まるがおさんといとうけいのインセルから始まる「知」に対しての対話

まるがおさんが「インセル」に対してのつぶやきをしたところから、彼らがなぜそうなったのか。社会においての「知」とは何か。という話です。
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まるがお@哲学・倫理学をゆっくり解説 @maru_tetsugaku
今日になって「インセル」って言葉を知った。 BBCニュース - 不本意の禁欲主義者――「インセル」たちの知られざる世界 bbc.com/japanese/featu…
まるがお@哲学・倫理学をゆっくり解説 @maru_tetsugaku

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まるがお@哲学・倫理学をゆっくり解説 @maru_tetsugaku
女性は男性の欲望を満たすために存在しているわけではないのだ(インセルと関係あるかないかは分からないし、もちろん女性と男性に限った話でもない)
まるがお@哲学・倫理学をゆっくり解説 @maru_tetsugaku
少なくとも記事の中のインセルと呼ばれる人たちの考えには共感できないけど、記事の例は極端な事例なのかな? 「女性は男性の欲望を満たすために存在する」と考えている人がいるなら、その考えには反対しなければならないと思う。
まるがお@哲学・倫理学をゆっくり解説 @maru_tetsugaku
「人間を単なる手段(≒道具)として扱ってはいけない」というのは私たちが守るべき倫理のひとつであり、性的関係についても同じことが言えると思う。
いとうけい@伊藤馨 @xink21
@maru_tetsugaku 同じことを思いました。 それとは別に、知的な世界の狭さが可能性を狭めていて、彼らの多くが理想的な何かがあるにも関わらず、その理想が叶わないという絶望で打ちひしがれ、予め他者を否定することで自らを成り立たせようとしています。その力を得るための知的充足が出来ないのでしょう。
いとうけい@伊藤馨 @xink21

