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Carlos Rodriguez @fever7777
戦後政治史も終わりに近づいてきました。今回は2009年8月の政権交代と、民主党の政権交代までの道のりを極私的立場から振り返ります。鳩山由紀夫政権の誕生は歴史的でしたが、さまざまな闇が政権周辺に忍び寄り、抵抗が激しくなりました。なお、文中は敬称を一切省略しています。
Carlos Rodriguez @fever7777
【バックナンバー1】第一章→ http://bit.ly/hqlRZS (1948年までの戦後のゴタゴタ時代) 第二章→ http://bit.ly/gKoPxf (日本の独立) 第三章→ http://bit.ly/eTJk9E (55年体制と日米安保の闇)
Carlos Rodriguez @fever7777
【バックナンバー2】第四章→ http://bit.ly/g8fZSJ (高度成長) 第四章補足→ http://bit.ly/e1Ezrd (子供の視点からの高度成長) 第五章→ http://bit.ly/dITthc (三角大福・前期)
Carlos Rodriguez @fever7777
【バックナンバー3】第六章→ http://togetter.com/li/125274(三角大福・後期) 第七章→ http://togetter.com/li/126825(新自由主義の萌芽)
Carlos Rodriguez @fever7777
【バックナンバー4】第八章→ http://togetter.com/li/130259 (ニューリーダー時代) 第九章→ http://togetter.com/li/133144(55年体制崩壊)
Carlos Rodriguez @fever7777
【バックナンバー5】第十章→ http://togetter.com/li/135483(経世会支配の終焉)第十一章→ http://togetter.com/li/138832 (清和会支配)
Carlos Rodriguez @fever7777
【第十二章】政権交代の光と闇(2009~10) 鳩山由紀夫内閣
Carlos Rodriguez @fever7777
1. 1994年に新進党が結党されたことにより、自民・新進による二大政党制が待望されるようになってきた。2大政党に埋没するのを怖れた社民党と新党さきがけの一部議員たちは、1996年9月、(旧)民主党を結党する。但し、「排除の論理」で武村正義、村山富市の参加は拒否した。
Carlos Rodriguez @fever7777
2. 結党時は鳩山由紀夫・邦夫兄弟が中心となり、菅直人、前原誠司、枝野幸男、海江田万里などが参加している。古い時期からの民主党議員の中には、これらの議員を「オリジナルメンバー」と称し、途中から合流したメンバーを「排除」するときにその語をしばしば使っている。
Carlos Rodriguez @fever7777
3. 1998年には新進党分裂に伴い、民主党・民政党・新党友愛・民主改革連合が合併、民主党が各党を吸収したという形になっている。代表には菅直人、鳩山由紀夫、岡田克也、前原誠司などが就任しているが、かつての社会党のように、野党慣れして政権奪取できるだけの力はなかった。
Carlos Rodriguez @fever7777
4. 2003年には、自由党を吸収、これによって現在の民主党の陣容がほぼ揃ったことになる。民主党躍進のきっかけとなったのは、皮肉にも2006年4月の堀江メール事件で前原誠司が代表を引責辞任したことにある。後継代表には自由党から合流した小沢一郎が、菅直人を破り就任した。
Carlos Rodriguez @fever7777
5. 小沢民主党は2007年4月の統一地方選、7月の参議院選で大躍進を遂げた。小沢は仲良しクラブであった民主党の意識改善を図るとともに、地方組織や後援団体を強固なものに変革していった。小沢を怖れた安倍・福田康夫・麻生の歴代3総理は、衆議院の解散を決意できなかったのである。
Carlos Rodriguez @fever7777
6. しかし2009年3月に、西松事件がメディアに報じられ、総理の座を目前に小沢は5月に代表を辞任、後継代表には鳩山由紀夫、小沢は選挙の要の幹事長に就任する。詳細は書かないが、実態が小沢失脚を狙った既得権益層のクーデターであったことは、ネット上でも既成事実とされている。
Carlos Rodriguez @fever7777
