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ni_ka @ni_ka
津田さんは公権力をもつ公人ではないので、検閲をそもそもなしえない。ただし、明確に自主規制の発動者ではあるので、表現弾圧をしたことはそう。
ni_ka @ni_ka
先日も書いたけど、問題の起点のひとつは、不自由展が津田さんに「検閲」だと理不尽に抗った時点で、津田さんが一般的な正論で「検閲であるわけない」と論理展開して、ネゴシエーションできなかったという極めて初歩的なミス。
ni_ka @ni_ka
ともあれ、不自由展再開、よかったーーー! 安全に多くの人が作品と対峙できますように。
ni_ka @ni_ka
不自由展が再開され、大浦さんの作品の表象を観て侵害された気持ちになる人はいるかもしれないけど、上皇や美智子さまはずっと平和であることに貢献され暴力の犠牲者たちにいつも寄り添っていらしたのだし、暴力は皇族の人を一番傷つけることになるので、絶対に暴力的対抗だけはやめてほしいです。
土屋誠一 @seiichitsuchiya
「世論のハイジャック」ときたか、名古屋市長。世論が批判していることを盾に、あいトリ批判してたくせに、今度は別の世論を攻撃してハイジャックって、筋が通ってなくても言ったもん勝ちみたいなもんだな。地獄すぎる。 twitter.com/kyodo_official…
土屋誠一 @seiichitsuchiya
いや、あいトリに反対している「世論」をハイジャックするかのように展示再開に批判、という意味か? ともあれ、「世論のハイジャック」って、意味がわからなすぎる。「世論」+「ハイジャック」の組み合わせで最強ワード、みたいな、謎ルール満載のクソゲーなカードゲームかよ……。
ni_ka @ni_ka
ずっと思っていたのですけど、大浦さんの作品にあたっては、皇国史観とか民族派の思想家をゲストにして、かっちり話した方がよいような気がする。百田さんとかではなく、体系を語れる思想家。鈴木邦夫さんとか國學院の先生とか。あいトレは人材が偏りすぎているから、排除の感覚をださないように。
ni_ka @ni_ka
皇国史観者を反知性とするのは、えげつない差別と排除なのだけど、リベラルの一部ではそれはまかり通ってしまっている。対話とか相互理解とか共存とか他者への尊重に取り組むというのは、公的な芸術祭に向いていると思う。一方、国内向きすぎて、国際的な展覧会でやる必要があるか、というのはあるけど
土屋誠一 @seiichitsuchiya
@ni_ka というか、大浦さんに内在する「愛国」的なマインドについては、大浦さん自身が監督した映画作品で、ご本人がちゃんと語っているんですよね。だから「遠近を抱えて」いることはずっと一貫しているわけで、そういう「過程」は、なかなか作品単体だけでは見えづらい。(と書いている私自身も失念してた)
ni_ka @ni_ka
@seiichitsuchiya 仰るとおりです。キャプションなどに大浦さんの言葉や解釈を書けば、アートに馴染んでいる人たちは向き合うと思うのですが、やはり公的な展示で、日頃から現代アートに馴染んでいない市民にアートとしての理解を作品と解説のみでおしつけるのは傲慢なのかな…と感じております。
土屋誠一 @seiichitsuchiya
@ni_ka 上からの傲慢はアウトですが、「共有できない多様な価値観が、社会の多様性を担保しているのだ。だから理解できればそれでいいし、理解できなくてもそれはそれでいい」ということを提示するのが「公」が果たすべき役割、ということなのではないでしょうか。
土屋誠一 @seiichitsuchiya
@ni_ka 一般論かもしれませんが、芸術自体、そんなに了解可能なものではなく、一見理解しているかのように思い込んでいる例えば印象派の作品でもなんでもいいですが、本当にわかっているかと言えば、専門家も含めてそうとは言い切れない。「了解不可能なものを肯定せよ」というのが、民主主義の原則かと。
ni_ka @ni_ka
「遠近を抱えて」シリーズ等が反天皇という安直な作品ではなく、作品の象徴天皇制や愛国に対する葛藤やアイデンティティの揺らぎや宙吊り感をなどを説明する際に、皇国史観の体系を語れる思想家との対話ならば、オーディエンスにも(現状よりは)説得力があるように思うけども。
ni_ka @ni_ka
@seiichitsuchiya 私は土屋さんのご意見は重々わかるのですが、天皇に関しては、広義の信仰の意味がありますので、信仰の侵害をされた(ととった)場合、それは放っておくというのは歴史的に困難だと思うのです。また、わからない人はどうでもよいとなると公金での展示の理を失うように感じます。
