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荒木優太(編著が出たよ) @arishima_takeo
編集者の方から國分功一郎『原子力時代における哲学』(晶文社)をご恵投いただきました。ありがとうございます。ちょうどハイデガー全集の講演の巻をめくっていて「原子力」の語を発見したばかりなのでセレンディピティを感じます。この本も元は講義のようですね。拝読します。 pic.twitter.com/iAdQ0y0ZrN
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荒木優太(編著が出たよ) @arishima_takeo
國分功一郎『原子力時代における哲学』。ギュスター・アンダースは原子力について考えるのはいいんだけど、想像力が核兵器に限定されていて原子力発電に及んでない。しかも、その核兵器なるものが非常に思弁的。水爆で地球は壊せない。
荒木優太(編著が出たよ) @arishima_takeo
僕は原発をなくしたいと思っています。心の底からそう思っています。しかし、その論理を作るときに、何か危うい概念が入ってくる余地はないのだろうか。「本来性」のような問題含みの概念抜きに脱原発の論理を作れるのだろうか。by國分功一郎『原子力時代における哲学』164p
荒木優太(編著が出たよ) @arishima_takeo
國分功一郎『原子力時代における哲学』。万物は水でできていることでお馴染みのタレスは、「哲学は役に立たないでしょう」と言われ逆ギレ、オリーブの豊作を事前に予測してオリーブ圧縮機の高額で貸し出し莫大な利益を上げたという。哲学すごい。
荒木優太(編著が出たよ) @arishima_takeo
國分功一郎『原子力時代における哲学』220p。「放下」(ハイデガー)は中動態に近い。メモ。
荒木優太(編著が出たよ) @arishima_takeo
國分功一郎『原子力時代における哲学』読了。もとが講演なので読みやすかった。正直、脱原発が旬なテーマかというとやや時期を逸してる感もないではないが、本文を読めば分かる通り、ハイデガーの迂遠な道筋に従うパフォーマティブな意味に並行する仕方で、このアナクロ感を感得すべきなのだろう。
荒木優太(編著が出たよ) @arishima_takeo
ハイデガーの『放下』は、そのまま、要約しないでくださいの『暇倫』の態度と相通じているね。スピノザの真理観とハイデガーのそれとが比較されるのも道理というべきか。
荒木優太(編著が出たよ) @arishima_takeo
この本は、原子力の蠱惑力を、贈与されずに自立したいナルチシズム的な万能感(外部なしでやっていきたい力)に求めていて、もしかしたらそれはそうなのかもしれないが、「贈与されたくない」を問うことは同時に「贈与したくない心性」を問うことに通じるだろうな、と思った。
荒木優太(編著が出たよ) @arishima_takeo
なぜ私たちは贈与ではなく交換を求めてしまうのだろうか?
荒木優太(編著が出たよ) @arishima_takeo
贈与することは純粋に楽しい。が、贈与には実に嫌らしい側面もある。つまり、「お返しなんていいんだよ」という寛大なポジションを得ることによって被贈与者や衆人に対して道徳的な支配力を得ることができる。外見は贈与のように見えても、それは評判を得るための交換に等しい。
荒木優太(編著が出たよ) @arishima_takeo
とはいえ、いまの私は「純粋な贈与」というときにこそ疎外論的図式(=「本来性」の神話)を感じてもいる。贈与を交換のミスとして捉えるのならば、交換の機会を増やせば自然、贈与も増えていくのではないか。
荒木優太(編著が出たよ) @arishima_takeo
だからとりあえずは交換/正義が大事ってことでいいのでは、みたいな感じだろうか…交換/正義の破れ(=贈与)は交換の切先で起こる的な。
荒木優太(編著が出たよ) @arishima_takeo
もっと簡単に言い換えると、「贈与したくない」を「贈与したい」に変えるのは難しいけど「贈与しちゃうのはしょうがない」くらいには変えていけるかもね、みたいな感じか。
荒木優太(編著が出たよ) @arishima_takeo
ちなみに、純粋な贈与という観念に対して私が割に批判的なのは、献本が贈与にみえてその実、交換を求める経済活動であると思っていることと地続きで、じゃあフェアに経済活動やりましょうよってのが私の立場なんだな。 magazine-k.jp/2019/04/26/eth…

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