2019年8月17日

意外⁉戦慄⁉感嘆符や疑問符を多用する戦前の新聞⁉

今年の6月に作成した「意外!戦慄!感嘆符を多用する戦前の新聞!」の続編。今回は1928(昭和3)年から1938(昭和13)年の新聞から、見出しに感嘆符や疑問符が使用されている記事をまとめてみた。
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まとめ 意外!戦慄!感嘆符を多用する戦前の新聞! 1928(昭和3)年から1938(昭和13)年の新聞記事の中から、見出しに感嘆符が用いられたものをいくつかまとめてみた。当時の新聞は出来事をセンセーショナルに書き立てる傾向にあったことがわかる。 11124 pv 45 3 users 12
引用に際して
  • 旧字旧仮名を新字新仮名に改め、送り仮名を適宜補った。
  • 同じ字を繰り返すことをあらわす符号(「々」や「ゝ」)は漢字もしくは平仮名に置き換えた。
  • 画像の一部に今日の観点では不適切な表現があるが、資料的価値を考慮し、そのままにした。

感嘆符を多用する戦前の新聞

まずは見出しに感嘆符が使用された記事を引用する

堀外記 @jemappellety

「意外!映画の悪影響僅少」(『東京朝日新聞』1934年4月16日付朝刊5面)。警視庁が不良少年について調査したところ、映画の影響を受けた者が思いのほか少なかったそうだ。不良少年の動向も時代とともに変化していくのであろう。 pic.twitter.com/Vmh9HTKU97

2019-07-17 14:06:49
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↑上の記事などを読む限りでは、昭和戦前期の日本では映画が少年に悪影響を与えていると考える人が少なくなかったようだ。

堀外記 @jemappellety

「戦慄!“塵芥地獄”」(『大阪朝日新聞』1934年9月30日付夕刊2面)。室戸台風の被害を受けた大阪で大量の災害ごみが発生。それらのせいで大阪の衛生状態が悪化しているとの由。 pic.twitter.com/t48F9gXJcF

2019-07-17 12:38:46
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堀外記 @jemappellety

「いよいよその日が来た!清き一票による国民奉公の日」(『大阪毎日新聞』1928年2月20日付朝刊7面)。 #参院選 #参院選2019 #選挙に行こう pic.twitter.com/U0iIjw1yHv

2019-07-21 09:50:44
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↑1928年2月20日は第16回衆議院選挙の投票日だった。「#参院選」「#参院選2019」というハッシュタグが付いているのは、ツイートの投稿日が参議院選挙の投票日だったから。

堀外記 @jemappellety

「きょう!正しき一票をこの函へ」(『大阪朝日新聞』1928年2月20日付朝刊5面)。当時の投票箱はかくの如し。 pic.twitter.com/D3eohB4otD

2019-07-21 10:58:29
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堀外記 @jemappellety

「僕の選挙費用! 先ず金の工面に悩む無産党候補の台所」(『東京朝日新聞』1928年2月1日付夕刊2面)。この年の総選挙に出馬した無産政党の候補者は、選挙費用の捻出に苦労したことがうかがえる。 pic.twitter.com/fhDYLtfG5M

2019-07-21 11:55:30
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↑社会民衆党から出馬した安部磯雄(早大野球部創設者)は、大学OBの人脈を活用して費用を捻出したとのこと。選挙は当選。一方、同じく社会民衆党の宮崎龍介は、妻の柳原白蓮が稼いだ金などを費用に充てたそうだ。しかし、こちらは落選。

堀外記 @jemappellety

「本社オートジャイロ朗らかに快翔! 民間の第一番機」(『大阪朝日新聞』1932年10月29日付朝刊11面)。大阪朝日新聞はオートジャイロを所有していた。その試験飛行が成功したことを伝える記事。 pic.twitter.com/5alMba2dJ4

2019-07-14 09:39:46
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↑映画『ルパン三世 カリオストロの城』を見て、筆者はオートジャイロの存在を知った。そのような人は少なくあるまい。

堀外記 @jemappellety

「だし抜けに九十一度! きのうぐんぐん昇った水銀柱 正に殺人的の暑さ」(『東京朝日新聞』1931年7月20日付朝刊7面)。見出しの「九十一度」華氏温度で、摂氏だと約32.8度。この当時、見出しの温度が華氏だった事例は珍しくなかった。暑さを強調するのが目的だったと思われる。 pic.twitter.com/QZkNpmmcke

