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「神は存在するのか」という問題についてクリスチャンはどう考えるのか,聖書にはどう書いてあるのか.

「神は存在するのか」という問題についてクリスチャンはどう考えるのか,聖書にはどう書いてあるのか,ということを説明したツイートをまとめました.神は存在するのか,というのはほとんどのクリスチャンにとってそもそも議論の対象ではない,という感じの話です.
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森下 真道 @Truth_morishita
神は存在するのか.特に聖書に書かれているような,天地万物を創造した唯一絶対の神は存在するのか.これはキリスト教に対する最もポピュラーな疑問といえるかもしれません(ユダヤ教,イスラム教で信じられている神についてもほぼ同様だと思います).
森下 真道 @Truth_morishita
歴史的に様々な神の存在証明が考え出されてきましたが,一般的にクリスチャンにとって神の存在というのは証明する類のものではなく,信じる事柄です.
森下 真道 @Truth_morishita
聖書にも神が存在するかどうかについて哲学的な議論を展開しているような箇所はなく,信仰によってこの世界が目に見えるものからできたのではないことを悟るのだ,とか,愚か者は神はいないと言っている,のような断片的・間接的な言及が神の存在についてわずかにあるくらいです.
森下 真道 @Truth_morishita
ただ,旧約聖書の出エジプト記の中で神が自身の名前を「わたしはある」というものだ,と言われている箇所があり,この名前の意味については色々解釈できますが,単純に取れば「存在している」という意味です.神ご自身が,「わたしは存在している」と名乗っている.
森下 真道 @Truth_morishita
新約聖書のローマ人への手紙の中では,「神の永遠の力と神性は被造物によって知られ,はっきりと認められる」と書かれており,この箇所が聖書の中で最も神の存在について何か根拠を持たせるような書き方をしている箇所かもしれません.
森下 真道 @Truth_morishita
ローマ人への手紙では,どんな被造物のどのようなありさまが神の永遠の力と神性を分からせるのかということまでは説明していませんが,ともかく私たちが神によって造られたこの世界を見るとき,神の永遠の力と神性を認めざるをえないのだというわけです.
森下 真道 @Truth_morishita
私自身は色々な生き物の体の仕組みや生態を見る時に創造者である神の意志をそこに感じますが,世間的には何か科学的な説明が与えられ,神秘性は読み取られないようになっています.
森下 真道 @Truth_morishita
結局のところ,被造物のありさまに神の力を見出すかどうかも,信仰によってそれを受け入れるかどうかによるということになります.信仰を持って受けれるなら神は存在する,受け入れないなら神は存在しない.
森下 真道 @Truth_morishita
さらに,聖書には奇跡など,単に荒唐無稽と思われるような事柄が色々と書いてありますが,クリスチャンからすると,そういった記述もまさに神がおられる証拠として受け止めることになります.
森下 真道 @Truth_morishita
預言の成就,キリストの復活,これらは聖書に記されたことが確かなものであることを証明するものであり,ひいては聖書を与えた神の力を証明するものであるとクリスチャンは受け止めます.これもまた信仰によらなければそのような「証明」とは受け入れられないと思います.
森下 真道 @Truth_morishita
こういうわけで,とにかくクリスチャンにとって神の存在とはどこまでいっても信仰によって受け入れるものであり,ほとんど「初めから分かっている大前提」に近いものです.
森下 真道 @Truth_morishita
私自身はクリスチャン家庭で育ち,幼い頃から聖書の話を聞かされて育ち,それを比較的素直に受け入れてきましたから,神の存在についてもほとんど疑うことなく自然に認めていました.
森下 真道 @Truth_morishita
神を信じない状態からクリスチャンになった人も周りに多くいますが,その人達も決して神の存在について綿密な証明がなされたのでそれで神の存在を受け入れた,というわけではなさそうです.神の存在を受け入れるのには,議論による証明とはどうも別の道があるようです.
森下 真道 @Truth_morishita
その別の道とは,まずは先ほど引用したローマ人への手紙にあるように,やはり被造物を見ること,あるいは被造物について信仰的な視点から説明されることがあるかもしれません.神がもともと被造物をご自身のことを知らせるために造ったのなら,やはり神の力を指し示す被造物を知ると神がわかる.
森下 真道 @Truth_morishita
あるいはまた,イエス・キリストのことを知ることによって,自分の人生とイエス・キリストのことがどこかで触れ合って何か神を感じさせるようになる,ということもあるかもしれません.あるいはクリスチャンという神がおられると称する人々との交流のうちに感じることもあるかもしれません.
森下 真道 @Truth_morishita
神がおられ,生きてその力を働かせておられると信じるクリスチャンにとっては,神が人にそのご存在を認めさせる方法というのはまさに神的なあり方だろうと考えられるのです.ですから,哲学的にとか科学的にとか,世俗的な議論という土俵の上では,神の存在を考えるのはやや虚しいものに私は思います.
森下 真道 @Truth_morishita
それでも「やや」であって全否定でないのは,そうした一見世俗的な議論の中にも神様の力が働いて,神を認めることができるようにしてくださるかもしれない,と思うからです.世界を造り,世界を支配する神は,どんな事・物・人でもご自身のために用いることができるというのが私の信じるところです.

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