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まるがお@哲学・倫理学をゆっくり解説 @maru_tetsugaku
@xink21 いとうさんの言う知的充足と通じると思うのですが「世の中にはまだまだ自分が知らないことや知らない世界がたくさんある」という感覚を持てることは重要だと思います。 例えば、それにより「女性はこういう存在!!」といったような偏見や決めつけを避けられる気がします。
いとうけい@伊藤馨 @xink21
@maru_tetsugaku ルサンチマンだと思います。こういう反知性主義的なことは、学ぶこと止めることで自分自身を肯定しようという不毛な試みなのだと思います。学ぶことを止めるというのは人としての在り方を捨てることだと思うのです。ただ、そこに差し伸べる手が無かった証左でもあるのかも。悲しいですね。
まるがお@哲学・倫理学をゆっくり解説 @maru_tetsugaku
@xink21 確かに、学ぶということは人間にとって大切なことですね。ただ、学ぶには時間や精神的な余裕が必要なので、忙しすぎる生活の中ではどうしても学ぶことは遠ざかってしまうと思います。「忙」という字は「心を亡くす」と書きますし。
いとうけい@伊藤馨 @xink21
@maru_tetsugaku 神じゃないですけど、知はどこにでも存在します。人とつながることは即ち知と成りえます。 知識や教養は分け与えてこそ、その真価を発揮します。
まるがお@哲学・倫理学をゆっくり解説 @maru_tetsugaku
@xink21 たしかに、どこにでも、例えばこうしたやりとりの中にも知があり、分け与えることはみんなにとって有益ですね。私や私の動画もそうした発信源や触媒になれたらいいなと思います。
いとうけい@伊藤馨 @xink21
@maru_tetsugaku まるがおさんの動画。本当に勉強になります。読んだけど、思考のアーカイブに入れて考え方の基礎になっていたものを、思い返すことが出来るのがありがたいです。 基本的に知識や教養って減らない資産だし、配れば配るほど増えるものだって認知になってくれないかなぁ。と思うんですよ。
まるがお@哲学・倫理学をゆっくり解説 @maru_tetsugaku
@xink21 ありがとうございます。そう言っていただけるととても励みになります。 「基本的に知識や教養って減らない資産だし、配れば配るほど増えるもの」。本当にそう思います。 「今、私がたまたま知っていることを、私だけのものにしておくのはもったいない」というのも動画制作の動機の一つでした。
まるがお@哲学・倫理学をゆっくり解説 @maru_tetsugaku
@xink21 「勉強」をいわゆる「試験勉強」「受験勉強」と同一視する見方で止めてしまうと、知識を共有することの意義が分かりにくくなってしまうのかもしれません。
いとうけい@伊藤馨 @xink21
@maru_tetsugaku 知識の獲得には、ある種の苦労が伴うのは致し方ない。反対によき導き手と出会うことで解決することもありますよね。 動画も一つの導き手だと思います。 勉めて強くなれないことと学びは違いますからね。自助であり共助だとも思います。
まるがお@哲学・倫理学をゆっくり解説 @maru_tetsugaku
@xink21 学びは「自助であり共助」、とてもいい表現ですね! Twitter でもみなさんから学ばせてもらっています。 出会いは本当に大切ですね(これは、本が特にそうだと思います。ネットではなく現実の書店に立ち寄る意義はそこにあると思います)。
いとうけい@伊藤馨 @xink21
@maru_tetsugaku 文書は固定化された人物の叡智の欠片と言ってもよいと思うのですが、残念ながら、その宝を手に入れるためには鍵が必要で、それは語彙だと思います。 ゲーム的な考え方だけど、レベルアップしていって得意分野(スキル)を見つけて、ジョブを手に入れるみたいに好きな所から獲得出来ると思うんですよ。
まるがお@哲学・倫理学をゆっくり解説 @maru_tetsugaku
@xink21 コツコツと積み上げて何かに到達するところはゲームそのものですね。 私は学びにおいては、コスパ的思考をしないこと、「これを学んだらどんな利点があるか」を問いすぎないことが必要だと思います。 学びの成果は学んだ後にしか分かりませんから。
いとうけい@伊藤馨 @xink21
@maru_tetsugaku 好きなものから適当に手をつけて、それらがどんなものでも連環していくところまで来ると楽しいと思うんですよね。 例えば、経済学を学んでいくと、ある一定の部分から共通する概念にたどり着いたりするんですよね。 そのポイントまで、どうやったら連れていけるのかをいつも考えます。
いとうけい@伊藤馨 @xink21
@maru_tetsugaku 学び、そのものに価値はないと思うんです。それ自体が本来は楽しみになるはずで、それを誰かと交換したときにこそ価値が生まれるんだと思うんです。 だから、コスパは自分は考えないんですが、入門者にはコスパを提示できないと駄目だな。って思ってもいます。 これは、教育者でもあるからなんですが。
まるがお@哲学・倫理学をゆっくり解説 @maru_tetsugaku
@xink21 学びは共同/協働の営みですね。しかもその共同/協働は空間だけでなく時間も超越すると思います。私たちは過去の賢人から学び、さらに受けとった知識のバトンを未来の人びとに渡していく。
いとうけい@伊藤馨 @xink21
@maru_tetsugaku 書物というか、テキストは時空を越えて残るもので演劇も2500年前のものが今も上演されています。そうしたものを読み解き、さらに知識の上積みがなされ続けてきたということはある種の遺伝子のようなものなのだと思います。 知識の運び手としての私たちが更にコードを書き足していくということですね。
いとうけい@伊藤馨 @xink21
@maru_tetsugaku まさしくそうなんですよ。書物に触れたとき、ある一定の量を過ぎたときの人類が今まで築き上げてきたものをすべて読むことが出来ないということがあって、その先に他の物を読んだ人と交換しあうことでそれらが圧縮されたものとしてやり取りされる。そこからより多くの人に会うことを目的にしています。
いとうけい@伊藤馨 @xink21
@maru_tetsugaku 演劇は協働しかない芸術で、また賢者の楽しみとも呼ばれています。持っているものが多いほど楽しめる芸術だと言われています。それは、現代美術もそうですが持てる者だけが楽しいものになってしまったのは残念です。 共同/協働で学びを身近なことにする試みはもっとしていくべきだと思っています。
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「#演劇」

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