元ヒッポン編集部お二人による女神転生回顧録:01

ふと始まった平林久和さんの回顧によるアトラス設立の経緯。ナムコの並々ならぬ意気込みで発売された女神転生にまつわるお話と、成澤大輔さんが『女神転生Ⅱのすべて』を執筆されたきっかけについてまとめました。 せっかくなので後半は日付を少しさかのぼって、なぜ『女神転生Ⅱのすべて』でエンディング分岐ポイントについて詳しく言及出来なかったのか?VGMの名盤『女神転生I・II 召喚盤・合体盤』ライナーノーツ制作のお話や真・女神転生20周年についての意気込みなどを加えさせてもらいました(関係者の方のtweet,リプライ元tweet含む)。 ※1 真・女神転生20周年だからと言って、何かを始めてもらう言質をここに保存したわけではありません(笑)。お間違えなく!…でも、何か始まると良いですね。 続きを読む
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平林久和/H.Hirabayashi @HisakazuH
今、飯田橋の駅ビルで待ち合わせのDMが届いた。とっさに思い出したのは、ゲーム会社のアトラスだった。あのビルはアトラスの発祥の地だ。操業するやいなや、花か菓子折りを持って挨拶に言った記憶がある。
平林久和/H.Hirabayashi @HisakazuH
今では知っている人は少ないと思うけど、アトラスはテクモを辞めた人がつくった。テクモの開発部長だった、いちおうイニシャルにしておこう、Hさんが社長。取締役はUさんとYさん。エース級の人材がスパッと抜けたことになる。
平林久和/H.Hirabayashi @HisakazuH
当時、テクモは本所吾妻橋という、粋な場所にあった。池上正太郎の小説や随筆に出てくるような場所だ。『マイティボンジャック』とか、『ソロモンの鍵』とか、自分好みのゲームが多くて、よく取材に行ったものだ。帰りに見知らぬ店でランチをするのも楽しかった。ああ、素晴らしき本所吾妻橋。
平林久和/H.Hirabayashi @HisakazuH
比較しては申し訳ないが、カルチャーブレーンがあるお花茶屋の取材はつらかった。85年頃の話をしているんだけど、駅の周辺はゴム風船をつくっている町工場があって、駅を降りた瞬間にゴム風船の匂いがした。お腹が減って寿司屋に入ったがやはりゴム風船の匂いがした。
平林久和/H.Hirabayashi @HisakazuH
カルチャーブレーンの旧社名は「日本ゲーム」。じつに潔い名前。アメリカンエアラインみたいだ。もっとすごいか。日本銀行みたいだ。
平林久和/H.Hirabayashi @HisakazuH
ある日、いつものように本所吾妻橋のテクモに行くと、H開発部長に呼び止められた。なにか、よんどころない話をされる気配がした。「じつは、私、辞めるんです。新しく会社つくります。UとYも辞めます」と聞いて‥‥驚きそうな話だが、驚かなかった。その予兆を感じていたから。
平林久和/H.Hirabayashi @HisakazuH
で、できて会社がアトラスで、飯田橋に話は戻る。みんなイキイキとしていてね、理知的なことを低い声で話すUさん、Uさんはちなみに『スターフォース』をつくった人だが、Uさんとゲーム理論で有名な「囚人のジレンマ」の話をした記憶がある。
平林久和/H.Hirabayashi @HisakazuH
もういいや、言っちゃうと当初のキックオフの資金は、イマジニアのディスクシステムのソフトを受注して開発していた。タイトル名は‥‥忘れたw。
平林久和/H.Hirabayashi @HisakazuH
アトラスは、ゲーム開発以外にも、ビリヤードのキューを輸入したり、記憶が間違っていなければ、水道橋でゲームセンターも経営していたんじゃなかったかな。
成澤大輔 @Abingdoni_Nari
@HisakazuH イマジニアのソフトって、銀河伝承じゃなかったっけ。消えたプリンセスじゃなかったはず。
成澤大輔 @Abingdoni_Nari
@HisakazuH 水道橋のゲームセンターはテクモですね。ソロモンの鍵のロケテストをやったところ。神楽坂下のビルの奥にあったゲームセンターもテクモだったはず。
平林久和/H.Hirabayashi @HisakazuH
@Abingdoni_Nari ありがとう。オレの勘違いでした。テクモとアトラスを混同しちゃダメ。あとで、パスするね。
平林久和/H.Hirabayashi @HisakazuH
『女神転生』を開発して、アトラスは注目されるデベロッパー、当時の言葉でいえば「外注会社」として、一躍注目されるのだけど、ナムコが発売したソフトを奪い返すようにして、自社で発売するなんて、当時は考えられなかった。交渉力があるタフな会社だったんだね。
平林久和/H.Hirabayashi @HisakazuH
