:50
茂木健一郎 @kenichiromogi

「少女像」をめぐるさまざまな議論の中で、「強制」ということや「組織性」ということを狭くとらえて、戦争中一部の女性たちが経験したつらいことを「問題なし」とするのは現代においてはおよそ無理筋なのであって、それは韓国だけでなく米国などの反応を見ていてもわかるはずだ。

2019-08-02 06:58:58
茂木健一郎 @kenichiromogi

「少女像」をめぐって、「強制」はなかったとか、軍の組織的関与はなかったとか、新聞の報道が誤報だったとか、そういうところをとらえてうんぬんするのは、問題の本質を見誤っている。あくまでも、経済的なことを含めた「強制」(coercion)の結果としてつらい思いをした方々を想うのが本質のはずだ。

2019-08-02 07:00:21
茂木健一郎 @kenichiromogi

少女像の問題に限らず、韓国と日本の関係についての一部の議論を見ると、歴史の全体の流れや本質を見ることをせず、形式的なことや表面的なことにこだわってあれこれ言う傾向が強く、現代において、国際的な文脈においては無理筋だと感じる。日本国内の一部でしか通用しない論である。

2019-08-02 07:01:40
茂木健一郎 @kenichiromogi

いずれにせよ、さまざまなことを「少女像」を前にしてあらためて感じる、考えることとは美術展のすべての意味ではないにせよ大切な意義の一つだと考える。「表現の不自由展」の会場に出かけて、作品を前になにかを感じればいい。その何かがなんなのか、まだわからないけれども。

2019-08-02 07:03:01
茂木健一郎 @kenichiromogi

以上、連続ツイート2293回「あいちトリエンナーレの『表現の不自由展』の『少女像』を見て、あれこれと感じ、考えればいい」をテーマに9つのツイートをお送りしました。

2019-08-02 07:05:28