- pascal_syan
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サイキョー杯の予選は、まだまだ続いていた。なにせ、1万チームも参加しているのだから。 優勝候補と呼ばれるチームは、難なく予選を勝ち上がっていく。チーム・無銘、チーム・サキモリ、フライ・オクト・フライ。 決勝に進めるのは、4組。あとひとつの座を掴もうと、皆奮起していた。
2019-09-19 23:29:58カマトットも、そのうちの一組だ。既に何戦かして、勝ち進んできた。シローの目覚ましい成長をバネに、チーム全体の質が向上しているようだ。 誰もが躍起となる中、……不穏は、少しずつ近づいてきた。いや、もう、すぐそこにいる。気づくのが、遅れてしまったのかもしれない。
2019-09-19 23:33:03「フシチョー・ウィングス、試合後に体調不良を訴える」 「リーダー・マリコ、突然の入院!その原因とは」 「体調不良者、続出!熱中症多発か?」 「謎の体調不良者、後を絶たず」 その見出しは、徐々に誌面を丸ごと埋め尽くすほどに、大きくなってきた。
2019-09-19 23:38:48体調不良。 試合終了直後、または試合後しばらくしてから、頭痛や眩暈、吐き気などを訴えたり、ひどい場合には気絶することも。病院に搬送されたあと、適切な治療……主に点滴をしてもらったりすれば、すぐに回復するとのこと。 今は、真夏だ。暑い。だから、熱中症ではないか、と言われている。
2019-09-19 23:41:16倒れた人は皆、試合中ずっと不調だったことを訴えているという。炎天下で動き回れば、無理もないが…… その症状は、冷房完備の室内フィールドでも、たびたび発生するそうだ。 試合中、具合が悪くなったらすぐに知らせること。運営側からも通達があった。
2019-09-19 23:43:49そんな中、シグルイたちは、不調などどこ吹く風といった調子で、順調に勝ち進んでいた。和服姿で華麗に立ち回る姿は、見る者の目を釘付けにした。当の本人たちも、ユニフォームが徐々に馴染んできて、本来のパフォーマンスを発揮できるようになってきた。
2019-09-19 23:47:25何日、何戦しただろうか?数えるのを忘れるくらい、多くのチームを破ってきた。毎日が試合の連続だったが、不思議と疲れは出てこない。 だが、体調不良というものは、油断した頃にやってくるものだ。その身に染みて理解しているサキは、普段より休息を多目にとるよう心がけていた。
2019-09-19 23:50:15だが、サキは元からアウトドア派だ。家に閉じ籠って休む、という発想が全くもって無い。暇さえあればアルバイトをするのは、この性分が大きく影響しているかもしれない。 でも、アルバイトは程ほどに。風邪を引いた苦い経験から、アルバイトは少し避けるようになった。
2019-09-20 08:51:40代わりに、外へ出掛けて、お買い物をするようになった。思えばちゃんとした私服とか、家具とか、全然買ってなかった。最低限のものしか揃えてない。あんまり帰宅しないもんだったしなぁ。 雑貨屋などを巡りながら、気に入りそうなものを探す。
2019-09-20 08:54:06何気なく立ち寄った、アンティーク調の雑貨を取り扱う小さな店。こういう古めかしくて、味のあるものが、結構好きだったりする。 店内の壁に、大きな古い絵画が、銀細工の綺麗な額に入れられて、飾られている。 いや、絵画というより、なんだか写真みたいだ。
2019-09-20 09:20:40「なんだろ、これ……」 呟いてから、じっと写真を眺める。誰かと誰かが戦っているようだ。それも、たくさんの人が。これはまるで…… 「大昔の、戦争の写真なんですよ」 右から、声をかけられた。 「!?」 「あ、ごめんなしゃい。ビックリしましたか?」 自分よりもずっと、小さな女の子だ!
