エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話( #えるどれ )~3世代目・前編~

シリーズ全体の目次はこちら https://togetter.com/li/1479531 ハッシュタグは「#えるどれ」。適宜トールキンネタトークにでもどうぞ。
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帽子男 @alkali_acid

「ひどいの?」 「そうだよ。いつも戦いばかりしてて、つめたくて、なさけようしゃなくて、君みたいな子供はきっといじめられる」 「なんでそんなに影の国にくわしいの」 「…それはその、僕、影の国から逃げて来たんだ」 「ふーん。じゃあそのエルフはかわいそうだね」

2019-09-23 21:16:57
帽子男 @alkali_acid

「黒の乗り手にいじめられてるんでしょ?」 犬はしゅんとする。 「そうかもしれない」 「アケノホシって、強いんだから、連れてくればよかったのに」 「…強くなんかないよ」 「この前あたいが沖の方泳いでてさ、フカがびゅーってきたとき、アケノホシがばしっておいはらったじゃん!」

2019-09-23 21:18:23
帽子男 @alkali_acid

「フカなんか比べものにならないぐらい黒の乗り手は性悪なんだよ」 「でもエルフがかわいそうなら助けなきゃ」 「…僕にはできないよ。ただの犬だもの」 「ふんだ!意気地なし」 「ぐすん」 アケノホシがかわいそうになったのでラヴェインは楽器を片付けて抱き着く。 「うそ。いいやつ」

2019-09-23 21:19:46
帽子男 @alkali_acid

ひとりと一匹は海岸に沿って歩く。食べものは犬が海に潜ってとってくる。 「アケノホシは海が好き」 「好きさ!僕海が見れてほんとにうれしい」 「エルフにも見せてあげたい?」 「…うん」 「じゃあ連れてくれば」 「できないんだ。僕じゃ」

2019-09-23 21:21:08
帽子男 @alkali_acid

焚火の前で琵琶を奏で歌うと、仙女があらわれる。 「仙女様!あたいの演奏どう!」 「少しはうまくなった。その馬鹿犬はちゃんとお前を守っているか」 「少しはね!」 「よしよし。今日は踊りを教えよう」 半透明な貴婦人と女装の少年は焚火の周りをくるくる回る。

2019-09-23 21:22:46
帽子男 @alkali_acid

興奮した黒犬が周りを駆け回るが、仙女と童児から同時に睨まれておとなしくなる。でもつぶらな瞳はうっとりと二人を眺めやる。 「アケノホシ、きのうの夜ずっと仙女様を見てたね」 「気のせいだよ」 「犬なのに仙女様が好きなの?」

2019-09-23 21:24:26
帽子男 @alkali_acid

「仙女様をきらいなひとはいないよ」 「あたいの方がもっと好きなんだからね!」 「かなわないなあ」 ラヴェインの足が疲れると黒犬がおぶる。 「つぶれちゃうよ?」 「へいきへいき」 気のせいかアケノホシはひとまわり大きくなったようだ。 まるで犬ではなく狼であるかのよう。

2019-09-23 21:25:55
帽子男 @alkali_acid

「アケノホシって変なの」 「そうかな」 「ここにいるのに、ここにいないみたい」 「…そ、そうかな」 「仙女様と同じ…ねえアケノホシ。もしかして、仙女様は影の国にいるの」 「………」 「あたい、仙女様に会いたいな」 「西にいけば…きっといつか会えるよ」 「影の国は東でしょ」 「…西は…」

2019-09-23 21:27:40
帽子男 @alkali_acid

「西には苦しいことや辛いことはないんだ。争いだってない。ラヴェインの好きな歌や踊りや音楽がたくさんあって…仙女様みたいなエルフもいっぱいる」 「仙女様はエルフなの!?」 「うっ…まあ…そう」 「やっぱり影の国に捕まってるエルフって仙女様のこと?」

2019-09-23 21:28:50
帽子男 @alkali_acid

「わ、わおーん。僕せなかがかゆくなってきちゃった!ちょっと掻いてくる」 「逃げるき!」 「ち、ちがうよ…」

2019-09-23 21:29:21
帽子男 @alkali_acid

いくら黒犬がごまかそうとしても、少年には無駄だった。 だいたいアケノホシはラヴェインがゆっと抱き着いて耳の後ろをかきながら、 「大好き!」 とささやき 「教えて?」 と続ければあまり黙っていられない。

2019-09-23 21:30:13
帽子男 @alkali_acid

「そのう…そうさ…仙女様は影の国にいるよ」 「黒の乗り手が閉じ込めてるの」 「うん」 「あたい助け出す!」 「だめだめ!危ないよ!きっとそのうち出てくるよ。それに今だって歌えば会えるじゃないか」 「触れないもん!アケノホシにするみたいにぎゅってしたい!」