土屋誠一 @seiichitsuchiya
@ni_ka ただ、天皇の問題で言えば、それこそ日本博が公金を落としている伝統芸能なんかが親和性が高いですが、肯定する場合においては、政教分離という点において、やはり公金の妥当性を失います。
土屋誠一 @seiichitsuchiya
@ni_ka という、いささか逆張り的な見解は本旨ではなく、本質的には戦後処理における天皇制の妥当性が、きちんと「処理」されてこなかったことの「ツケ」がいま噴出しているということのほうに、根本的な問題があるのでしょう。ゆえに「遠近を抱え」なければならなくなる、と。
ni_ka @ni_ka
@seiichitsuchiya 「悪魔の詩」を訳した五十嵐先生は決して反イスラムではありませんでしたが、ムスリムの怒りを買い殺害されました(未解決事件です)。 私は信仰を特に持っていないですが、信仰を持つ人たちにとっては、信仰の侵害が彼らを深く蹂躙することなのは歴史が証明していますので、向き合うべきだと思います
ni_ka @ni_ka
@seiichitsuchiya もちろん戦後のグダグダを引きずったということは真理ですが、翻って、あいトレの当事者たちも現在ほぼ全員が被害者的な立場になり、責任と加害と構造がもつ問題などを表明していません。私たちが戦後民主主義で投げてきた「無責任」等の言葉たちがアートに返ってきていると捉えています。
ni_ka @ni_ka
@seiichitsuchiya 土屋さんがご指摘の伝統芸能系の公金に関しては、これとはまた異なる問題だと思いますので、しっかり考えて咀嚼してゆきたいです。ご指摘ありがとうございます。
土屋誠一 @seiichitsuchiya
@ni_ka 天皇(およびその根拠となる神道)については、それを宗教的「信仰」と呼べるか、天皇が明示的な信仰の対象になっていない、それを「空虚なシニフィアン」あるいは「対象X」でもなんでもいいですが、実体なき対象をめぐる係争であることが、やっかいですね。天皇は「日本」と置き換えてもいいですが。
土屋誠一 @seiichitsuchiya
@ni_ka 私も年始ぐらいは神社に行きますが、必ずしも伴わないのと同様に、天皇なるものへの感情移入あるいは「日本最高」的な同一化の欲望は、実体がない。この仕組みを「利用」するかたちで、実体としての「権力」(それこそ、交付金の差配を恣意的に操作する)が同調してきているのは、やはりマズい。
土屋誠一 @seiichitsuchiya
@ni_ka しかし、それもまた、国民の意思なのであるとしても、芸術を擁護する立場としては、「民意」と整合性が取れるか取れないかということは留保し、都度の反映として、公金を投入するか否かのジャッジをするのではなく、先送りにすべきだろう、と。将来への投企として、抑圧はすべきでなかろうと思います。
ni_ka @ni_ka
@seiichitsuchiya ご意見に強く頷いています。文化庁(文科相)は明らかに政治的抑圧の舵を切ったのですが、運営と手続きの瑕疵であるとしているので、あいトレが書類など手続きを透明化しないともはや判断が難しいというのが難関ですね… ただ抑圧の前例になるのはよくないので、撤回を目指したいです。
土屋誠一 @seiichitsuchiya
@ni_ka 補足的に申すと、基本的に私は、反天皇制の立場を取りますが、とはいえ私自身に天皇や「日本」なるものに対する欲望がゼロかと言うと、必ずしもそうではない、とりわけ平成天皇に対しては、これは実体をともなうケースですが、在位中の諸活動を簡単には否定できないと思っています。
ni_ka @ni_ka
@seiichitsuchiya なるほどです。わたしは反天皇制でも皇国主義者でもなく、正直天皇なる意味がわからないのですが、人間は合理的な理屈だけの社会デザインでは案外荒んだりファシズムや独裁になりうるので、ゆるやかな物語が必要なのかもな、など考えます。平成天皇と皇后のご活動は素晴らしかったですね。
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コメント

tgt @doniakatu 2019年9月30日
「もちろん戦後のグダグダを引きずったということは真理ですが、翻って、あいトレの当事者たちも現在ほぼ全員が被害者的な立場になり、責任と加害と構造がもつ問題などを表明していません。私たちが戦後民主主義で投げてきた「無責任」等の言葉たちがアートに返ってきていると捉えています。」 これに応答して欲しかった
