エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話( #えるどれ )~2世代目~

シリーズ全体の目次はこちら https://togetter.com/li/1479531 ハッシュタグは「#えるどれ」。適宜トールキンネタトークにでもどうぞ。
102
前へ 1 2 ・・ 12 次へ
帽子男 @alkali_acid

ナシールは今度は頭を横へ振った。蝙蝠が頭上を埋め尽くす。庭のあちこちでうたた寝をしていた魔狼が寄ってきてそばに座る。 「あなたがどこへ逃げても、影の国の獣が探し出す…そして…僕は…きっと…あなたを…殺す」

2019-09-23 09:37:06
帽子男 @alkali_acid

「お前は…バンダの子よな」 「そうだよ」 かつては死の弓を引くのに慣れたしなやかな指がそっと、ふっくらした頬に伸び、わずかに震えてからまた下りる。 「好きにせよ。私は奴隷。お前は主人」 「地下牢にいる限り、ゴブリンのおばさん達が、ダリューテさんのお世話をします」

2019-09-23 09:40:07
帽子男 @alkali_acid

「庭には新しいお花を届けます。蝙蝠は呼べばお空に連れてゆきます。でも谷の他にはおろさない。影の国の外へは出さない」 「甘いなナシール」 「ほかに欲しいものがあったら言って」 「お前が欲しいと言ったら」 奴隷は主人をそう誘う。 「そばで暮らし、ともに歌っておくれと頼んだら」

2019-09-23 09:42:42
帽子男 @alkali_acid

「僕は…できない…だって…」 少年は厳かに拒んだ。 「魔法を手に入れるから」

2019-09-23 09:43:21
帽子男 @alkali_acid

◆◆◆◆ 影の国の外、はるか西のかなたに魔法の学び舎がある。 あれだよ。9と4分の3線でいくやつ。 エクスペクト・パトローナム!! ああいうやつ。ちょっと違うけど。

2019-09-23 09:45:22
帽子男 @alkali_acid

なんでそんなものがあるかというと。 昔々の光と闇の戦いで、闇がむきむき脳筋東夷、オーガ、トロール、ゴブリンとかばっかだったのに対し、光は西方人、エルフ、ドワーフとかだったのだがいまいちこう腕力では勝てない。 そこで魔法の得意なエルフは西方人とのあいだに婚姻を結び、血を混ぜた。

2019-09-23 09:46:51
帽子男 @alkali_acid

王家だけにね。 混血のハーフエルフとかクォーターエルフとかはでも何せ繁殖の速さでどんどん増えて、しかも西方人の王国は、主な敵である闇の軍勢がいなくなると分裂して内輪もめをめちゃくちゃ始め、互いに魔法をがんがん打ち合うようになった。

2019-09-23 09:48:04
帽子男 @alkali_acid

エルフのパワーを受け継いだエルフマンですわ。 ただ人間はむちゃくちゃやりおるので、魔法で地形とか変わるし、天候もおかしくなるし、旱魃やら疫病やらえらいことになる。 「これは赤ちゃんに両手大剣持たせたようなもんやな」 と気づいたエルフは、慌てた。

2019-09-23 09:49:36
帽子男 @alkali_acid

といってもエルフはそのころにはもう戦とか争いに飽き飽きして、海をわたった西のかなたの故郷に次々と旅立っており、数は急速に減ってたんだけどね。 いや勝手な話やで。悪を討つ正義の味方みたいなのりで殺して殺して殺しまくったあげく、僕達はつらい思いをした被害者なんですみたいな面で帰るて。

2019-09-23 09:51:17
帽子男 @alkali_acid

ま、そういう無責任なエルフばかりでもなく、一応、かつての同盟相手である人間が間違った道に進まぬよう、教え導こうというやつも少数ながらいた。 魔法の学び舎はそういう立派なエルフが建てまして。 海に浮かぶ西の島から、南の奔馬の民、北の湖の街、いろんなところから素質のある子が集まる。

2019-09-23 09:54:00
帽子男 @alkali_acid

たいてい王族だが中には素性のよく解らないのもいる。 ただ顔立ちにエルフっぽい特徴があるし魔法の才は、同じ力の持ち主には火のように明るく輝いて見えるからね。能力があれば入学許可。何せおかしな使い方をせんように教え込むのが目的だから。 「魔法は本来、世界の調和とともにあらねば」

2019-09-23 09:55:58
帽子男 @alkali_acid

うんぬんかんぬん。 いやいやめちゃくちゃ戦争で敵殺すのに使いまくってましたやんとか。 思うけどしゃあない。建前は大事だからね。 船作りの港から、半妖精の統べる谷間から、緑の森から幾多の教師と蔵書がやってくる。西方の諸王が負担しあって周囲に街も作る。一族の子弟が快適に暮らせるよう。

2019-09-23 09:57:40
帽子男 @alkali_acid

目下成長中、街とともにできたてほやほやの学校っすわ。 まだまだ外では槌を振るう音、石工や木工の働く響き、左官の掛け声がやまないし、とにかく活気がある。海への旅をするエルフも興味を惹かれて立ち寄るし、魔法嫌いのドワーフすら覗いていく。