2019-07-17 15:15:36
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堀外記 @jemappellety

「酷熱!百丗度の戦野」(『読売新聞』1938年7月24日付朝刊1面)。中国の「○○」で華氏130度(摂氏約54.4度)の暑さを記録したとのこと。「○○」はもちろん伏字。日本軍の進撃も伝えているが、日中戦争は既に泥沼化していた。 pic.twitter.com/qdGP9gY1am

2019-07-20 11:04:37
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堀外記 @jemappellety

「きょうも寒い!」(『読売新聞』1931年2月8日付朝刊7面)。一方、こちらの記事本文は摂氏温度が用いられている。 pic.twitter.com/dwX0Tscq8l

2019-07-28 13:34:01
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堀外記 @jemappellety

「壮観!開会式!」(『大阪朝日新聞』1933年8月13日付夕刊1面)。1933年夏の甲子園大会開会式の様子を伝える写真。 pic.twitter.com/2DqB36LD6i

2019-08-04 11:18:33
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堀外記 @jemappellety

「厳粛!優勝旗授与式の盛観」(『大阪朝日新聞』1937年8月21日付朝刊11面)。こちらは1937年の閉会式の際に撮影された写真。1933年の写真と比較すると、甲子園球場のスコアボードの位置や外野席の大きさが変化しているのがわかる。 pic.twitter.com/gIxGw2003d

2019-08-04 11:28:46
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堀外記 @jemappellety

「おお大和撫子!」(『読売新聞』1936年8月12日付朝刊2面)。前畑秀子は1936年のベルリンオリンピックで金メダルを獲得。その時に西条八十がこのような詩を書いている。 pic.twitter.com/HSsy9JBpiY

2019-07-15 15:27:17
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↑西条八十は詩人にして仏文学者(1892~1970)。

堀外記 @jemappellety

「『マイクの角へ頭を打つけて死ね!』 アナウンサーへ投書頻々!」(『大阪朝日新聞』1931年9月8日付朝刊8面)。現在のNHK大阪放送局でラジオ番組の制作に携わる人や出演者らによる座談会の見出し。アナウンサーを罵倒する内容の投書が多いそうだ。 pic.twitter.com/fiQ70wL16R

2019-07-30 20:14:50
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堀外記 @jemappellety

「乱れ咲いた悪の華! 血腥い惨劇が多かった昨年」(『豊州新報』1933年2月14日付朝刊7面)。大分の地方紙に掲載された記事。「昨年」、すなわち1932年は大分県下で血なまぐさい事件が頻発したとの由。 pic.twitter.com/p2uoGfVSSF

2019-08-16 17:17:33
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↑豊州新報は1942年に大分新聞と合併し現在の大分合同新聞になる。

堀外記 @jemappellety

「機運は熟せり‼ 公娼を救い出せ 今こそ活動の時期」(『読売新聞』1929年1月22日付朝刊3面)。廃娼運動などに取り組む婦人運動家の談話が載っている。戦前の読売新聞は廃娼運動に好意的だった。 pic.twitter.com/kxfiHF1iz0

2019-06-08 19:05:19
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堀外記 @jemappellety

「娼妓解放は明治五年! だが忽ち奴隷制度へ 幻滅の悲哀を嘗めた「自由の権!」」(『読売新聞』1935年3月16日付朝刊9面)。この記事を書いた読売新聞の記者は、「公娼制度=奴隷制度」と認識していたと思われる。 pic.twitter.com/QQfEeuFBPl

2019-08-09 17:22:14
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コメント

sukebenayaroudana @Sukebenayarouda 2019年8月17日
2chで多用された煽り手法が昔の新聞の煽り手法と似ていることは指摘されていましたね。ともに文字以外の表現手法が少なかったから。
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不可みどり @knsnhkmdr 2019年8月17日
今の新聞記事には使われていないけれど週刊誌とかリテラがよく使っている。アフィリエイトのまとめサイトもよく使うよね。
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かつまた☆いさ(レディ女児ィ📛) @kamiomutsu 2019年8月18日
32.8℃で「殺人的な暑さ」と新聞に書かれたのか…
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