7. 2009年8月、麻生総理は衆議院をようやく解散した。選挙戦では、麻生自民党は与党らしからぬ民主党に対するネガティブ・キャンペーンに終始した。8月30日の総選挙は「政権選択選挙」と呼ばれ、国民が直接次の総理大臣を選べる憲政史上画期的な選挙として注目された。
Carlos Rodriguez @fever7777
8. そして民主党は308議席を獲得する。これも死票が多いと言う小選挙区制のマジックであったが、とにかく民主党悲願の政権交代は実現された。2009年9月には、民主党・社民党・国民新党連立の鳩山由紀夫内閣がスタートする。
Carlos Rodriguez @fever7777
9. 鳩山由紀夫は鳩山一郎の孫にあたる。祖父と同様「友愛」を掲げ、自民党、新党さきがけ、民主党を渡り歩く。初の理系出身の総理であり、「宇宙人」のニックネームもある。鳩山内閣は新鮮であった。閣僚の就任挨拶では官僚が作ったメモを見ることなく、閣僚自身の言葉で語った。
Carlos Rodriguez @fever7777
10. 鳩山民主党は、右派から左派まで寄せ集めで、その意味では自民党的であった。しかし政権選択選挙時のマニフェストでは、北欧型の社会民主主義国家を目指すようなニュアンスが盛り込まれた。国民生活の改善、子供手当、高校授業料無償化、国家戦略局の設置、などを目玉としている。
Carlos Rodriguez @fever7777
11. 鳩山内閣は順調なスタートを切った。脱官僚依存を目標に、国家戦略室や行政刷新会議が設置された。そして、組閣直後の内閣支持率は70%を超えている。しかしながら、この内閣支持率というものが、いかに恣意的に作られて行くものかが、その後明るみにでることになる。
Carlos Rodriguez @fever7777
12. 鳩山内閣の新鮮さは国民の多くに受入れられたが、いわゆる3ヶ月のランデブー期間が経過した直後、政権を揺さぶる問題が発生する。1つは鳩山総理の個人献金問題である。そして最も悪意をもって新聞・テレビで報じられたのが、陸山会の土地取得問題であった。
Carlos Rodriguez @fever7777
13. いわゆる陸山会事件の実態が、旧守派によるクーデターであったことは、週刊朝日や日刊ゲンダイなどの紙媒体、阿修羅などのネット掲示板、Twitterなどのネット媒体等で報じられている通りである。およそ事件性すらない事件であり、政治家を陥れる程の問題ではない。
Carlos Rodriguez @fever7777
14. 小沢一郎は1990年代から、悪役として新聞・テレビなどのオールドメディアからレッテル貼りされていた。小沢追い落としための「三宝会」なる組織まである位である。旧守派は小沢を目の敵ににして、オールドメディアを通じて小沢追い落としのキャンペーンを連日続けた。
Carlos Rodriguez @fever7777
15. 旧守派とは政治主導を嫌う官僚、小沢達のメディア改革を嫌がるオールドメディア、野党や民主党内の民主Bと呼ばれる政治家、小沢・鳩山の東アジア共同体構想を怖れる海外金融資本、それに検察勢力等である。例として、小沢や原口一博前総務相のメディア改革を以下示す。
Carlos Rodriguez @fever7777
16. 日本の他にはジンバブエやガボン等限られた後進国にしかない記者クラブ制度の解体&記者会見のオープン化、海外では一般的な電波オークション制度、これも海外では常識である新聞社によるメディア集中支配排除の「クロス・オーナーシップ禁止」、などが鳩山内閣で検討されていた。
Carlos Rodriguez @fever7777
17. 新聞・テレビなどのオールドメディアは、連日異常なまでに小沢と鳩山を叩いていた。RDDと呼ばれる手法を用い、頻繁な世論操作を行い、世論を鳩山・小沢追い落としの方向に誘導していった。しかし露骨な小沢叩きは逆にメディア自体の、信頼性を著しく落としていったのである。
Carlos Rodriguez @fever7777
18. 2010年になるとオールドメディアは、小沢叩きと合わせて普天間基地移設問題で鳩山内閣を叩きはじめた。そもそも米軍再編の動きのなかで、鳩山は普天間基地の県外移設を公約としていた。民主党内ではグアム、テニアンなどの海外移設案までをも含め、公約厳守が模索された。
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コメント

James Bond @sojiki2010 2011年5月29日
陸山会事件は、たとえ旧勢力による陰謀であったにせよ、それを跳ね返せない小沢の弱さを国民に見せつけました。角栄は塀の上を歩いても、塀の中には落ちませんでした。
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