『女神転生』の合体が好きで、ハマってね。一度、雑誌のインタビューか対談で、アトラスの人たちに、一本道の廊下を歩く『女神転生』をつくってほしいと言ったことがある。マップを覚えるのが大変で、あのゲームは地形が一本道でも十分に面白いゲームだと思ったんだ。
平林久和/H.Hirabayashi @HisakazuH
西谷史による伝奇SF小説『デジタル・デビル・ストーリー』をゲーム化したのが『女神転生』。『デジタル・デビル・ストーリー』が有名で、『女神転生』が無名だった時代があったんだ。今、思えば。
成澤大輔 @Abingdoni_Nari
@HisakazuH (合いの手を入れてみる)以前にも書いたけど、「女神転生」はナムコのコンシューマー事業課スタッフたちにもすごく愛されてた。ナムコ内部にRPGを開発するラインがないせいもあるけど、彼らは「うちから新しいRPGを送り出すんだ」との気概で広報や宣伝にあたっていた。
平林久和/H.Hirabayashi @HisakazuH
@Abingdoni_Nari そう、愛されていた。愛っていうと抽象的だけど、宣伝や広報する人が、ゲームをやり込んでいて、資料もよくできていたもんね。
平林久和/H.Hirabayashi @HisakazuH
で、『女神転生』はどうなるかというと、一本道のゲームではなく、ダンジョンから飛び出る。フィールド型のRPGになった。それだけでは普通にありそうな話だけど、凄みを感じたのは、当時のファミコンソフトで、三島由紀夫の市ヶ谷駐屯地での割腹死を扱ったゲームになった。
成澤大輔 @Abingdoni_Nari
@HisakazuH 「女神転生」の合体という概念をつくったのがUさんでしたっけね。アトラスもすぐにやめてご自身で会社を立ち上げた記憶があります。典型的な天才型で、話していてとらえどころがなかった印象があります(このあたりはかなりあいまい)。
平林久和/H.Hirabayashi @HisakazuH
ファミコンソフトなのに三島由紀夫です。これです。最後の結末の悲しいこと。天下の三島由紀夫が叫んでも、誰もついてこない。⇒http://youtu.be/tzz1-ppIjOg
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平林久和/H.Hirabayashi @HisakazuH
@Abingdoni_Nari ということで、あとはよろしくとパスを出してみる。こう書くとセンセーショナルだけど、三島由紀夫のことはぼやかしていたんだよね。
成澤大輔 @Abingdoni_Nari
@HisakazuH おれは双葉社の「女神転生必勝攻略法」をつくったんだけど(ほとんどひとりでだよw)、それを見て「IIはうちでやろう」と声をかけてくれたのが平林さんでした。本の制作開始は89年秋だったけど、話はけっこう前にしてくれたはず。その頃はヒッポンでもう書いてたし。
成澤大輔 @Abingdoni_Nari
@HisakazuH 「真・女神転生」はFCじゃなくてSFCね。この作品、冒頭でいきなり母親が殺されたり、吉祥寺の廃ビルが舞台だったり、ゴトウという名の三島が出てきたりしてじつにショッキングでした。ナムコとはいろいろ揉めたとかで、それもあって肩に力が入ったのだとか。
成澤大輔 @Abingdoni_Nari
ちょっとだけ外してました。で、ちょっと戻って「女神転生II」。これもナムコットの重点タイトルで、開発・広報予算とも潤沢だった。そのひとつがテレビCM。http://bit.ly/fbyujX アニメは白組の制作で「額は言えないけどかなり…」と宣伝担当が鼻高々に話していたものです。
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コメント

Riichiro Abe @hng874 2011年5月27日
ブックレット制作費が120万とかありえない! 金額も単純にそうですが、それくらい予算のあるブックレットを作ってみたいものです。
ボーパル・ホパロング・にんじん卿 @hopalongcarrot 2011年5月29日
少しだけ追加しました。API残り回数を使いきってしまったので、まだ途中です。
ボーパル・ホパロング・にんじん卿 @hopalongcarrot 2011年5月29日
メガテン回顧録、とりあえずこれでいったん完成(?)です。
ODST でいこう。 @kuonin 2012年9月10日
真・女神転生20周年ですか。 ..やり直してみるかな。 当時ヒッポンを読んでいなかったら拙者メガテン挫折したで御座るよ。 ためになるお話をありがとうございます
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