2019-09-20 09:23:55店員さんにしては幼すぎるような。この子、一体誰……? 「んあ!誰かと思えば、シグルイさんとこの、えーとえーと……」 「サキだよ」 「そう!サキさんでした!」 「君は……?」 「あれぇ?会ったこと、……あっ、なかったでしゅ。はじめまして、ですね!」
2019-09-20 09:26:58女の子は深々と頭を下げた。 「わたし、セティアでしゅ。フシチョー・ウィングスの……」 「ああーっ!?」 ちびっこハイドラ使い。見た目と使うブキのギャップが、ある意味人気を集めている選手だ。こう見えてサキより年上だというのを雑誌で知って、おったまげたことがある。
2019-09-20 09:29:41「わたし、ここで働いてるでしゅ。ご来店、ありがとうなのです」 「いやぁ、どうもどうも」 セティアはどこからともなく、踏み台を出してきた。サキの隣において、一番上まで登る。 目線が同じくらいの高さになった。 「あのお写真も、売り物なのです」 「なんか、高そうだね……」
2019-09-20 09:32:31「お店で一番高いのです、雑貨というより、骨董品でしゅ」 小さく貼られた値札を見る。ゼロの数の多いこと多いこと……! 「大昔の戦争の写真、だっけ?」 「はい、店長さんいわく、だいなわばりばとる、という戦争のものらしいでしゅ」 「大、ナワバリバトル……」
2019-09-20 09:34:20サキはその単語に聞き覚えがある。 シグルイと特訓した日、教えてもらった。イカとタコが少ない土地を奪い合い、最終的にイカが勝った。負けたタコは、地下深くへ逃げて、今もそこで暮らしている、と。 「……タコって、どっちなのかな?」 「おおーっ、詳しいでしゅね!」
2019-09-20 09:37:55セティアが食いついてきた。 「今まで、お客さんにお話しても、分からない人ばかりでした。わたしも、ここで働く前は、なーんにも知らなかったでしゅけど」 やっぱり、知らない人が多いんだ。シグルイの言葉は本当だったようだ。 「タコは、この、髪の毛くるくるなほうなのです」
2019-09-20 09:40:07セティアが小さな指でさしたのは、皆、髪の毛に特徴的なカールを持つ戦士たちだった。気のせいか、女性が多いような。 「最初は、タコのほうが有利だったのです。科学ぎじゅちゅ……ぎゅ……技術が高くって、その上早起きが得意だったから、と、店長さんは言ってたです」 噛むよね。わかる。
2019-09-20 09:44:05「でも、うっかりさんなのが、タコの弱点なのです。兵器のコンセントを入れ忘れちゃって、そこをイカが突いて、逆転したのでしゅ!」 「へえ……」 本当にうっかりさんだなあ。 セティアは、イカたちを指さした。彼らの手には、見覚えのあるものが握られていた。 「竹じゃん、これ」
2019-09-20 09:45:36竹。 正式名称は「14式竹筒銃」。現在のナワバリバトルでも使われている、古風な見た目のブキだ。チャージャー種だが、異常なほどまでにチャージが早い。その代わり、威力はかなり抑えられている。フルチャージを2発当てなければ敵を倒せない。
2019-09-20 09:49:55チャージの速さを活かした身軽さと、塗り効率の高さがウリだ。多くの戦士が入り乱れる戦場には、うってつけだろう。 「精鋭部隊『カラストンビ隊』は、この竹で次々とタコを倒したそうでしゅ」 「すごいなあ……」 フルチャージを2発当てるって、結構難しいことなのに。
2019-09-20 09:53:41「店長さんから教わったのは、このくらいでしゅ。歴史って、ロマンあふれてて、いいですよね!」 「うんうん、わかるわかる」 結構大切なことなのに、なんで学校では習わないんだろうなあ。 サキはぼんやりと思いながら、写真を改めて眺めた。 人生で初めて見た、タコの姿。
2019-09-20 09:56:38……いや、初めてじゃないかもしれない? 既視感が、サキの中にある。 この髪型。この、くるっとカールした、特徴的な癖っ毛。 なんだか、これ、見たことある。 そう、ほら、あれ、あの…… 「……ヨーコ、みたいだなあ……」 セティアはその言葉に反応した。
2019-09-20 09:59:25「あるぇ?知らなかったですか?」 「……え?」 「てっきり、知ってて一緒にいるんだと思ってたです」 あらあら、といった調子で。 「ヨーコさん、タコですよ?」 「…………はっ?」 サキの中の時間が、ほんの一瞬だけ止まった。
2019-09-20 10:01:29「あと、オクトーさんもタコです。テンタクルズのイイダちゃんもタコなのです。最近話題のハチちゃんも、タコみたいなのです。あ、それから、うちのチームにもタコいます。トーエイっていう、アフロな人なのです!」 「ちょ、ちょちょちょちょっ……ちょっと待って、ちょっと待って!?」
2019-09-20 10:04:36