『この世界の片隅に』における、登場人物にとっての「広島」と「呉」の位置づけについて

はてなブログのTweet掲載機能がツリー形式と複合すると最悪にみづらい表記になったため、Togetterに逃げてきました。
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i. 水原とすずのシーンについて

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ここの水原再登場の件、 (1) 水原は寡黙キャラでヘラヘラ笑う人間でなかった (2) すずは一時ハゲができるほど「北條すず」を演じることに適応しきれず、現実感を覚えていない(橋のシーン参照) (3) 周作はすずを北條の労働力にしたことに(素朴に好いていることとは別に)負い目を感じている があり

2019-08-03 22:06:06
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そこで (4) 広島=現実 の象徴のひとつ、「現実のまま暮らしていたら水原と付き合っていたかも」とすずが予感いたはずの水原が、青葉乗組=非現実 を通じて「普通」を見失って呉に寄港した という2人の間のねじれがある (5) 非現実の側の家長である周作が現実=水原にすずを譲るそぶりを見せる

2019-08-03 22:08:40
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(6) にも関わらず水原は「絵が描けたすず(浦野すず)」が「絵が描けないすず(北條すず)」として何らかの決定的な変節を遂げ、呉に根付き始めていることを発見する (7) 水原にとって「普通の象徴」だった「浦野すず」は、「北條すず」になっても「普通の象徴」を維持していることを確認する

2019-08-03 22:12:40
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(8) 実際には、「浦野すず」から「北條すず」になった後も、すずは何度も、いくつかの点で大きな変節を余儀なくされる。「狂い始めた水原」「後ろめたい周作」「浦野/北條のアイデンティティの間で揺れるすず」の三者の噛み合わなさが、ホモソーシャルな忖度を通じて雨降って地固まる流れになってる。

2019-08-03 22:16:30
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浦野すずとしての創造性が、憲兵等の戦況の難しさで摘み取られかけていたのをすんでのところで生き延びさせつつ、北條すずとしてのアイデンティティを再編してゆくまでが中盤であった。その触媒となったのが、かつて「浦野すず」の創造性を最も間近で見て惚れていた水原との再会だったという仕掛け。

2019-08-03 22:23:46

ii. 異界としての呉、帰るべき場所としての広島、そのような二軸が捨て去られてゆく過程

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この後にも、空爆に絵画的クリエイティビティを喚起させられるすずがあり、イエを記憶の頼りとして周作を待つと述べるすずがあり、周作との夫婦の関係の中で絵を描くことを再開するすずがあり……となり、基本的にはすずは「北條すず」としての役割を強く引き受けるようになる。が……(地上波2220まで

2019-08-03 22:20:15
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ここから「イエを守る」と周作に誓ったはずのすずに転回点が訪れる。空爆で家が焼けたあの人はこの軍港=戦場の街から解き放たれたのではとすずは夢想する。家族に責任を持つことのしんどさ、取り返しの付かなさに絶望した後なのに、すずはイエを焼く焼夷弾の前でバケツと掛け布団を手に取る決意を下す

2019-08-03 22:32:09
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すみが出てくるのは「右手」……「浦野すず」にとっての創造性の象徴であり、「広島」、すずにとっての基底的な現実の側に属するもの……のエピソードが演出された、その直後である。つまり「呉(=浦野すずが北條すずを演じる非現実の場 )」からの脱出を予感させる役者としてすみは機能している。

2019-08-03 22:39:09
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「すず」は、「広島の浦野すず」として生きた時に培った右手の創造性で、「呉の北條すず」のアイデンティティ構築をこなし続けた。したがって、「すず」にとって「呉」は「ファンタスティックな冒険の場」であった。それに耐えきれなくなった時に帰還する「基底的現実」として広島は在る。が。

2019-08-03 22:41:28
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つまり、『この世界の片隅に』における呉の、後年の私たちにとっての「厳しい現実」そのもののように見える戦争の惨禍は、すずにとっては「対決し続けるファンタジー」として在る。呉=厳しい異世界、広島=安穏とした基底世界、という「すず」と「すずの右手」による世界把握が、この作品の核にある。

