- pascal_syan
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チーム「フライ・オクト・フライ」が、王者シグルイに勝利した。同時に、シグルイの本性を露にさせた…… 瞬く間に、彼らの名がスクエア中に広まった。ある者は英雄として、ある者は決定的瞬間の目撃者として、彼らのことを評した。 スキッパーズに代わる優勝候補とも呼ばれるようになった。
2019-09-19 07:08:33当の本人たちは、とても複雑な気持ちだった。勝てたのは、嬉しい。だが、恐怖が、それを上回っていた。 それは、あのとき現場に居合わせた観客たちも、映像を見ていた視聴者たちもそうだった。 「……あたいたち、あんなバケモノと、戦わなきゃいけないかもしれないのかい……?」
2019-09-19 07:11:02自宅で生中継を見ていたアカネたち。その表情は……わざわざ述べるまでもないだろう。 ただ一人を除いては。 「……ねーちゃんたちは、何も知らないから、仕方ないんだよ」 シローは知っている。幼い頃からずっと彼のことを追いかけてきたのだから。当然、「あれ」を何度も見ている。
2019-09-19 07:12:43シローだって、初めて見たときは怯えた。同じイカとは思えない、なんだこれは、と。けれど……そこを含めてシグルイだと、時が経つにつれ、理解してきた。あの恐ろしい本性を出させずに、イカに勝つか。それが鍵だ。彼は一人、そんな風に考察していた。
2019-09-19 07:16:38シローだって何年もかかってきたのに、アカネたちがすぐ馴染める訳がない。シローが寄せたのは、同情だった。 「……あんた、知ってたのかい?」 「え?あ、う、……うん」 「ま……そうだろうね。薄々気づいてたけど、オタクだもんな」 「はっ?」 シローは目を丸くする。
2019-09-19 07:18:44誰にも公言してこなかったのに?グッズとか関連書籍とか映像とか、人前に出さないようにしてきたのに?あっ、まさか……! 「ねーちゃん、俺の部屋のクローゼット、見たな!?」 「なんだ、そこに隠してるのかい」 「んなっ……!」 やべえ。墓穴掘った。罠だ!
2019-09-19 07:24:08「違ぇーよ。ちっさい頃からずーっと同じやつの試合ばっか見てただろ?流石に分かるっての!な?エースケも気づいてただろ」 「うん」 「ななななっ……!?」 「へえ~……」 そうなんだあ、と、キサラギは興味深そうにこちらを見てくる。
2019-09-19 07:26:06「……あんな風に、何回もなったのかい?」 「そ、そうだよ。記録が残ってる分だと、5回……」 「それ以上の可能性もある、と?」 エースケが身を乗り出す。 「うん。今回ので、6回目。滅多に出さないし、ええーと……公式記録上だと、10年と3ヶ月と4日ぶりだから……知らない人が多いだろうね」
2019-09-19 08:04:01アカネたちの顔が、引きつっている。 「噂だと、その10年の間にも、非公式の記録で2回くらい出たかも?って。観客席から撮った映像が残ってて、それが一番、規模としてはやばかったかも。オクトーさんがいなかったらどうなってたか……」 「……シロー……」 「なに?ねーちゃん」
2019-09-19 08:07:38「あたいはあんたのほうが怖いよ……」 「え、ええっ!?なんで!?」 「い、いや、あたい的にはね?試合見るのが好き~、くらいのノリだと思ってたんだよ?……お、思った以上にガチじゃん……こわっ……」 普段の姉からは考えられないほど、怯えた表情である。
2019-09-19 08:09:04「俺もそのくらいだと思ってたんだけど……」 エースケもドン引きしている。 「こ、ここまで知ってるだろうなって、お、思ってたから、包み隠さず知識を披露したのに!なんで引かれなきゃいけないんだよお!?」 シローは逆ギレを選択した! 「そ、それもそうだよねえ……」 キサラギがフォローする。
2019-09-19 08:10:57「ま、まあ、いいじゃん?詳しく知ってる人がいるって……心強い、じゃない?」 「確かに」 アカネは腕組みをする。 「ガチオタクなら、なんか、こう……弱点とかも、分かるんじゃないのかい?」 「無いです」 「即答すんなよ!?」 「いやマジで無いです」 「分かってるけどよぉ……」