2019-09-23 21:31:49
帽子男 @alkali_acid

歌って奏でて踊って。 あらわれる仙女は微笑んで、本当に上達した時だけ褒めてくれる。 そっとしなやかな指で撫でるまね。 「仙女様!あたい!黒の乗り手をやっつける!」 「もうそんなことまで話したか。だらしない馬鹿犬だ」 仙女が睨むと、犬は悲しげに耳を伏せる。 「甘やかすだけではないか」

2019-09-23 21:33:47
帽子男 @alkali_acid

「だけど仙女様…ラヴェインは西に」 しどろもどろに答えるアケノホシをラヴェインが遮る。 「あたい!仙女様のいる東にゆく」 「来てはならぬ。来ても私は会わぬぞ」 「なんで!」 「西へゆけ。いつかは私もゆく。お前はほとんどエルフなのだ。きっと船作りの港から向こうへ渡れる」

2019-09-23 21:35:58
帽子男 @alkali_acid

「やだー!!」 泣き出し、しゃっくりを始める女装の少年。黒犬は慌てて周りを駆け回る。 「な、泣かないで!泣かないで!きれいな喉が痛んじゃう…だいじょうぶ…だいじょうぶだよ…西にいればすぐだ。エルフの時間に比べたら人間の時間なんてすぐだ。きっと平和が来て、黒の乗り手も消えて…」

2019-09-23 21:37:34
帽子男 @alkali_acid

貴婦人がじろりと四つ足の獣をにらみつける。 「黒の乗り手が消えるかどうかは解らぬぞ」 「…まだ先の話です」 「そんなの待てない!」

2019-09-23 21:39:37
帽子男 @alkali_acid

じたばたする少年に、仙女はしようのないという面持ちで半透明な腕を伸ばす。素通りするが、でも暖かい気がする。 「ラヴェイン。お前もいずれ大人になる。いつか見目よいおとめ…いやますらおか?そういった相手とまみえて、恋に落ちぬとも限らぬ…私はそれまで、こうしてともに…」

2019-09-23 21:43:56
帽子男 @alkali_acid

歌のききめが切れ、次第にたおやな輪郭はかすれだす。 「仙女様よりきれいなひとなんていないもん!あたい、仙女様より好きなひといないもん!!」 「そうだね。仙女様が一番きれいだ」 黒犬が素直に応じる。 「馬鹿犬め」

2019-09-23 21:45:33
帽子男 @alkali_acid

でも仙女の顔は本当は解らない、はっきり見えない。 それでも幼い琵琶弾きは確信している。世界で一番美しいのだと。 「影の国にいきたい!」 「だめ」 「なんで!」 「もー!だめだったら!」

2019-09-23 21:46:57
帽子男 @alkali_acid

「黒の乗り手なんてアケノホシがやっつけてよ」 「だめだよ…それに黒の乗り手は悪いやつだけど…そういう悪いやつでも、今は…今はまだいなきゃいけないんだ」 「仙女様を閉じ込めてるのに!そんなに強いの!?」 「そうじゃないよ。仙女様に勝てるものなどこの世にいない…でも呪いがある…」

2019-09-23 21:48:44
帽子男 @alkali_acid

「呪いって何?」 「僕には…うまく言えないよ…だってただの犬だもの…でもあの人は…この話はやめよう。西のことを考えよう」 「ぶー!!」

2019-09-23 21:50:58
帽子男 @alkali_acid

ラヴェインは騒ぎ疲れて眠る。アケノホシは黒い毛皮ですっぽり包み込んで、長い舌で涙のあとをぬぐい、体をこすりつける。 「ラヴェイン。ラヴェイン。君は幸せになってね。父さん。やっと僕はあなたの気持ちが解りました。同じことをしてから。でも君は誰にも傷つけさせない」

2019-09-23 21:55:29
帽子男 @alkali_acid

そんなこんなで。 エルフの耳に鍛えられながら、少年はもりもり歌も演奏もうまくなる。 可憐な容姿に、闊達な振る舞いも手伝って。辻で流せばたちまち人が集まる。 「あれをやってくれ!猫の踊り!」 「にゃははにゃん!盛 り 上 が っ て き た」

2019-09-23 21:59:37
帽子男 @alkali_acid

群衆の向こうで手を振る半透明の仙女に目配せし、さらに調子を上げる幼い琵琶弾き。すぐに小銭だの食べ物だの端切れだのがもらえる。 おう誰に断って木戸銭稼いでんだと因縁をつける地回り相当のやつもいないではなかったがいつも疲れからか黒い毛並みの大型犬というか明らかに狼とぶつかってしまう。

2019-09-23 22:01:21
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