プラネタリウムクリエイター大平貴之さん、スパルタ塾の思い出を語る
- SchwarzKatz
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僕は、兄が通っていた某進学塾に通った。いや、親に促されて、いつの間に通う事になっていたと言った方が良い。入塾試験があったが、何故かパスしてしまったのが今思えば不運の始まりだったかも知れない。
2011-05-26 07:38:30その塾は成城学園前にあり、大手ではなかったが、いくつかの系列校があった。その中で「成城教室」はひときわ高い合格成績を誇っていた。これから話すのは全て誇張、ネタなど一切無しの実話である。
2011-05-26 07:44:19教室は大きな縦長の会議室をアコーディオンカーテンでちょうど真ん中で仕切り、二部屋に分けて使っていた。それぞれの生徒数はおよそ70。
2011-05-26 07:51:23あらかじめ断っておくが、あの先生方は教え方、気迫、テクニック全て一流で、そして何より凄まじいカリスマ性があった。職業人の今だからこそ改めて思う。それはまさにプロフェッショナル。
2011-05-26 08:02:42特に数学担当の室長のカリスマは、いわゆる「パネェ」としか言いようがない。生徒達はもとより、父兄特にお母様の信頼と羨望を一身に集め、まさに「神」の領域であった。
2011-05-26 08:06:51先生は広い教室いっぱいに響き渡る声を常に振り上げ教鞭をとる。そんな先生の口癖が「お前ら、成城教室の生徒なんだぞ!誇りを持て!!」
2011-05-26 08:09:45今思えば、何故、1零細私塾の生徒である事にそんなにステータスがあるのか不思議な話ではあるが、僕は大人の言う事を素直に信じてしまう愚かな性格だったので、疑いもせず、そういうもんだと受け入れていた。
2011-05-26 08:13:53授業中、質問に答えられなかったり、テストの点数が一定に満たなかった者には「○○発!(数字)」と宣告される。それはいうまでもなく、その「兵器」による制裁。尻をぶっ叩かれる回数の事である。いわゆる体罰である。
2011-05-26 09:30:10不甲斐ない問題生徒たちは教室の前に立たされ、順番に「裁き」を受ける。思い切り振り上げたフトンタタキが尻を直撃したあの痛さ!!尻にはミミズ腫れが起き10日は青あざが残る。
2011-05-26 09:42:09兵器は非常に頻繁に使用されるので、よく壊れる。長髪を振り乱しながら殆んどちぎれかかっている兵器をブンまわしている国語のY先生の姿。
2011-05-26 09:47:32あろうことか、より「破壊力」を増すために、2基のフトンタタキを重ねて針金でぐるぐる巻きにした強化バージョンまで存在した。
2011-05-26 09:53:48廊下にはその兵器達がこれ見よがしに置かれていた。兵器は、日々研究され少しずつ改良されていた。僕ら出来損ないは、「新兵器」が出現するたびに、震え上がりおののいたものだ。
2011-05-26 09:58:51