2019-09-19 08:13:33ただ、と、前置きしてから。 「シグルイさんを倒さなければ、手はあると思う。倒しちゃえば、終わりだ。あれに勝てるの、たぶんこの世のどこにもいないからさ」 「で、でもよお、倒さなきゃ倒さないで、あたいたちもやられるんだぞ!?」 「そこで、俺が考えてるのは……」
2019-09-19 08:17:37その顔つきは、歴史に名を残す軍師のようだ。 「囮だ」 「お、囮ぃ?」 「シグルイさんの攻撃を、ずーっと引きつけ続けられれば、倒さずに勝つことができると思う。他の三人は、頑張れば俺たちでも倒せる……かも、しれないし?」 ここで、何かを思い出したように、シローの顔色が曇る。
2019-09-19 08:25:47「……それが一番できそうなのが、よりにもよって、シグルイさんの味方になっちゃったんだよなあ」 「それって、」 アカネは気づいた。 「……あいつのことか!?」 「うん」 「あの、ヘナチョコが!?」 「うん。あの人の映像も、ちょくちょく集めてるんだけどね。……少ないけど」
2019-09-19 08:28:03ディスクの半分にも満たない。だこにでもいそうな選手だから、それも仕方ないだろう。とはいえ、マイナー選手の映像をかき集めようとするシローの情熱に、アカネは一周回って感心しそうになった。 「対面能力はめちゃくちゃ低いけど、生存力はすごく高いんだ。逃げ回ってても疲れないみたいだし」
2019-09-19 08:30:13その理由として。 「……バイトのおかげ、だろうねえ」 キサラギが付け足した。 「ありゃ、みんなやられたら、即終わりだから。一人一人が、ちゃんと生き延びるように、自然と成長していくんだよ。まあ……私はまだまだだけど、さ」 狙うのに集中しすぎて袋叩きにされるとか、しょっちゅうなので。
2019-09-19 08:32:17「これは噂話だけど、シグルイさんのダイナモから3分生き延びた、ってのもあるよ」 「あのダイナモから!?」 フェスでの対サキモリ戦を思い出す。恐ろしく速いあの振りに、誰もが驚愕したものだ。 「バンッバンみんなやられてたやつだろ!?ど、どうやって生き延びるんだよ?嘘じゃねーの?」
2019-09-19 08:38:25「だから、噂話なんだってば」 「……できても、おかしくはないかもねえ。危険度MAX満潮ドンブラコを生き残ったくらいだし……」 何を言ってるか分からないが、なんかすごいことをしたというのは、分かる。 「それに、あのシグルイさんが選んだ人だ。キル以外の実力は、折り紙つきだと思う」
2019-09-19 08:43:08「……あいつと同じくらいの実力を身につければ、あたいたちでもいけるってことなんだな?」 「うん。それが一番できそうなのは、たぶん……ねーちゃんだと思う」 シローは姉の目を見つめる。 「ねーちゃんなら、できるよ。俺、信じてる。だってねーちゃんは……」
2019-09-19 08:46:19「うるせえ!」 アカネはシローの尻を叩いた。 「いてえ!?」 「よ、よせやい!そんな、そんな……ほ、ほら、み、みんなが見てるだろ?」 「私たちは構わんよ~」 「いけ、シロー、いけ」 「ち、ちょっと!?何なのさ!?」 「ねーちゃんは世界一かっこいいよ!!!!!!!」 「うおい!?!?」
2019-09-19 08:48:19アカネの顔が、みるみる真っ赤になっていく。なぜだろう。いつもなら、当たり前だろが!とか言いながらケツをしばいてやれるのに。 「う、うるせーっ……そんなの、当たり前だろ……」 なんか、いつも通りにいかない。なんでだ?
2019-09-19 08:50:22「明日から開催だけど、戦いながら精度を上げてくこともできると思う。俺も頑張るから、ねーちゃんも……負けるなよ!」 シローも少しだけ赤面している。 でも、堂々と怯えることなく、全てを伝えきった。前のシローからは考えられなかったことだ。 「……おうよ!」 姉は、弟の成長に、喜んだ。
2019-09-19 08:55:10そして迎えた、サイキョー杯開催当日。 スクエア各所に参加者が集まり、特設の巨大モニターで、開会セレモニーを見ていた。 サキたちは、開会セレモニー本会場に来ていた。なんと、一番目立つ、先頭中央列に立たされた。なんか恥ずかしいなあ。
2019-09-19 09:01:15華々しい音楽と、花火。この日を迎えられたことに、精一杯の喜びと感謝を。そう言わんばかりに、セレモニーは大変盛り上がりを見せた。 有名なアーティストがライブをしたり、ダンスパフォーマンスが披露されたり。まるで、お祭りのようだ。
2019-09-19 09:05:34