2019-08-03 22:47:48
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しかし径子さんと和解した後に、「浦野すず」が発揮していた創造性は影を潜め、「うちらの戦い」の側に基底的現実を移行させる。それは奇しくも、帰るべき場所としておいていた「広島=基底的現実」の方で「ピカッ」と何かが光った時だった。

2019-08-03 22:50:47
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それが最後に、「呉=自分たちのいる場所」と夫婦で確認し合うところで、呉という街は「すず」にとってのファンタジーの場所であることを終える。出会い、嫁入り、戦争を経て、異世界として映った呉を、「この世界」の一部としてすずに捉えなおされるまでの過程が描かれたことになる。

2019-08-03 23:05:01

iii「この世界」の「片隅」はいくつ仄みえたか

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原作の主題が「この世界の片隅に」である。この時の「この世界」とすずが言うまでの世界理解をめぐる物語だった、と今回はっきり意識できた。広島と呉は鉄道により繋がりつつも、すずの心の中では「二つの世界」「二相のすず」として分断されていた。それが様々な出来事を経て統合されるまでの物語。

2019-08-03 23:29:12
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他方で、すず、周作、りんを結びつける真のファンタジーもあの世界にははじめから存在していて……「すず」が呉をある種の異界として把握し続けるチカラが、異界で生きるすずを助ける奇跡の布石となっていた。そして最後、すずが呉を異界ではなくこの世界と捉えた途端、籠男とワニは手を振り立ち去る。

2019-08-03 23:38:14
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もうちょっと水原について書き足す:水原は「なんならすずは広島に連れ帰りますけえ」と朗らかに言う。これは北條家(軍属)に対する海兵さんからの越権行為であるが、同時にすずにとっては「非現実から現実に連れ帰る提案」としても一応映る。だが……

2019-08-04 03:20:12
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……すぐその後、水原はすずに対して、自分が海軍の論理で動く世界、広島と違って「まともでない」側の世界に適応してしまい戻れなくなってしまったことを吐露する。実のところ、水原はすずの知るような意味での「広島」に連れ帰る資格をすでに喪っているのである。

2019-08-04 03:21:46
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「広島の江波」と「呉の北條家」が、それぞれすずの初期設定としての「現実/非現実」となっていること(幼年期にはその現実の中にも童話的ファンタジーが内包されていることが語られるけれども)を基本的な軸と据えても、実は広島に戻るための正当な理由を完璧に与えてくれる人物は、作中に出ない。

2019-08-04 03:24:43
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姑的義姉である径子、腐れ縁の幼馴染の水原、戦地であるここより安全な広島で平和な暮らしをしてもいいよと(原爆の日の手前まで)誘い続けるすみ、負い目を吐き出すように「勝手にせい」と叫ぶ家長の周作、誰もすずを完璧に広島に戻す決定打を渡さないで終わる。

2019-08-04 03:27:25
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『この世界の片隅に』の(りんシナリオを省いた範囲での)特徴は、「もしかしたらすずを広島に帰還させようとする権能を持つ誰か」が、まさにその時代の制約や個人的情念のためにそれを未遂に終わらせ、「生きがたい呉という街」に対する観客の一面的な見方を、その都度突き崩す、所にある。

2019-08-04 03:30:51
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『アリーテ姫』や『マイマイ新子と千年の魔法』や、さらには『ブラック・ラグーン』に見いだされる、片渕須直監督作品における主人公たちの「俗界/異界」の区分をすずのドラマの中に見た場合、「広島/呉」の二軸に介入する複数の他者じたいが、新たな異界をすずに示唆するような機能を果たしてる。

2019-08-04 03:34:30
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つまり『この世界の片隅に』は、主要人物だけでも (a) すず{広島/呉} (b) 周作{北條家/軍部} (c) 水原{広島/青葉および海軍} (d) 径子{北條家/嫁ぎ先} というような、それぞれの「共有しがたい異界の試練」を抱えており、それがすずの「異界での冒険」に別の視点を与えるようにもなっている。

2019-08-04 03:38:06