2019-09-23 10:00:33
帽子男 @alkali_acid

そんなかしい魔法の学び舎と街にも暗い部分はあって、学び舎では落ちこぼれがいじめに遭うし、街では力仕事をこなす奴隷がぐずで鞭打たれてる。 エルフの教師はいじめとか認めてないし、奴隷にもいい顔しないんだけど、なにせ人間の諸王との協力のもとで作り上げているからね。

2019-09-23 10:02:16
帽子男 @alkali_acid

「おい!書庫の掃除ができてないぞ夷面(えびすづら)」 生徒のひとりがそう罵ったあと短い詠唱をつむぎ、小さな火花を別のひとりに散らす。 「あのかびくさい場所はお前がきれいにするはずだろ」 「申し訳ありません若様…」 「話しかける許しを与えていない!黙ってお辞儀だけしてろ!まったく!」

2019-09-23 10:05:05
帽子男 @alkali_acid

ほかの少年少女は皆膚が白いのに、夷面と呼ばれた少年はそうじゃない。 きもい。だからいじめる。魔法の才もどこか曇っている。 入学を許可した教師も何となく怪訝そうだ。 「類稀な資質があるような気がしたが…まるで厚い岩の奥にある宝石のようだ…あるいは凡才であったか」 というね。

2019-09-23 10:07:36
帽子男 @alkali_acid

ナシールは、西方諸王の子弟にぺこぺこしながら、書庫へ急ぐ。 まだできて間もないのに確かにかびくさい。本が古いせいかもしれない。 でもだいぶましになった。持ってきた干した香草を前に吊るしたものと取り換える。 「紙よ踊れ。革よ騒げ。されど文字を織りなす墨よ。大人しくあれ」

2019-09-23 10:10:30
帽子男 @alkali_acid

巻物や冊子や石板は次々に浮かんで埃を落とし、黴をはがし、虫を散らしてひとところに集めると、それぞれあるべき場所へと動いてゆく。 少年は脚立に腰かけ、一冊を招き寄せ、ぱらぱらと頁(ページ)をめくる。 「変身術…伴侶とした猟犬や鷹に心を移すばかりか、その姿をかたどることもまた…」

2019-09-23 10:12:28
帽子男 @alkali_acid

鋭い耳が足音を聞きつけると。影の国の子はすべての書を静まり返らせ、手元の一冊をぱたんと閉じる。 やがてひとりの少女が顔を出す。 「あーナシールせんぱい!またここにいたんですか」 小柄でそばかすがあり、顔にはドワーフが作るものを見やすくする道具、眼鏡をかけている。王族らしくない。

2019-09-23 10:14:18
帽子男 @alkali_acid

「やあミレノア。どうしたの」 「どうしたじゃないですよー!薬草術の材料を一緒に買いにいってくれる約束でしょー!」 「あ、そうだったね」 暗い膚を持つ少年はほがらかに笑って脚立から降り、少女のかたわらに立った。相手が小柄なので、すでに背が伸び始めているのがはっきりする。

2019-09-23 10:16:07
帽子男 @alkali_acid

「先輩、またなんかされませんでした…あの意地悪な王子様達から」 「べつに?」 「ほんとですかー?いつもけろっとした顔してるけど…」 二人は学び舎を出て、街の市場へゆく。市場では学生や教師のために草木の種を扱う店があるのだ。学び舎の薬草園では見かけない珍しい品もある。

2019-09-23 10:18:27
帽子男 @alkali_acid

「私知ってますよ!先輩が座学なら学び舎で一番だって…書庫の本だってもうすべて読みつくしたんだって…きっと先生達より物知りですよ!」 「おおげさ」 「あ、もちろん鍵のかかった四階の部屋の本は別ですけど!でも…王子様達ってば、先輩が物知りなのをねたんでるんです」

2019-09-23 10:21:34
帽子男 @alkali_acid

「そもそも身分の低い私たちが学び舎にいることがきっと…」 「およしよ。さあお店だよ」 ナシールはとても草木に詳しい。まるでエルフ顔負けだ。ミレノアのあれこれの不調を和らげててくれる香も調合して枕に入れるよう教えてくれたり、身を清める精油も作ってくれた。薬草術の手助けもしてくれる。

2019-09-23 10:23:57
帽子男 @alkali_acid

「風邪にはこの根かな…ものはあまりよくない。おや、これは図鑑で見た青人参だ。おかみさんこれはどこで?」 「なんとねドワーフが持ってきたよ。山でひっこぬいてかじろうとしたけど苦くてだめだって。路銀のたしにならないかってさあ。乾いてるけど?」 「ドワーフ。それなら北の山地でとれたんだ」

2019-09-23 10:25:59
帽子男 @alkali_acid

おとくいなのでお店の人とも懇意。 いじめられっこでも卑屈なところがなく愛想がよいので、街に移り住んできた庶民の受けはよい。そろって高貴の出の学生の中では腰も低いし。何より怪我をしたり具合が悪くなったりするとただで治してくれる癒し手なのだ。まだ若いのにできたお方だよ。

2019-09-23 10:28:27
前へ 1 2 ・・ 12 次へ