Hikichin(V2) @hikichin_02 2019年9月30日
日本国憲法から引用『第一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。』 戦前であれば神格化された存在であり、戦後も日本国の象徴であった「昭和天皇」は、信仰と言われてもおかしくない存在。それを「燃やした」となれば、怒る人も出てくると思う。
Hikichin(V2) @hikichin_02 2019年9月30日
hikichin_02 ましてや、昭和天皇の写真を燃やしただけでなく「踏みつける」という行為を見たら、怒り狂う人だっていると思うよ。そういった人達への対処を考えたのか、私には疑問に思います。普通のキュレーターだったら、右翼団体が取り囲むことを想像して、躊躇すると思いますよ。
Hikichin(V2) @hikichin_02 2019年9月30日
hikichin_02 問題の昭和天皇を燃やし踏みつける動画作品のツイート → https://twitter.com/jocx_tv_kawada_/status/1157553747393781761
Hikichin(V2) @hikichin_02 2019年9月30日
ちなみに、表現の不自由展の委員は次の5名(あいちトリエンナーレのあり方検証委員会を参照)。 ・アライ=ヒロユキ ・岩崎貞明 ・岡本有佳 ・小倉利丸 ・永田浩三 | これに津田監督を加えた6名が、表現の不自由展の責任者だろう。
ケイ @qquq3gf9k 2019年10月1日
その親族が存命なのにそれを踏みつける作品が許されるわけねぇだろ。
東亜人 @SelfObliterator 2019年10月1日
天皇がなぜ必要か。「天皇は「日本」と置き換えてもいいですが」という台詞で答えが出ている。天皇とは日本を定義する存在なのだ。ここで言う「日本」とは地理的概念としての日本(北海道から沖縄、小笠原諸島まで)、民族的概念としての日本(モンゴロイドの一グループ)、文化的概念としての日本(日本語話者の集まり)、これらを統合して、一つの実体ある組織に組み上げる存在こそ天皇という概念に他ならない。
東亜人 @SelfObliterator 2019年10月1日
日本ばかり見ていると忘れがちであるが、地理、民族、文化が国家として統合されている必要性は実はない。例えば同じ民族、同じ言語であり、19世紀には一大統一運動が巻き起こったドイツとオーストリアは21世紀の今になっても別の国だ。一方で、ドイツ系、フランス系、イタリア系が入り混じるスイスは「誓約同盟」という概念を共有することで統一国家となっている。(EUとしての統合からも一定の距離を保っていることからこの概念の強固さがよくわかる)
東亜人 @SelfObliterator 2019年10月1日
翻って日本において、北は北海道、南は沖縄までの全住民が、等しく共有する概念は何か。私は天皇以外の答えが出てこない。
tgt @doniakatu 2019年10月1日
hikichin_02 やっぱ信仰の面ありますな ローマ教皇や金正日の写真燃やした映像かざれねーよね、上にもらあるけど命がらやべーから
ゼノタ @z3_uc0087 2019年10月1日
やはりいい加減にせず、①肖像を燃やしたり踏みつけたりするのは是が非か②天皇は日本の象徴である以上、国旗を燃やす、踏みつけると同等以上の意味があることを踏まえて、芸術作品をなのれば許されるのか、この2点についてはっきり言及して欲しい。もしそれが構わないというなら、今後は李承晩や文在寅で似たようなことをする人が現れても全力で肯定すると宣言して欲しい。サヨクの2重基準こそ表現の自由を脅かすと思えてならない。
TAKAMAGAHARA @SILVER_CAP 2019年10月1日
「皇国史観とか民族派の思想家をゲストにして、かっちり話した方がよいような気がする」←あの金髪にそんなバランス感覚あるわきゃないしそういう「政治活動」は自費でやれと。単に日本ヘイトしたくて権威を笠に着てるだけだろあいつ。フシアナがオツムの緩い左翼活動家をトップに抜擢した時点でこうなるのは既定路線だった。
九十九 @hakqq 2019年10月2日
そこで出てくるのが左にすっかり飼いならされた鈴木邦夫という底の浅さ。衛星政党作って「複数政党制でござい」とやる中共とさほど変わらぬ
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